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おまけ召喚 第四部 紅の女王の帰還  作者: 草野 瀬津璃
第十四幕 反撃ののろし
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七十八章 カウントダウン 5



 その日の夕方、神殿に出かけていたサーシャが、暗い顔で帰ってきた。

「どうした、サーシャ。何か問題か?」

 アルモニカが心配して、自分の侍女兼護衛のサーシャの傍へと歩み寄る。サーシャは申し訳なさそうに肩を落として報告した。

「忘れ物申請の件ですが、却下されてしまいました」

 その言葉に、流衣とリドは顔を見合わせた。リドが問う。

「それはつまり、すでに処分されてたってことっすか?」

「いえ、保管はされているそうですが、王の許可が下りず……。しかも、お嬢様に王城への召喚状が出ました」

 サーシャが落ち込んでいるのはそのせいらしい。青ざめた顔で、主人であるアルモニカを見つめる。

 流衣達も「ええっ」と声を揃えた。

「それって何? 悪いこと?」

 流衣が身を乗り出して問うと、サーシャは首を横に振る。

「まだ分かりません。しかし、伝言を持ってきた者の話では、王がルイ様達の荷物に興味を持たれたそうです」

「ああ、そういうことか。二人は、夕闇の塔にいるディルとともに王城に宿泊していたそうだからな。その記録が残っていたのだろう」

 セトが推測を口にした。

「しかし……それにアルモニカ嬢は関係ないからな。別件だろうか?」

 考え込むセトを前にして、流衣は王という単語に胸がざわめいた。

 今のルマルディー王国の国王が、建国祭のため、多くの人で賑わう王都に魔物を放して混乱させるという非道な真似をしたのは忘れていない。

 アルモニカは首をひねるも、結論が出ないようだ。

「狙いがよく分からぬが、王の命令には背けぬ。いつまでに来いと仰せだ?」

「三日以内に、とのことです」

「分かった。厄介事は早めに終わらせるに限る。明日の午後にでも参ると伝令を。杖連盟は――そうか王都にはまだ無いな。冒険者ギルドに行くぞ、サーシャ。お父様に連絡せねば」

「郵便システムでしたら、神殿にもございます。そちらに参りましょう」

 サーシャの返事に、アルモニカは頷いた。

 そわそわしている流衣と違い、アルモニカは泰然と構えている。

「大丈夫なの? アル」

「ワシは何も悪いことはしておらぬ。世話になった者が困っておったから、手を貸すことにした。ありのままを話せばいいことじゃて」

 アルモニカがそう答えると、リドが問う。

「それならどうして父さんに連絡を?」

「万一ということもある。用心はしておいて損はない。そう案じなくてもよいぞ。建国以来、我が家は分家として、神官という立場で国を支えてきた。いくらあの王でも、ワシを軽んじることは出来ない」

 今のところ、次期神殿長だからなとアルモニカは悪い顔になる。

「むしろ、難民の受け入れを拒否した件で、ちくりと嫌味を言ってやるわ」

 流衣はぶんぶんと勢いよく首を横に振る。

「アル、やめて! 怖いから喧嘩を売る真似しないで!」

「大丈夫じゃ。ちゃーんと『清楚なお嬢様』の顔で、笑顔でトゲを刺すからのう。それは無邪気にな」

 アルモニカはにっこりと、輝くような笑みを浮かべた。

「気持ちは分かるし、たぶん俺も似たようなことするけどさ。目立つのは厳禁だ、気を付けろよ」

 リドの忠告に、アルモニカは首肯する。

「ああ、分かった。心してかかる」

 流衣ははらはらと騒がしい胸を手で押さえて、不安いっぱいに呟く。

「大丈夫かなあ」

「風の姫は豪胆でありますね! 清々しい。もっとやれ! と応援したくなりますネ!」

「オルクス、頼むから煽らないで。アルが本気にするじゃないか」

 血の気の多い使い魔に、流衣はそっと注意した。



     *****



 翌日、アルモニカはさっそく王城に出かけた。

「国王陛下、お呼びと伺い参上いたしました。わたくしにご用がおありとか。いかがなさいました?」

 謁見の間、玉座から離れた前方で膝を折ってお辞儀したアルモニカは、目を伏せたまま挨拶した。

 よそ行きの顔をしたアルモニカの丁寧なふるまいに、居合わせた臣下の感嘆の溜息のようなものが聞こえた。

「面を上げよ。あれを持ってまいれ」

 国王アルスベルの命令に、侍従が荷物を運んできた。

「これをお望みとか? 風の神殿の姫君よ。そなた、その旅人とどういった繋がりだ?」

 単刀直入な問いかけに、アルモニカはおっとりと構えながら、内心では冷や汗をかいていた。

「何故、そんなことをお気になさいますの? その辺の平民ですわ」

「その平民のために、大変な時期に、故郷を出てきたのか?」

 鋭い指摘である。

 だがアルモニカも狸の被り具合では負けない。

 小首を傾げて、不思議そうな顔になる。

「ええ、とても大変でした。難民の受け入れを拒否なさいますし、かといって、我が神殿の備蓄にも限りがございます。――ですが、その旅人のアイデアで、その危機を脱することが出来ましたの。それに、わたくし自身、助けられました。お世話になった方が困っているのですもの、無理をおしてでも来たいと思っては当然ではございません?」

 穏やかに微笑みながら、アルモニカはチクチクと嫌味を口にする。

 臣下達の顔が引きつった。青ざめている者もいる。アルスベルの眉が不愉快そうに寄る。

「わざわざ姫自身が来ることだろうか。部下を寄越せば良かろう」

「それが……最初はそうしようかと思っておりましたの。でも何やらこちらの王都では、疑念に満ちているご様子。部下を派遣して何かトラブルが起きては困りますし……、申し上げにくいですけど、わたくし自身、神殿から少し離れたかったのですわ。あちらは本当にひどい有様で……」

 ふうと憂いに満ちた溜息を吐くアルモニカ。ちらりと段上のアルスベルを見やる。

 そして、ふと両手を合わせて、嬉しそうな顔をした。

「もしや陛下、わざわざわたくしとのご面会の時間を取って頂けるだなんて、難民の受け入れを許可頂けますの? それとも物資の支援でしょうか。どちらにせよ、ありがたいことですわ」

 旅人への善行と自分のわがままを優先し、国王の呼び出しを前向きにとらえて喜ぶちょっとおめでたいお嬢様を演じてみせると、アルスベルの目に一瞬だけ苛立ちが浮かんだ。

 それもそうだ。

 恐らくアルスベルは、公の場に名家であるグレッセン家の姫を呼び出すことで、例え高位でも反意があれば容赦なく問い詰めるという姿勢を見せたかったのだろう。だがアルモニカがその状況を逆手にとり、何か特別な意味があって呼び出した、という流れに変えてしまったのだ。

 つまり、旅人の荷物について質問するというのは建前で、以前の冷たい対応の詫びとして、何かしらの支援をすると約束するために呼んだ。そんなところだ。

 アルモニカはここぞとばかりに純粋な姫の振りをして、にこにことアルスベルを見上げる。

 プライドが高い者ならば、多少の見栄を張ってでも支援を約束する場面だ。

「……よかろう。追って書面を届ける」

 アルスベルはプライドが高い人間だった。鷹揚な態度で頷いた。

「して、旅人のアイデアとやらを聞いても構わぬか?」

「わたくしの一存では……長に確認して、ご連絡いたしますね」

 アルモニカは質問をかわした。

 地の精霊の子に、植物の生長促進の魔法を使わせるというだけのことだが、やりすぎれば市場に食料が出回りすぎて、価格が暴落してしまう。この場での明言は避けたかった。

 アルスベルは不愉快そうにしたが、アルモニカに下がるように言った。

「その荷物はその恩人とやらに返すがよい。備品庫の場所を取るだけだ。……下がってよいぞ」

 謁見の間を退出したアルモニカは、意外とあっさり用事が終わったなと肩すかしをくらった感じがした。

(何やら怪しいのう。ルイと兄貴の荷物は取り戻せたが……ふむ、今日は宿には帰らず、神殿に泊まるか。荷物に怪しい点が無いか調べてからでも遅くはあるまい)

 呪いの類がかけられているとして、神殿ならばすぐに対応できる。

 謁見の間の扉を出てすぐ、控室で待っていたサーシャとともに帰りながら、アルモニカは目つきを険しくした。



     *****



「よろしかったのですか、陛下。あっさりお返しになられて」

 恰幅の良い男――大臣ザレスの問いかけに、アルスベルは頷いた。

「ああ、構わん。ドリス、手筈は?」

「整っております。件の旅人、ディルクラウド・レシム・カイゼルと共に宮中に招かれていたとのこと。前任の近衛騎士団長との繋がりがあってもおかしくありません」

 現在の近衛騎士団長の、日に焼けた肌をしたドリスは、プレートメイル姿で傍に控えていた。

「この時期というのが気にかかる。あの娘の周辺を洗い出せ」

「畏まりました」

 ドリスはすぐさま謁見の間を出て行った。

「あの荷を確認しましたが、見たこともない立派な仕立ての服が入っておりました。風の姫に知恵を授けた様子といい、いったい何者でしょうな」

 大臣の言葉に、アルスベルは玉座で暗く笑う。

「誰だろうと、私の邪魔をする者は排除する。それだけのことよ」

 謁見の間はひんやりとした空気に包まれた。

 居合せた臣下達は緊張に青ざめた顔で、静かに頭を下げた。


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