七十八章 カウントダウン 1
「皆さん、お仲間になったそうですね」
今後の話をリリエと詰めていると、リリエのテントにヴィンセントがやって来た。敬礼するリリエ達に混じり、流衣は明るい声を上げる。
「ヴィンス君! わあ、良かった。元気そうだね」
「ええ、お陰様で」
ヴィンセントはにっこり微笑み、リリエが流衣の言葉遣いに口出ししようとするのを、右手を挙げて止める。
「ああ、ヴェルディー将軍、構わないよ。ここは非公式の場だし、ルイ達とは友人だから」
「左様でございますか。ヴィンセント様がよろしいのでしたら、私は構いません」
リリエが慇懃に返したところで、ヴィンセントも席に加わった。
「今はどのようなお話をされているのですか?」
「彼らは王都に知人を――アルモニカ嬢を残してきたそうなので、これから戻るつもりだとか」
「アルモニカ嬢? 風の神殿の次期当主のことですか」
驚くヴィンセントに、流衣達は頷く。
「アルが暴走してないか心配なんです」
「……あのご令嬢がですか? 暴走?」
ヴィンセントは訳が分からないという様子で、目をぱちくりさせている。どうやら面識はあるようだが、猫を被っている時のアルモニカしか見ていないのだろう。
リリエがにやりと笑って付け足す。
「ちなみに、殿下。こちらのリドが、リディクス・グレッセン様ですわ」
「え? あの方は確か盗賊に殺されたと聞いていますが」
「実際は盗賊にさらわれて行方不明になっていたそうです」
「はあ、そんなことがあるのですね。素晴らしい幸運に感謝します。良かった、ご家族もさぞお喜びでしょうね」
自分のことみたいに嬉しそうにするヴィンセントに、リドは照れ笑いを返す。
「ありがとうございます」
そこで少し不思議そうにしたヴィンセントは、はたと何かに気付いて頷いた。
「ああ、だから公式に発表されていないのか。アルモニカ嬢が人質にされてしまうから」
「そういうことですわ。そして、お二人とも、ささやかな自由時間を得たとか」
「姉上が王位を奪還した折には、是非、戻ってきて下さいね、リディクス殿」
リリエの説明を受け、ヴィンセントは真面目な顔で言う。
「いえ、俺はまだただの木こりなので、リドとお呼び下さい」
「私のこともヴィンスと。ディルのことは残念ですね、私も力になって差し上げたいが……。追われる身なのが歯がゆいです」
短い期間だが、流衣達とともに旅をしただけに、ヴィンセントはがっかりした様子だ。
「大丈夫、ヴィンス君。ディルのことは、僕らが絶対に助けるから!」
「そうですよ。あの頑固者を、牢から引きずりだしてやります!」
「はは、なんだか趣旨が変わっていないか、リド」
思わずという調子で、セトは笑いを零す。そして、机に広げた地図の上、王都に視線を落とした。
「では話を戻しましょうか。我々はまず、王都に戻って、アルモニカ嬢と合流します。そしてそのまま潜伏。オルクス様やリドの技で情報を集め、あなた方に送るという手筈でよろしいか?」
セトの問いを、リリエとエイクは肯定する。エイクは心強そうに、オルクスとリドを順に見た。
「ネルソフの連中が見張る中で、秘密裏に動くのは至難の業です。非常に助かります」
「そして、私達はあなた方が王都に攻め入るタイミングまで、宿で大人しくしております。ルイ、君の用事はそこで少し進めておこう」
「はい、セトさん」
流衣が首肯するのを見て、セトは続ける。
「そして、王都に反乱軍が攻め込んだら、我らが先に出向いて、選別の魔法がかけられた門を破壊します」
「ルイ達はそのまま夕闇の塔を目指し、囚人達を救出してちょうだい。場合によっては、先に処刑場に向かうこと」
リリエはきっぱりと言い、流衣達を見回した。
「あちら側は、城の外れにある夕闇の塔を真っ先に突くとは思わないはず。あなた達の素早さが物を言うわ。――よろしくね」
流衣達は顔を見合わせ、大きく頷きあう。
「はい!」
「俺の技の見せ所かな」
「転移魔法とリドの風の技があれば、通り抜けるのは楽だろう」
「わてもおりますしね!」
リリエとエイク、ヴィンセントの顔に笑みが浮かんだ。
「頼もしい味方が出来て良かったですよ。ただし、絶対に無茶はしないで下さい。皆、無事に再会しましょう」
ヴィンセントの言葉に、それぞれ頷きを返す。そして、流衣達は連絡方法を確認してから、さっそく転移魔法で王都へ戻った。
*
宿に顔を出すと、アルモニカとサーシャが驚いた顔をして、それからアルモニカが走り寄ってきた。
「ルイ! 兄貴!」
「えっ、わあ!?」
感極まった様子で、アルモニカは流衣に飛びついた。
支え損なって尻餅をついた流衣の襟首を、アルモニカががっしりと掴む。
「なかなか帰って来ないから、ワシがどれだけ心配したと思っとるんじゃ! 連絡くらい寄越してからいなくならんか! 馬鹿者!」
「あ、あ、あ、アル。ご、ごめっ」
流衣は止めようとするが、アルモニカの暴走を止めきれない。青年姿をとっているオルクスが、慌てて止めに入った。
「落ち着いて下さい、アルモニカ嬢」
「おお、オルクス様。申し訳ありませんのう」
ぴたっと揺さぶりが止まったので、流衣はげっほごっほと咳き込む。そしてくらくらと目の回る頭を手で押さえた。
「ああ、世界が回ってる……」
「お前、どんだけだよ。恐ろしい奴」
リドが首をすくめてアルモニカに言い、「大丈夫か?」と流衣の様子見をする。
「そもそもだ。連絡を取れない状況だったから、黙っていなくなったのだがなあ」
呆れた様子でセトは首を横に振り、テーブルに着く。落ち着いた流衣は、よろけながら立ち上がってその隣に座った。
気をきかせたサーシャが、水差しの水を注いで、グラスを流衣に差し出してくれた。ありがたく飲む。
「時間になっても戻らないので、心配していたのです。いったい何があったのですか?」
「それについて話し始めると長くなる。先に夕食をとっても構わないかね?」
セトはふうと大きく息をつく。
流衣はそこで初めて窓から外を見て、とっぷりと日が落ちていることに気付いた。テントで話しあいをするうちに、夜になっていたのだろう。
「それは構わないのじゃが、皆、落ち着いて聞いて欲しい。実はお主らの友人が……」
意を決した様子で話しだすアルモニカの言葉を、リドは手を挙げて遮った。
「処刑されるんだろ?」
「なっ、何故知っておるんじゃ?」
「まとめて後で話すから、先に食事してくるよ。ぼやぼやしてると、人気メニューが売り切れちまうからな」
「なんじゃ、悠長に聞こえるが……。ふむ、何やら方針は固まっておるようじゃな。顔付きに迷いがない。分かった、ワシも食事に行くよ。お主らの顔を見たら、急に腹が空いてきた」
アルモニカが腹をさする仕草をするので、流衣はにっこり笑った。
「そんなに心配してくれたの? ありがとう、アル」
「ワシはお主だけではなく、皆の心配もしておったぞ!」
「え? 分かってるけど……なんで怒るのさ」
にらまれた流衣は訳が分からず、身を引きながら返した。