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おまけ召喚 第四部 紅の女王の帰還  作者: 草野 瀬津璃
第十四幕 反撃ののろし
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七十七章 反乱軍のアジトにて 5



 受け取った封筒を、リドが開けて便箋を取り出した。

 そこには走り書きのような文字がつづられていた。いかにも急いで書き上げたという文章を横から覗きこんだ流衣は、何故だか嫌な予感がした。

「ルイ、読んでくれないか? 俺にはこの字はちょっと難しい」

「うん、分かった」

 リドが便箋を差し出すので、流衣が代表して手紙を読む。

「ええと、親愛なる友人達へ……」

 流衣は手紙の続きに目を通す。

『――親愛なる友人達へ


 私はこの後、夕闇の塔に送られることになった。

 王は師匠の身柄を望んでいる。

 だが私は断った。師匠を売る弟子などいないからだ。

 もしこの手紙が無事に届いたのなら、頼みたいことがあり、この手紙を書いている。

 ノエルの世話を頼みたい。君達の言う事ならば聞くだろう。

 そしてもし叶うなら、イザベラ嬢に伝言を頼みたい。

――すまない。あなたとの約束を守れそうにない。どうか善き伴侶に嫁ぎ、幸せになって欲しい。

 こう、伝えて欲しい。

 すまない、二人とも。私はもう行かねば。

 さようなら。どうか元気で。


  ディル』

 流衣は手紙から顔を上げた。

「……何これ」

 まるで最後の別れみたいな手紙である。

 唖然とする流衣の手から、リリエが手紙をひったくる。

「嘘……嘘! 夕闇の塔だなんて、そんな!」

 リリエは何度も手紙を読み返し、その場にへたりと座り込んだ。後ろに控えていたエイクが、慌ててリリエの肩を支える。

「しっかりして下さい、団長! どうされたんですか」

 リリエは無言で手紙をエイクに押し付ける。彼は怪訝そうに手紙を読み、目を見開いた。

「死刑が……決まったのですね」

 流衣はぎょっとエイクの顔を見た。

「し、死刑って……どうして? 嘘ですよね」

「あなたのご友人は、嘘でこのような手紙を書く方ですか?」

「書きませんよ。でも……」

 エイクの言いたいことは分かるけれど、流衣にはとても受け入れがたい内容だ。どうしていいか分からず、リドに詰め寄る。

「ねえ、リド! 嘘だよね。なんでディルが死刑になるの? とても良い人じゃないか」

「それは俺も知ってる。でも、あいつは貴族なんだ。良い奴かどうかなんて、きっと関係ないんだ」

 悔しげに歯噛みするリドを見て、エイクの言う事が真実なのだと流衣は嫌でも理解するしかなかった。だが諦めきれず、誰か否定してくれないかと周りを見回す。

 しかし皆、沈痛な顔をしていて、流衣と目を合わせない。

「オルクス……」

 弱り果てて、肩に乗るオウムに声をかける。

 オルクスは静かに首を横に振る。

『本当です、坊ちゃん。夕闇の塔は、この国の重罪人の牢獄です。入れば二度と出られないというので有名な所なんですよ』

 オルクスの説明に、流衣は頭をハンマーで思い切りぶん殴られたような気分になった。

「ねえ、助けられないの? 君の力ならきっと……」

「無理よ、ルイ君」

 流衣がオルクスに頼む声を遮って、リリエが断った。

「なんでですか? というか、そもそもなんでディルが死刑になるんです。訳が分からない!」

「落ち着けよ、ルイ」

「リド、どうして落ち着いてられるんだよ。ディルが死んじゃうかもしれないんだよ!」

「――だから、落ち着けって!」

 リドが大きな声で怒鳴った。流衣がビクリとして口を閉ざすと、リドは額に手を当てて、深呼吸をする。

「……悪い、でも、頼むから。静かにしてくれ」

「ご、ごめん」

 流衣は足元を見つめた。リドだって混乱しているのに、騒いで問い詰める自分に嫌気がした。流衣は黙り込んだけれど、深い悲しみに襲われて、涙になって溢れだす。

 途方に暮れて泣くしかない流衣の肩を、セトが軽く叩いて慰める。

 リリエが流衣の前にやって来て、流衣の手を取った。

「ルイ君、ごめんなさい。ただ、あなたもあの子が頑固だって知っているでしょう? たぶん私が出て行ったところで、あの子はきっと助け出されるのを拒否するわ。どうしてだか分かる?」

「分かりません……」

 流衣は首を横に振った。助けに行って、それを拒否されるなんて想像もつかない。

「女王派の貴族の子弟がね、もう何人も見せしめで処刑になってるの。ディルは自分が逃げたら、兄弟の誰かが責任を負うことを知ってるのよ」

「そんなひどいことがあるんですか?」

 リリエの答えに、流衣は動揺した。

 リリエは流衣と目を合わせ、ゆっくりと頷いた。

「それが政治なの。ディルが逃げたら、誰が代わりになると思う?」

「お兄さんですか?」

「いいえ、恐らく、他家に嫁いだお姉さんでしょうね」

「お姉さん?」

 兄だから良いというわけではないが、女性が被害に遭うと聞くと、もっと不愉快な気分になった。まるで鉛でも飲みこんだみたいだ。

「あの子の家はね、一番上のお兄さんが領主をしているの。でも、とても体が弱い方で、二番目のお兄さんが補佐しているのよ。その方が死んだら、あの領地は立ち行かなくなる。それは王にも不都合なはずなの。だから、次の白羽の矢は姉に立つ」

 リリエは小首を傾げる。

「ディルが女性に重責を負わせると思う?」

「……いいえ。全く」

 流衣は納得した。

 きっと彼は流衣達の手をはねのけて、追い返すに違いない。

 流衣はじっとリリエの目を見つめ返す。

「……他に、ディルを助ける方法はありませんか?」

「ルイ君……」

「ディルは友達だし、一緒に旅をして、たくさんお世話になりました。僕、ディルの為に出来ることがあるなら、なんでもしてあげたいんです! 何か方法があるなら、教えて下さい!」

 流衣は勢い込んで頼み、深く頭を下げる。

「一つだけありますよ」

 エイクが呟くように言った。リリエがキッとエイクをにらむ。

「ちょっと、エイク!」

「団長、ためらっていても仕方ないでしょう」

「でも、弱味をついて利用するみたいじゃないの」

「それでディル殿が助かるなら、彼らも喜んで利用されるのでは?」

 何やら不穏な会話をするリリエとエイクに、流衣は詰め寄る。

「なんですか? その方法って。教えて下さい! 聞いてから決めますから!」

 リリエは迷って口を引き結ぶ。

 もう一度聞こうとした時、リドが答えた。

「反乱軍に入ること――だろ?」

「え!?」

 流衣は今度はそちらを振り返った。

 リドは溜息混じりに首を横に振る。

「簡単な話だ。今の王がディルを殺そうとしてるんだから、王が変わっちまえばいい。女王様の治世に戻れば、ディルの家族は安泰だ」

「な……なるほど」

 確かにシンプルで分かりやすい。

「でも、反乱軍に入ったとして、ディルを助けるまで時間がないよ? というか、待って。もう処刑されたとかってないよね!?」

 流衣の質問に、リリエが答える。

「そんなことになってたら、流石に私の耳に入るわ。きっと夕闇の塔に入れられてから、そんなに日が経ってないのよ。すぐに処刑しないってことは、今の王に何か考えがあるのかもしれない」

「あなたをおびきだす餌だということですかな?」

 セトの問いに、リリエは頷く。

「その線が妥当ね。――私達の作戦は、もう最終段階に入ってる。あとは王都奪還の布陣を敷くだけ」

 リリエは厳しい眼差しでそう呟いた後、覚悟を決めたように顎を上げた。そして、その場に片膝を着く。リリエの様子に、周囲の兵達からどよめきが起こった。 

「ねえ、あなた達の弱味をついた形で恥ずかしいけれど、それを承知でお願いするわ。どうか……ディルを助けて欲しいの」

 右目が緑、左目が金という不思議な目を潤ませて、リリエは流衣とリドを見上げた。

「あの子の家は大きい。私を師に選ばなければ、きっとこんな目には遭わずに済んだはず。本当は……全部放り出して助けに行きたいの。でも、私はこの軍を束ねる身。そんな無責任な真似は出来ない。だからお願い、どうか私達に手を貸して!」

 額が地面に着かんばかりに頭を下げ、リリエは助けを乞う。

 その様子に、流衣とリドは驚いて固まっていた。

「あなた達が先に潜りこんで、あの子を助けてくれるんなら……あとは私達がどうにかする。――絶対に」

 流衣とリドはほとんど同時に、リリエの肩を掴んで顔を上げさせた。

「ちょっとやめて下さい! さっきは僕が頼んでたのに……」

「そうですよ。あいつを助けられるんなら、むしろこちらからお願いしたいくらいだ」

 流衣はセトをふり仰ぐ。

「すみません、セトさん。大切な用事が出来たので、僕の件は後回しにします」

 セトは呆れたように肩を落とす。

「君達、そこで私が反対すると思うのか? まったく……。きっとまた、ネルソフどもが湧いて出てくるだろう。私も共に行くぞ。杖連盟をボロボロにしてくれたお返しをしてやらねばな」

 流衣とリドはパッと明るい顔になった。

「ありがとうございます!」

「流石です、セトさん! 恩に着ます!」

「ふん、ここまで来たら、最後まで付き合うさ」

 少し照れた様子で目を逸らし、セトはリリエに右手を差し出す。

「――あなたも、もう立ちなさい。将軍ともあろう方が、やすやすと膝を着いてはいけませんよ」

 リリエはセトの手を見つめ、それから流衣とリドへと視線をずらし、目を潤ませる。

「ありがとう。――ありがとう!」

 リリエはがばっと流衣とリドの首に抱き着いた。力いっぱい抱擁されて、二人はうめく。とても女性とは思えない怪力に締め付けられて、骨がみしみしと音を立てた。

「団長! せっかくの協力者が死んでしまうでしょう!」

 気付いたエイクがリリエを引き離す。リリエは頬を濡らしていて、気恥ずかしそうに手の甲で涙を拭った。

「これはいい。――晴れて、仲間となったこと、歓迎するよ」

 凛とした声が、場に響いた。

 ロザリーがリリエ達の方に進み出て、鮮やかに笑う。

「よく聞け、皆の者。我らと目的を同じくする者として、彼らが加わった。彼らは同志だ。これ以降、むげに扱ってはならぬ。共に戦う仲間だからな」

 そして、ロザリーはゆっくりと周囲を見回し、右手を挙げる。

「我ら、紅の騎士団に、栄光あれ!」

「――栄光あれ!」

 兵達が敬礼して声を揃える。

 リリエに促され、流衣達も真似をして敬礼する。

(ディル、絶対に助けるからね!)

 真っ白な騎士見習いの少年を思い浮かべ、流衣は心の中で宣言した。


 七十七章終わり。

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