七十六章 封鎖された〈塔〉 6
階段を一番下まで下りると、壁沿いに本棚が並び、その前に腰の高さの低い棚があるのが分かった。そして、奥には閲覧席がある。テーブルの上に魔法道具の照明器具が置かれていた。
セトはその燭台を手に取り、明かりを点ける。セトのカンテラの明かりと合わさり、地下書庫の中は一段と明るくなった。
「へえ、こうして見ると普通の本棚だな。お、すげえ、あっちの本は豪華だな」
ぐるりと辺りを見回したリドが、書庫の中でも奥まった位置にある本棚を見て、興味を惹かれた様子でそちらへ近付いていく。
するとセトが大声を出した。
「駄目だ、リド。その棚は危険書物エリアだ! 近付くんじゃない」
「うわ、マジかよ。冗談じゃない」
リドはすぐに取って返してきた。
流衣もぎょっとしながら、リドが近づこうとしていた棚を見る。金色の文字が彫り込まれた赤や青の皮張りの本が並んでいる。見た目がとてもお洒落なので、インテリアにも使えそうだ。
「あんなに綺麗な本が危ないんですか?」
流衣が訊くと、セトはしっかりと頷いた。
「ああ。あそこにあるのは、かなり危険だ。自滅の方向でな。昔、無詠唱で魔法を使う方法を研究していた魔法使いがいた。彼は魔法陣に魔昌石を置くことで魔法が使えることに目をつけ、本を開いただけで魔法が発動する本を作ったんだ」
「それってとても素晴らしいアイデアじゃないですか! 魔力が無くても魔法が使える本ってことでしょう?」
流衣は目を輝かせる。ラーザイナ・フィールドにある魔法道具は、用途に合わせて一つの魔法しか発動しない仕組みだから、誰でも色んな魔法が使える本が存在するなら、とても革新的なアイデアだ。
だがそんな流衣の興奮に反し、隣のリドは浮かない顔だ。
「俺はどうも嫌な予感がするぞ、ルイ。確かにすげえ考えだけど、そんな本が何で危険書物になってんだよ」
「う、言われてみると確かに……」
流衣は神妙な気分で、危険書物エリアを見た。そしてある可能性に気付く。
「誰でも魔法が使える本なんだから、武器としてはとてつもなく危険ってことですか?」
実用化されればひどい戦争が起きそうだと予想し、流衣はなるほどと納得した。が、セトの答えは違った。
「確かにそういう理由での規制は起こりえるが、それは制度として取扱いを決めればいい問題だ。もっと単純な話だ。例えば、本を開くと光の玉が四方八方に飛び散って大怪我をする」
「……え」
「……そういう?」
場に微妙な空気が流れた。
リドは大きく溜息を吐くと、セトに言う。
「なあ、あんたらって実は馬鹿なんじゃねえの?」
「リ、リド……」
流衣は思わずリドを止めようと思ったが、流衣もそう思えたので強く言えない。困った顔でセトの様子を伺うと、セトはあからさまに目を逸らす。
「では、あちらに行こう。風の魔法と召喚魔法、物質転移に関する魔法書のエリアだ」
なんだか早足でそちらに向かうセト。
「否定出来ないんだな? 馬鹿なんだな?」
「リド、しーっ」
ぼそりと呟くリドに、流衣は懸命に口を閉じるように頼んだ。
危険書物を見ないふりをして、稀少本の書棚にやって来た。
発行数が限りなく少ない為、地下書庫に置かれている本だという。
セトが無造作に本棚から本を取り出しながら流衣やリドに手渡していく。
「これと、あとこれもあると良い。ここの本は基本的に持ち出し禁止だが、いつネルソフに燃やされるとも知れない。持ち出しても誰も文句は言わないさ。一応、ヘイゼル様にはご報告するがね」
「は、はい……」
流衣は受け取った本を鞄に入れながら頷く。貴重な本だから大事に扱わなくてはと冷や汗をかいている。
「まあ、ここが見つかって、あの危険書物で自滅してくれたらありがたいがね」
ふいにセトは暗い顔でつぶやいて、ふっと怖い笑みを浮かべた。
(こここ怖っ!)
こんなにブラックなセトを見たのは初めてだ。流衣は恐れおののく。
「ほんと仲悪いんだな、闇魔法使いと杖連盟って」
風の魔法が記された本を眺めつつ、リドが言う。彼の声には感心に似た響きがあった。
「何度も言うが、どうやったって相いれない。我らは奴らを捕まえて裁きを下そうと躍起になり、対してあちらも我らを傷付ける。実に不毛だがね、これだけは譲り合えないのだ。呪いで人が幸せになることなど無い」
セトはうなるように言い、棚から引き抜いた本を今度は自分の鞄に放り込んだ。
「――良し。めぼしい物はあらかた持った。引き上げよう」
「ああ」
「行きましょう」
リドや流衣は返事をし、鞄を背負い直す。セトが閲覧席に近付いて机の上の明かりを消すと、すぐに階段を上り始めた。
「ここでは魔法が使えない。魔法封じの魔法がかけられているから、魔力を練ればすぐお陀仏だ。――もちろん、命の無い書物にある魔法は例外だがね。とにかく、外に出たらすぐに転移する」
セトがてきぱきと説明するので、流衣達も頷いた。
出入り口の蓋まで来ると、皆、耳を澄ます。
「誰もいないようだ。開けるぞ」
セトが宣言し、確認の為に振り返る。流衣やリドは無言で頷きを返し、緊張とともに扉の向こうを見つめる。セトは蓋に向き直り、すぐ右手の壁にあるレバーを引く。
――ガチャリ
鍵の開く音がして蓋が外へ向けて跳ね上がった。
セトはすぐに地上へと上がる。
彼の姿が見えなくなると、流衣も続いた。
そして、外に出て、目を丸くして足を止める。
黒い服を着た人間達が五人立っていて、そのうちの一人がセトに剣先を向けて脅していた。セトの顔は渋面に染まっている。
(うわあ、これはまずい……)
流衣は引きつった笑みを浮かべ、とりあえず反抗する意思が無いことを示すべく、杖を握ったまま両手を上げた。
20140629 ちょっと文章を修正。