七十七章 反乱軍のアジトにて 4
夕闇の塔――高貴な身分の囚人を入れる監獄の一室で、ディルははめ殺しの窓の外を眺めていた。
「ここにいるくらいなら、屋敷で幽閉の方がマシだな」
貴族の為の監獄だからベッドや家具は揃っているし、清潔だが、窓を開けられないのがディルには辛い。
差し入れられた本を読むか、鍛錬をするくらいしかすることはなく、ディルは命の刻限が来るのをじっと待っていた。
怖くないと言えば嘘になる。
だが、怯えて醜態をさらすのは、騎士としての矜持が許さない。
一日のうちに何度か、家族と師匠と、友人の顔が思い浮かんだ。
ディルの心残りは、イザベラのことだ。結婚の約束をした、好きな女性を置いていくのは身を切られるくらい辛い。
(もしここを生きて出られたら……一人前がどうのと言い訳せずに、あの方を迎えに行こう)
果たしてあの冷酷な王が、いつまでディルを生かしておいてくれるものか疑問だが。
あの王はディルに言った。
死ぬのが嫌なら、師匠の首を持ってこい、と。
そんなことは御免こうむると答えたから、ディルはここに送られた。
(師匠、上手く逃げて下さいよ。それがこの国の為だ)
時の権力者に左右されるのは、力ある地位の家に生まれた者の宿命だ。もしディルが恨むとすれば、侯爵家に生まれたことだろう。
だが、この家に生まれたから、イザベラと婚約出来たのだ。そう思えば、違う風に生まれたかったとも思えない。
「ノエルは今、どこにいるのだろうな? 上手く餌を取れているといいが……」
ふと思い出すのは、白銀の小さな竜だ。
今まではディルが魔昌石の欠片を与えていたが、外に放した今、どうやって食事をしているのやらと、幼い竜のことが心配になる。
「……まあ、大丈夫か。ノエルは根性があるからな」
ディルはうんうんと頷いた。
例え幼い竜だろうと、ノエルも騎士なのだ。きっと大丈夫だろうと思い直し、消えゆく西日に目を細めた。
◆
ディルの心配は的中し、自力ではろくに餌も取れず、ノエルは森の中で弱っていた。
小型竜は魔力の溜まり場に卵を産み落とす。かえった小型竜の子どもは、魔力の溜まり場で自然と餌を取ることを覚え、似たような場所を探すことで、自分の住処と餌場を見つけていく習性があった。
だが、人の手で育てられたノエルは、外にある魔力の溜まり場がどんなものか知らない。
道端に落ちている、クズのような魔昌石の欠片を食べて、どうにか飢えをしのいでいたが、もうそろそろ限界だった。
「ピギャ……」
情けなさに、ノエルは木の根元で涙を零した。
せっかく主人であるディルに、流衣やリド宛ての手紙を預かってきたのに、このままここで力尽きるのだろうか。
人型になれたが、変身には魔力を使いすぎる。
誰かに言づけることも出来ない。
飢えて死ぬか、魔物に喰われるか、どちらにせよノエルは近い内に死ぬだろう。そんなノエルの周囲で、草が風にざわめいた。
――あら? この子、見たことあるわ。
――ほんとだわ。可愛い竜の子。私達の可愛い子のお友達よね?
――どうしたの、おチビちゃん。
風の精霊達が声をかけるが、ノエルにはただの風音にしか聞こえない。
――弱ってるのね、可哀想。
――この子が死んだら、私達の可愛い子が悲しむわ。
――まあ、それってとっても悲しい!
精霊達はリドの嘆きを想像して、それは嫌だと騒いだ。
――この子のこと、連れてってあげましょうよ。
――ええ、運んであげたら、きっと可愛いリドも喜ぶわ。
――それって素敵!
――そうしましょう。
――そうしましょう。
きゃっきゃっと嬉しげに騒ぐと、風の精霊達はノエルを風で包み込んだ。
驚いたのはノエルである。
「ぴ、ピギャッ!?」
すっとんきょうな悲鳴を上げるが、弱り切ったノエルでは刃向うことも出来ない。
怯える子竜にお構いなしに、風の精霊達はノエルを天高く運び上げる。
そして、空を疾く駆けて、リドの元へと送り届けた。
◆
少し話し合いたいと、テントに流衣達三人だけにしてもらった。
「リド、セトさん、どうします? 反乱軍ですって」
流衣の問いかけに、二人は難しい顔をしている。
「入らないと、ここで足止めをくらうってことだろ?」
「私達の目的は、ルイを元の世界に返還する方法を探すことだ。彼らに加われば、王城にある荷物が運良く残っていた場合、取り戻せる可能性は上がるが……」
二人とも、顔には危険だと書かれていた。
その時、リドがぎょっとした様子でテントの入口を振り返った。
「お、おいっ。ちょっと待て!」
誰かに叫んで、テントを飛び出すリド。
「リド、待って。どうしたの?」
流衣達もテントから出ると、頭上の空で、ごうっと風のうなる音がした。
「ぴぎゃああああああ」
そして、憐れな鳴き声とともに、小さな白い塊が降ってくる。
リドは右に左に移動して、落ちてきた子竜を受け止めた。
「セーフ! ――こら、お前達。手荒な真似をするなよっ」
リドが虚空に向けて怒ると、風が吹いてテントをばたばたと揺らして通り過ぎていった。まるでごめんと謝ったみたいだ。
「どうしたの、なんの騒ぎ!」
違うテントからリリエが飛び出してきた。見張りの兵達も、何事かとこちらに注目している。
「ごめん、リリエさん。――風の精霊から届け物だ。ディルの使い魔だよ」
「まあ、ノエルじゃないの」
リドの手の中で目を回している小さな竜を見つめ、リリエが駆け寄ってきた。ノエルは背中に布袋を背負っていた。
「ディルからに違いないわ。――手紙ね。あなた達にみたい」
封筒を取り出して、リリエは流衣の方へ手紙を差し出す。
流衣達は顔を見合わせ、手紙を受け取った。