七十七章 反乱軍のアジトにて 1
「武器を下ろせ!」
厳しい声での命令に、流衣達は慎重に武器を外して、地面に置いた。
そのまま両手を上げて敵意がないことを示すと、兵士達が寄ってきて、流衣達を後ろ手に縛り上げる。
周りには、敵意とともに武器の先を向ける兵士達がいて、流衣は恐怖から真っ青になってリドを見上げる。
「反乱軍って何、リド。どうして僕ら、捕まってるの?」
「言葉まんまだろ。つーか、俺に聞くなよ。何でこうなってるのか、俺も知らねえよ」
「じゃあセトさん!」
「私だって知るわけがないだろう!」
うろたえる流衣に、リドやセトは焦り顔で返す。場馴れしているセトですら、突然兵士に囲まれるという状況には軽いパニックを起こしているようだ。
「カルティエ殿! 彼らはいったい何者でありますか!」
兵士の緊張を帯びた声での質問に、カルティエは朗らかに返す。
「〈塔〉に潜りこんでいた者達です。反乱軍と間違えて救出してしまいまして……。そのまま帰すわけにもいかないので連れてきました」
「連れてきましたって……」
唖然とする兵士達。視線が泳ぎ、どう対応するかと囁き合う。
(うわあ、あっちも大混乱みたい……)
流衣ははらはらと動向を見守りながら、カルティエの言葉に動揺する兵士達に、少なからず同情してしまう。
「だが、この場所を見られた以上、ただで帰すわけにもいかんだろう。悪いが一緒に来てもらう。それで、どうして〈塔〉に潜りこんでたのか、それも教えてもらおう」
プレートメイルの兵士達の中で、一人だけ赤いマントを付けている男がそう言って、流衣達を案内するように傍らの者に合図する。
『まったく、なんという失礼な輩でしょう! 雷を落としていいですか、坊ちゃん』
「おおおオルクス、お願いだから大人しくしてて!」
『……畏まりました』
流衣が小声で必死に止めると、オルクスは渋々というように引き下がった。だが、兵士の方はその様子を見て、流衣の肩を掴んだ。
「何だ、誰と話している!」
「ひっ、うえ、あの」
「さっさと答えないか!」
ものすごい剣幕の兵士が恐ろしく、たじたじになって余計に声が出てこない。もたつく流衣に余計に苛立った様子を見せる兵士。
「え、えと、あの。――あっ」
「うわ、何だ!?」
流衣が答える前に、オルクスがぶち切れた。オルクスは兵士の顔に飛びかかり、足先で引っかこうとする。
「ちょ、ちょっとオルクス! 駄目だって。落ち着いて!」
『坊ちゃんを脅かすなど、悪魔の所業! これでも食らいなさい!』
「だから待って……っ」
流衣が止める暇もなく、オルクスは兵士に魔法で雷撃をくらわせた。短い悲鳴とともに崩れ落ちる兵士。そして一気に警戒を露わにする兵士達。
「ああ……、嘘だろ」
流衣はといえば、まるで映画を見ているような気分で、呆然と立ちすくむ。理解したくなかったともいう。
「ったく、このクソオウム!」
「はあ……」
リドが舌打ちし、セトは天を仰ぐ。
だが、リドの対処は早かった。風を使って縄を切るや、流衣達の周りに風を発生させ、兵士達を弾き飛ばす。
そんな中、オルクスが素早く飛び立ち、兵士から流衣達の武器を奪い返し、浮遊の術で引っ張ってきてそのまま流衣達の手元に届ける。
リドのお陰で縄が切られてなくなり、武器を手にした流衣やセトだが、この状況には顔の引きつりが治まらない。
「オルクス、何で我慢出来なかったの? 見てみなよ、お陰で話し合うっていう選択肢が消えちゃったじゃないか!」
流衣が若干涙目でオルクスを責めると、何故かオルクスは感激したように言う。
『申し訳ありません、坊ちゃん。怖がっておられる坊ちゃんを見ていて我慢が出来ず……。しかしそのようにお叱りになるだなんて、ご立派になられて。わては大変嬉しゅうございますぞ!』
「ええ!? 何で!?」
「……おい、なんでそのクソオウムは喜んでやがるんだ? ちょっとぶん殴っていいか?」
「落ち着け、リド。主人のルイだって唖然としてるんだ。きっと魔物にしか分からない感慨があるんだろう」
リドが物騒に呟く傍らで、セトが迷惑そうに呟いた。
流衣達もまた、周囲の兵士達と同じく、武器を構えてにらみあう。先程よりも強い警戒を露わにしている兵士達の姿に、流衣は諦めの気持ちが湧く。
(まあ、そうなるよね……)
流衣は彼らの気持ちがよく分かったが、それとこれとは別問題だ。
「ねえ、黒竜のお爺さん! お願いだから助けて下さい。僕らも意味が分からないんですよう」
「ほっほっほ、血の気の多い使い魔を持つと苦労なさいますな」
「てっめえ、笑ってんじゃねえ!」
一人だけ落ち着いているカルティエが笑うと、リドがすかさず怒った。だがカルティエは気にしていない。
「ちょっと、何の騒ぎなの?」
そこへ、白を基調とした衣装に身を包んだ女性騎士が現われた。薄茶色の髪と、右目が緑色、左目が金色という特徴的な目をした二十代半ば程の女だ。背中には背丈ほどはある大剣を背負っている。
「……あれ? あんた達、ここで何してんの?」
不思議そうに首を傾げるリリエノーラ・ヴェルディーこと、流衣達の親しい仲間であるディルの師匠である女性を見て、流衣とリドは声を揃える。
「リリエさん!」
「ディルのお師匠さん!」
まさしく天の助けである。
「なんだ、君達の知り合いか?」
「はい、ディルの師匠ですよ」
セトの質問にはリドが答える。そして、流衣とリドは必死に、リリエに説明した。
「……というわけで、俺達も意味が分からないんです!」
リドの訴えに、リリエはカルティエをじとりと睨む。
「ちょっともう、カルティエ殿。無関係な旅人を連れてくるなんて、何考えてるのよ。私が気付いたから良かったものの、このままじゃ殺されてもおかしくなかったじゃないの」
「団長、お知り合いなのですか? あ、危険です。近付かない方が……」
「大丈夫よ。この子達、私の弟子の友達なのよ。ヴィンセント様を助けて下さって恩人でもあるんだから、これ以上失礼な真似したら私が怒るわよ」
「で、殿下の? はっ、失礼いたしました!」
慌てた様子で武器を下げる兵士達。ざっと勢いよく武器を仕舞う彼らの動きは綺麗に揃っており、リリエによる統率が上手く働いているのがよく分かった。
流衣はようやくほっと息を吐いた。ひとまずリリエが傍にいる間は身の安全が保障されるはずだ。
リリエは猫のような気まぐれじみた足取りで歩いてくると、流衣達の前で立ち止まり、右手を上げる。
「悪かったわね、あなた達。申し訳ないんだけど、一緒に来てくれる? このまま帰すってわけにはいかないのよ。ごめんなさいね」
リリエは謝りながらも、有無を言わさない口調で手招く。
流衣達は顔を見合わせた。
「大丈夫、悪いようにはしないから! あなた達に危害を加える真似もしない。ディルの師匠が信用出来ない?」
リリエは茶目っ気たっぷりに聞いたが、困ったように眉尻は下げている。
「いえ、すみません……。一緒に行きます。……いいよね?」
流衣は連れの二人に確認をとる。
リドは頭の後ろで手を組んで息を吐く。
「いいよねも何も、行くしかねえじゃん」
「誠実に説明すれば分かってもらえるはずだ」
セトは生真面目にそう言って、眼鏡のブリッジを指先で押し上げた。
「じゃあ決まりね。行きましょう。寒いし、温かいお茶でもご馳走するわ」
とても心魅かれる誘いを口にし、リリエノーラは兵士達が大勢立つ向こう、天幕が幾つか張られた野営地へと颯爽と歩き出した。