七十八章 カウントダウン 6
「まずいな……、探ってる奴がいる」
アルモニカから、神殿に泊まるという連絡が来た後、リドがカーテンの隙間から外を見て、難しい顔をした。
「アルモニカ嬢やサーシャが神殿に向かったのは、良い判断だった」
セトが、不幸中の幸いだというように呟いた。
「恐らく、ディルの件で感づかれたのでしょうネ」
オルクスの言葉に、流衣は目を丸くする。
「え? でも、僕らは忘れ物申請をしたんだよ? ディルと何の関係が……あ!」
まったくもって鈍いことに、流衣はディルも一緒に王城に泊まったことを、ここで思い出した。青ざめる。
「僕が考え無しに荷物が必要なんて言ったから……ごめんなさい。どうしよう」
「ディルは女王派筆頭の弟子だからな、関係者と通じてるって思われてもおかしくはねえか」
うろたえている流衣に対し、リドはいつものように冷静だ。
「見た感じ、探ってるだけで乗り込んでくる様子はない。今日は普通に宿に泊まって、問題は明日だな」
「滞在拠点を変えるか。それならば私に良いアイデアがある」
セトが声をひそめて言い、どこか楽しげに口端を上げて笑った。
翌日、外の物陰から監視している者がいた。
その日、アルモニカらの荷物とともに宿を引き上げると、流衣とオルクスとリドとノエル、セトの二手に分かれて外に出た。
オルクスは青年姿を取っているが、流衣は物陰の者達にいきなり襲われないかと、恐ろしくて仕方がない。
「ルイ、あれ、美味そうじゃねえ?」
リドは屋台で売られている串焼きを指差して、のんきに問いかける。流衣は緊張で吐きそうなので、首を横に振った。
「僕、胸がいっぱいで喉を通りそうにないよ」
「相変わらず小心者だなあ」
呆れるリドを、オルクスがにらむ。
「わての坊ちゃんは繊細なのです。図太い赤猿ですね」
「うるせえな、俺だって身構えてるっつーの。だがこういう時は堂々としてる方がいいんだ。いいな、ルイ」
「分かった」
流衣はこくこくと頷く。
串焼きを頬張るリドを見習い、屋台で買った棒付き飴をなめながら、雑踏を神殿へと歩いて行く。リドが風の精霊に頼んで、手紙を届けてもらっていたお陰で、門の前にアルモニカとサーシャがいた。二人とも神官服のままだ。
「アル、おはよう」
「おはよう。何じゃ、堂々と来たのだな」
アルモニカは気が抜けたように言った。
「わてがおりますのでね。話はまとまっておりますよ、セト殿が転移で離れた後、宿を取り、その後、決めておいた場所に集合予定です」
オルクスの説明に、アルモニカとサーシャは納得したようだ。
「転移魔法はこういう時は便利ですわね」
「さっそく参りましょう、オルクス様」
オルクスは頷いて、傍に寄るように指示する。
「それでは参ります」
オルクスの言葉とともに、目的地へと転移した。
次の瞬間、流衣達はひとけの無い路地裏に立っていた。周りには誰もいない。
遅れてセトが転移魔法で現われる。
「首尾は上々だな。宿も取っておいた。大部屋だが、衝立があるので、次の宿が決まるまでは我慢して欲しい」
女性二人への頼みに、アルモニカとサーシャは問題無いと返す。
了解を得たので、今度はセトがまとめて転移魔法で宿へと飛んだ。
広々とした部屋には、ベッドが六つ並んでおり、扉の傍には大きなテーブルが一つと椅子が六脚あった。他に家具は見当たらないが、壁にマントをかけるためのでっぱりがいくつかある。
それぞれ適当にベッドを分配すると、テーブルに集まった。
アルモニカが溜息を吐き、心配そうに口を開く。
「あれで王の目が誤魔化せるじゃろうかのう。自分達は怪しいですと宣言しただけのような気もする」
「あっちはこれ以降、アルモニカの行方を知らないんだ、逃げたもん勝ちだよ」
飄々とリドは答え、気にするなとアルモニカの肩を軽く叩いた。アルモニカの溜息は止まらない。
「お主は結構いい加減よな」
「心配ばかりしてても仕方ねえじゃん。それより、城での首尾はどうだったんだ?」
リドの問いに、アルモニカはにやりと笑う。
「エアリーゼへの支援の約束をきっちり取り付けてきたぞ。それから、忘れ物も受け取ってきた」
「こちらですわ。呪いがかけられてないか、神殿でチェックしましたのでご安心下さい」
サーシャが三人分の鞄をテーブルに置く。
流衣は自分の鞄を手に取る。
「やった、ありがとう、二人とも。良かった、僕の制服は無事だ」
学ランを取り出して、懐かしさに流衣は顔をほころばせる。セトが興味を惹かれた様子で、制服を手に取る。
「ほう、変わった服だな。立派で質が良い。ルイは元の世界では貴族だったのか?」
「一般庶民ですよ。しかもこれ、学生服ですから」
「なんと、これは学生の制服なのか? 面白いな」
服を引っ張ってみたり、ボタンを見てみたりと、セトは制服を調べている。
「この格好をしたこいつと森で会った時は、怪しく見えたんだよな」
リドがそんなことを言うので、流衣は苦笑する。
「僕はダガーを向けられて、盗賊かと思って怖かったよ」
「悪い悪い。森に怪しい奴がいたら取り締まるのも木こりの仕事だから、仕方なかったんだよ。共用地なのに、密猟する奴もいるからな」
困り顔でリドが返した時、ノエルが悲しげに鳴きながら、ディルの鞄にしがみついた。
「ピギャア」
青い目からぽろぽろと涙を零し、寂しがっているノエルを見ていて、流衣は胸がぎゅっと締め付けられた。
「ディルのにおいがするのかな、可哀想」
小さな背中を指先で軽く撫でてあげるが、ノエルはひしっと荷物にくっついて、ピギャピギャと鳴いている。
「もう少しの辛抱ですヨ。そうだ、そろそろ調べたことを纏めて、団長に送られてはいかがデス?」
オルクスの提案に、皆、顔を見合わせて頷いた。
そして手紙を送ってから一週間後、とうとう女王率いる反乱軍が、反撃ののろしを上げたのだった。
第十四幕、終わりです。




