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おまけ召喚 第四部 紅の女王の帰還  作者: 草野 瀬津璃
第十四幕 反撃ののろし
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七十七章 反乱軍のアジトにて 2



 野営地の奥には、たくさんのテントが並んでいた。

 ほとんどが三角錐の屋根をした小型テントの中、明らかに他よりも大きい四角いテントが三つある。

 リリエは、左のテントに入っていった。出入り口に掛かった青い布を手でよけ、流衣達も中へ入る。

 まず目についたのは大きなテーブルだった。椅子は無いが、六人は席につけそうだ。他には簡素なベッドと、その足元にだけ毛織のラグが敷いてある。ラグの上には背嚢が一つ置かれており、殺風景で女性らしさは全く無い。

「お帰りなさい、団長。いったい何の騒ぎだったんですか?」

 テーブルの前に立っていた青年が振り返り、流衣達に気付いて目を丸くする。

「――おや」

 近衛騎士団の元副団長であるエイクだった。彼はテーブルの上に広げていた書類をさっと片付けて、端に寄せた。改めてこちらを向き直ったエイクは、事情の説明を求めてリリエを見つめた。リリエは苦笑する。

「カルティエ殿のせいで一騒動よ。新入りが〈塔〉跡地に乗り込んだと勘違いして、彼らを保護したの。お陰で、この子達はここから簡単には出られなくなったわ」

「それは迷惑な話ですね」

 顔をしかめるエイクに対し、流衣はショックを受けて声を上げる。

「ええっ、僕達、ここを出られないんですか!?」

「理由の想像は付くけど、本気で迷惑だな、あの爺さん」

 舌打ちするリドを、流衣は振り返る。

「どういうこと、リド。僕、何が何だかさっぱり分かってないんだけど」

 リドは肩をすくめ、推測を返す。

「ディルのお師匠さん達が隠れてるのは知ってるだろ? つまり、そういうことだろ」

「隠れ家の場所がバレると困るってこと? でも、アカデミアタウンでは僕らは普通に出入りしてたじゃないか」

「……そういやあ、そうだな」

 流衣の指摘に、リドも問題点に気付いたようだった。一方、セトはリドに苦情を言う。

「君達、そういう会話は私に聞こえないところでしてくれたまえ。私はこれ以上、拘束時間が増えるようなことは耳にしたくない」

「あ、すみません」

「わりいわりい」

 流衣とリドはすぐに謝った。

 リリエはなんとも言い難い表情で溜息を吐く。

「あの場所は簡単に変えられたけど、ここはそうもいかないの。あなた達はディルの親友だもの、信頼できるのは分かってるけど、こちらにも事情があるのよ。――それより、お互い、まずは自己紹介といきましょう。そちらの素敵な男性がどなたか知りたいわ」

 おどけた調子で言って、ウィンクをするリリエ。素敵な男性と褒められたセトは、気まずそうに身じろぎした。

 そんな中、エイクはテントの外に出て、すぐに盆にポットやカップを載せて運んできた。続いて部下が人数分の椅子を運び入れて去っていく。

 リリエは両手をパッと開いて示す。

「座って」

 言われるまま、椅子に腰かけた流衣達の前に、エイクが茶を注いだカップを並べていく。

「エイク、ありがとう。あなたはどうする?」

「勿論、ここにいます。団長がしゃべりすぎないようにね」

「……本当、にくたらしいったら」

 涼しい顔で皮肉を言うエイクをにらみつけ、リリエは茶を口に運ぶ。

 流衣達もそれにならって茶を飲んだ。黄葉の木の茶のようだ。緊張続きで口の中が乾いていたからか、飲み慣れた味なのにとてもおいしく感じた。

「ではまずは私からご挨拶するわ。元、近衛騎士団団長のリリエノーラ・ヴェルディーよ。どうぞよろしく」

 リリエの名乗りを聞いた途端、セトは豆鉄砲でもくらったような顔をした。

「……あ、ああ、なるほど。そういうことか」

 おおよその事情を察したのか、苦々しく呟くと、背筋を正して返す。

「私はセト・クレメント・オルドリッジだ」

「セト? どこかで聞いた名前ね」

 リリエは首を傾げたが、エイクは話に食いついた。

「灰色のセトですか? 転移魔法を発明した、天才魔法使い!」

「あー、そうだっけ?」

「もしかして寝ぼけてるんですか、団長。陛下がその功績を称えて、男爵位まで与えられた方でしょう!」

「ああ、思い出した。思い出したから、そんな可哀想な目で私を見るな! アカデミアタウンにいた時にその名前をよく聞いたわね、そういえば」

 何度も頷くリリエに、流衣は言う。

「アカデミアタウンにいた時も言いましたけど……。僕が助手をしていた先生ですよ。あの後、旅に協力してもらえることになったんです! それで、〈塔〉に忍び込んだんですけど」

「なるほどね、魔法使いのギルドだもの、幹部が出入りしたっておかしくないわね。ただ、時期が悪かったわ。ちょうど一週間前に、うちの新入りが〈塔〉に忍び込んで、ネルソフ達と一戦やらかしたのよ。それで怪我人が出てね、これ以上、人材を減らすわけにはいかないから、カルティエ殿に見張りを頼んでたわけ」

 なるほど、確かにタイミングが悪い。流衣は自然と口元に苦笑いを浮かべたが、疑問を口にする。

「その人達は無事だったんですか?」

「ええ、怪我はしたけど、治療を受けてピンピンしてるわ。一ヶ月、下働きの罰よ」

「命令違反ですし、助けに行った仲間も危険な目に遭いました。軽い方ですね」

 リリエの言葉に、エイクがさりげなく付け足した。

(軽いの? 僕にはよく分からないや。でも、その人達、無事で良かったなあ)

 闇魔法使い達の恐ろしさは流衣がよく知っている。呪いをもらえば大惨事だ。怪我で済んだならもうけものである。

 ここで、リドが軽く手を挙げた。

「ところで、俺達はいつまでここにいればいいんだ? そっちに事情があるのは分かってるよ。でもな、実は王都に姫さんを残してきてて……」

「そうだよ、リド! アルのことだから、じっとしてないで〈塔〉に乗り込むかも!」

 流衣は口にしながら、アルモニカはそうするに違いないと思えてきて青ざめた。

「姫さんって……。前に話していたあのお姫様?」

 恐る恐る問い返すリリエに、流衣とリドは大きく頷いた。

「アルモニカのことです」

「風の神殿の姫さんだよ」

 するとリリエはひくりと頬を引きつらせた。

 セトも思案顔で顎に手を当てる。

「侍女殿が止めるはずだが、アルモニカ嬢は随分思い切りが良いですからな、まず間違いないでしょうね」

「いや、セトさん……あれは短気というんじゃ……」

 流衣が訂正すると、リドが笑って流衣の肩を小突く。

「お前、そんなこと言ったのがバレたら、また本で殴られるぞ!」

「え!? リド、頼むから黙っててね!」

 想像した流衣がリドを口止めしたが、リドはにやにやと笑って返さない。面白がっているようだ。

「――ちょっと待って下さい。風の神殿の姫君の話ですよね? なんだかとんでもないじゃじゃ馬のように聞こえるんですが」

 エイクの質問に、流衣達は自然と顔を見合わせた。

「ま、まあ、そうだが……。猫さえ被っていれば立派な淑女だぞ」

 セトはアルモニカをフォローしようとして、逆に口を滑らせる。一方、流衣はエイクと目を合わせずに、無難に返す。

「ええーと、ちょっと怖いけど、良い子だと思うよ」

「神殿の皆に慕われてたぜ」

 リドだけは堂々と答えた。流衣とセトが思わずリドを見つめると、リドは肩をすくめる。

「嘘は言ってない」

 ああ、確かに嘘ではない。アルモニカは風の神殿の神官達にとても好かれている。ときどき猫被りとからかわれたり、怖いと言われてはいたけど。

「詳しく聞くのはやめにしておきます」

 流衣達の反応を見て、エイクは賢明な答えを口にした。

(うんうん、それがいいよ。夢が壊れるかもしれないし……)

 アルモニカがいれば激怒間違いなしなことを考えて、流衣はホッと息を吐く。

「貴族なんだから、裏の顔くらいあるもんでしょ。この子達と親しいんだから、悪い方ではないはずよ。――で、そのお姫様が〈塔〉に乗り込むかもしれないのね?」

 リリエは困った顔になり、前髪を指先でちょんちょんと引っ張りながら考え込む。

「風の神殿の方が敵に捕まるのは厄介ね」

「それだけじゃないんです、リリエさん! アルはネルソフに狙われているんです。杖連盟のギルドマスターの一番弟子でもあるので……!」

 流衣の訴えに、リリエはしかめ面になった。だが、出て行く許可は出さない。

「事情はよく分かった。でもね……」

 リリエは頷いたが、返事は芳しくない。

 その時、出入り口の青い布がさっと開かれた。

「面白い話をしているな」

 赤色の髪をした長身の美女が、颯爽とした足取りでテントへと入ってきた。軍服のようなダークレッドの上着と黒いズボンを着ているのだが、男装がとても様になっている。

 どこかで会った気がするなあと流衣が思っていると、リリエとエイクがさっと地面に膝を着いて礼をとった。

 ぎょっと目を見開いたセトも、慌てて膝を着く。

「女王陛下……!」

「は?」

 リドは唖然としたが、意味を理解するや、流衣の腕も引っ張って、慌てて礼を取る。

 静まり返ったテント内をゆっくり見回したロザリーは、くすりと笑う。

「立て、楽にしなさい。今の私はただのロザリーだよ」

「何をおっしゃいますか、陛下。我らにとっては、あなたが王に変わりありません!」

 立ち上がったエイクが、憤然と抗議する。

「真面目だなあ、エイク副団長は。まあお前のような石頭でないと、こんなはねっ返りを大人しく椅子に着かせるなんて無理だろうが」

「まあ、失礼ですわよ。こんな淑女を捕まえて」

 からかうロザリーに、リリエは軽口を返す。エイクが溜息を吐く。

「あなたが淑女なら、ほとんどの女性が淑女になりますよ」

 リリエはエイクをにらみつけたが、エイクに何も言わない代わりに、いまだ座ったまま固まっている流衣達に声をかける。

「ほら、ロザリーが良いって言ってるから、礼を解きなさい」

 ぎくしゃくとした動きで立ち上がった流衣達を見て、ロザリーは首を傾げた。

「ん? おい、お前、ちょっとこっちを見ろ」

「は、はいっ」

 言われるまま、ロザリーの方を見た流衣を、ロザリーはしげしげと観察する。リリエが何かに勘付いた顔をした。

「ロザリーったら、幾ら可愛いからって、年下すぎるわよ!」

「お前、何を妙な勘違いをしてるんだ……? 会ったことがある気がしてな」

「そうなの? 彼みたいな外見の子って、珍しいと思うんだけど、似たような人がいたのかしら」

 リリエもロザリーとともに考えたが、思い浮かばずに首を横に振った。

「私はそんな人、会ったことないわね。エイクはどう?」

「私も存じ上げません」

 困惑顔をするエイク。ロザリーはパッと閃いた顔をした。

「思い出した! 城で会ったな。初めて見る菓子を持っていた。あれは美味だった」

「お城でお菓子……?」

 流衣はきょとりと目を瞬く。思い出せず、左肩に乗るオルクスに小声で問う。

「そんなことあったかなあ、オルクス」

『タルトという名の菓子を焼いた時のことではありませんか? 兵士の皆様にお裾分けされたでしょう』

 オルクスの返事を聞いても、いまいちピンとこない。兵士というのは何だか違うような気もする。

 ロザリーは口元に薄らと笑みを浮かべる。

「覚えていないなら別に構わん。なんだ、あの時も本当に私の正体を知らなかったのだな。『お姉さんはお城で働いているのか?』と聞かれたのは初めてでな、面白かった」

「ルイ、あなた、陛下にそんなこと聞いたの?」

 呆れた様子のリリエに、流衣は首を傾げるばかりだ。

「すみません、あの辺りは色々とありすぎて、よく覚えてません」

「そう、覚えてないんじゃ仕方ないわね。だそうよ、陛下」

 リリエの取り成しに、ロザリーは頷き、流衣から視線を外した。流衣はホッと息を吐く。ロザリーの強い眼差しは、どうも肉食動物を思い出させて緊張してしまう。

「ところで、リリエノーラ。さっき、何か面白そうな話をしていただろう。私も仲間に入れてくれ」

「カルティエ殿のせいで、彼らが迷惑をこうむっているというだけの話よ。この子達は、前にヴィンセント殿下を助けた者達で、私の弟子ディルの友人なの。あの事件が起きなかったら、パーティーに参加するはずだった子達よ」

「ああ、ヴィンスの命の恩人達か……!」

 ロザリーは青空のような目を輝かせた。嬉しそうに微笑むと、一気に親しげになった。

「ただ巻き込まれただけなら帰すわけにはいかないが、味方なら話は別だ。しかも腕が立つと聞く。どうだお前達、反乱軍に入る気はないか?」

 意気揚々としたロザリーの問いかけに、流衣達は文字通り固まったのだった。


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