表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おまけ召喚 第四部 紅の女王の帰還  作者: 草野 瀬津璃
第十四幕 反撃ののろし
38/69

七十六章 封鎖された〈塔〉 7



「今頃になってのこのこと出てくる生き残りがいるとはな。間抜けな奴らだ」

 セトに剣先を向けている黒服の一人が、セトを(あざけ)るように言った。声の高さや体格からは女のようだが、フードを目深に被っているので分からない。

 その声に賛同するかのように、他の四人が笑った。

「お陰で隠し部屋が分かった。そのことには礼を言う」

「……それはどうも」

 杖を床に置いたまま、両手を上げた格好でセトが呟く。皮肉でも言わないと治まらない気分なんだろう。

「生意気な奴だ。――さて、どうしてやろう。お前達にどんな呪いをプレゼントしてやろうか」

 黒服の一人はそう言って、楽しげに笑う。

 すると他の一人が手を上げる。

「口が利けなくなる呪いはどうだ? 魔法使いには致命的だ」

「そんなものは生ぬるい。目から光を奪ってやれ」

 別の一人が横から言う。そして四人目は首を振る。

「呪うより良い案がある。俺の魔物の餌にするのはどうだ?」

「それなら僕の影に喰わせてくれよ。こいつときたら、大食いで困ってるんだ」

 五人目が四人目へ憐みを乞うように言った。

 五人の意見は纏まらず、流衣達の始末について口論を始める。

 注意が逸れたその一瞬、彼らの中心の地面から、突如として竜巻が巻き起こった。

 突然のことに、彼らは短い悲鳴を上げて、司書室内の四方へと弾き飛ばされる。

「――行くぞ!」

 一緒に驚いていた流衣は、リドに左腕を引っ張られて、風が起きた意味が分かった。リドが機転を利かせて、風を起こしたのだ。

「助かった、リド」

 セトは礼を言い、素早く杖を拾い上げて、図書館の出口めがけて走り出す。彼は急いでいるのに、床に落ちている本は器用に避けていく。

「急げ、ルイ」

 流衣の腕から手を離し、リドはセトを追う。

『坊ちゃん、足元にお気を付けて進み下さい! 足止めはわてにお任せを!』

 流衣の肩からオルクスが飛び立つ。

 その声に背を押されるように流衣も走り出したが、司書室を出る前に一度足を止めて振り返る。オルクスが何をする気なのか気になったのだ。

「ふははは、闇の魔法使い達に鉄槌(てっつい)を! くらえ、魔法書の舞!」

 魔法で竜巻を起こし、床に散らばる本達を巻きあがらせるオルクス。起き上がろうとしていた黒服達は、本の雨を浴びて悲鳴を上げる。本が彼らにぶつかると、あちこちで魔法が起きた。一瞬にして水浸しになる者や、頭から赤い水を被り混乱に陥る者、降ってくる本を避けようとして、足元の本を踏んだせいで、そこからの雷撃に撃沈する者など様々だ。

(……うん、大丈夫そうだ)

 高笑いしながら攻撃しているオルクスを見なかったことにし、流衣は出口を目指す。黒服達の二の舞になるのは御免なので、足元にだけは注意を払った。

 そのまま出口から図書館の外へ飛び出す。

 セトやリドが急げと言わんばかりに手招きしていた。見れば遠くから黒服が一人駆けてくる。流衣は慌てて彼らに駆け寄る。

「彼らはしばらく使い物になりませんヨ」

 オルクスが戻ってきて、そう報告した。

「う、うん……」

 流衣は頷く。正直、オルクスの声が冷静すぎて逆に怖かった。

 だが、使い魔の様子にびびっているのは流衣だけで、セトやリドはそれよりもネルソフの動向を気にしている。

「よし、転移するぞ」

 全員が揃ったのを見て、セトが呪文を唱えようとした時、近くの瓦礫の影が広がり、中から黒服の男が現れた。銀色の髪と紫色の目をした、左目に眼帯を付けた男だ。病気のように顔色が悪く、痩せている。

「逃がさない」

 男はぼそりと呟き、右手に持っていた鎌を振り上げる。反射的にセトが杖で鎌を弾き返す。

 冷や汗をかく流衣の前で、駆けてきたもう一人の黒服が鎌を持った男と合流した。

「堂々とした侵入ぶりは褒めてやる。だが、調子に乗るのもここまでだ」

 駆け付けたもう一人がそう言った瞬間、彼の影から三匹の狼が飛び出してきた。

 すると、まるで合図でもしたかのように、オルクスとリドが同時に前に出る。そして彼らが攻撃に出ようとした、その瞬間、三匹の狼が横から飛んできた青い炎に包まれ、断末魔を上げた。

「ぐぅっ」

 狼を操る黒服は、苦しげに胸元の衣服を押さえる。

「――誰だ」

 眼帯の男が、不機嫌そうに問う。

 彼の視線の先を見た流衣は、ぎょっと目を見開く。

 英国紳士に似た老人が立っていた。黒い燕尾服に黒いシルクハット。杖を手にしている彼は、褐色の肌と黒い髪を持っている。

 老人は緊迫感溢れる場には相応しくない、穏やかな微笑みを浮かべていた。

「いえいえ、私は名乗る程の者でもございません」

 そう言った次の瞬間、眼帯の男はその場に崩れ落ちた。いつの間に移動したのだろう、眼帯の男の後ろに立った老人が、右手を手刀の形にしている。急所を突いて気絶させたらしい。

「あ……」

 流衣は間抜けな声を漏らす。ネルソフが倒れたことにも驚いたのだが、それ以上に驚いたのは、流衣がこの老人を見た覚えがあったからだ。

 セトやリドは警戒して武器を構えたが、流衣はぽかんとしていた。

「前にも会いましたよね?」

 以前、〈悪魔の瞳〉が扮した行商人に殺されかけた時、助けてくれた老人だ。確か正体が黒竜だという話だった。

 老人は僅かに首を傾げ、やおら手を叩く。

「ああ! 言われてみれば、いつぞやの一般人の少年ではありませんか。珍しい容姿なのでよく覚えております。――しかしまったく、若者らしく無謀な真似をなさる。頂けませんぞ。反乱軍には、ネルソフに一矢報いようなんて考えは捨て、チャンスを待てと報せが出回っているはずですが」

「は?」

 要領を得ない流衣。目をぱちぱちと瞬かせるだけだ。

「反乱軍……?」

 リドもまた、怪訝な顔で問う。

 カルティエは虚をつかれた顔をした。

「はて? ここに来るのは彼らばかりでしたが、もしかして無関係でしたかな? 助け損な上に余計な事を申してしまいました」

 後悔したように、カルティエは口元を手で覆う。

「ううむ、これは不味い。あなた方の口を塞ぐというのもあんまりですしなあ。未来ある若者の芽を摘むなどしては盟友に怒られますし。――ほうむ、分かりました。私と一緒に来て頂きましょう」

「な、何を勝手なことを言ってるんだ、君は」

 顔を引きつらせるセト。

「よく分からんが、君のミスだろう! 巻き込むな!」

「助けて差し上げたんですから、少しくらい巻き込まれたって構わないでしょう? 安心なさい。なにも取って食うわけではありませんから」

 カルティエはマイペースに言い、パチンと指を鳴らす。

 すると、流衣達の周囲にふわりと霧が湧きおこった。

「え? 何これ」

 目を瞬いた流衣は、視界を覆う程の霧が消えると、再びぽかんと口を開けた。

 先程まであった廃墟はどこにもなく、辺りには森が広がっている。正確には森の中にある野営地だ。平らの地面の周囲には柵が設けられていた。

「ようこそ、反乱組織の基地へ。無謀な三人組」

 カルティエは道化じみたお辞儀をする。彼がぐるりと周囲を示したことで、流衣達は武器を構えた兵士達に周りを包囲されたことを知る。

「わーお、素敵な歓迎っぷりだな、おい」

 リドが半笑いとともに呟く。

「何故こんなことに。訳が分からん」

「僕もですよ、セトさん……」

 頭を抱えるセトに、流衣は頷きを返す。

(別に僕達、悪くないよね!?)

 まさかの事態におののきながら、頭の隅に赤い髪の少女の姿が浮かぶ。

(アル、ごめん! しばらくそっちに戻れなさそう!)

 ――願わくば、業を煮やしたアルモニカとサーシャが封鎖された〈塔〉に突撃しませんように。

 現実逃避に願いを呟き、流衣は敵意を向けてくる兵士達を眺めた。


 七十六章終わり。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ