七十六章 封鎖された〈塔〉 5
司書室は、受付カウンターの向こうにあった。開いたままの扉から中へと入る。
部屋は暗い。
この部屋の壁には穴が無く、そのせいで光が差さないのだ。奥は真っ暗で何も見えなかった。
するとオルクスが気を利かせ、魔法で光の玉を呼び出した。
一気に見やすくなった室内を見回し、流衣は呟く。
「思ったより広いなあ。塔の中は正方形に見えたから、部屋のスペースがこんなにあるのが不思議だな」
司書室には、元は作業台だったものらしき机や椅子があった。どれも床に倒れている。壁には棚があり、引き出しや木箱、本や書類が辺りに散乱していた。家探しの後が分かりやすく残っている。
「二階でのちょうど通路部分に部屋が作られているんだ。あ、そこの本も踏むんじゃないぞ」
セトが律義に説明し、流衣の足元の本を指差す。
流衣は慌てて足を後ろに下げた。危うく本の魔法陣に足を乗せるところだったので、冷や汗が出る。
「で、セトさん。こんな所に地下室への入り口があるのか? 足の踏み場が無いから探しようが無いぞ」
リドがうんざりした様子で散らかる部屋を見る。流衣もリドの言い分と同じ意見だった。触ると危険な本が多い状況では、物をどかすだけでも重労働だ。
「なに、触らなければいいだけの話だ。浮遊の術を使う」
そう言うと、セトは金属製の杖の先を床へ向け、小さな声で呪文を呟いた。棚の前にあった本や書類が音も無く浮かび上がる。セトはそれらを棚と反対方向の壁際へと移動させ、魔法を解除する。
「流石にこの棚は重すぎて動かしきれなかったようだな」
セトは改めて棚に向き直り、さもありなんと呟いた。
なにか棚に秘密でもあるのかと、流衣は観察してみたが、どこにでもあるような、樫材で出来た引き出し付の書棚に見えた。
「映画だったら、本棚に入っている本を押したらスイッチが動いて扉が開くとか、引き出しを抜いたら奥に仕掛けがあるとか、そういうのだよね。どんなカラクリがあるんですか?」
想像するだけでわくわくしてくる。流衣は期待をこめてセトを見つめた。
だが、セトは予想に反して棚ではなく棚の前の床を示した。
「君の例えはよく分からないが、この棚は何の変哲もない棚だ。鍵はこっちだ。ええと、棚の引き出しの取っ手から、下へ三つと右へ五つ……。これだ」
ぶつぶつと呟いて床に貼られた石を数え、目当ての石に力いっぱい杖の先端を押し当てた。
――ガチンッ
錠の外れる音が響いた。
その瞬間、石床の一部が斜めに浮き上がった。
「おおっ」
「蓋かあ!」
リドと流衣はそれぞれ歓声を上げる。二人の様子にセトは気を良くしたように笑い、浮き上がった石床に右手を掛け、持ち上げるようにして開ける。すると、底へと続く階段が現れた。
「ゲームみたいだ。面白いなあ。でもセトさん、どうして司書室に隠し扉が?」
「昼間、誰かが働いている場所に実は隠し扉があるなど、普通は考えないだろう? 私としては閉館後にしか使えないから不便だが、秘密性は保たれる。ここは〈塔〉の幹部しか知らないのだ。司書も知らん」
そう言いながら、セトは地下への階段へと下りていく。
「それなら、残っている可能性が高いのも頷けマス」
オルクスが納得という調子で言った。
流衣はそれに同意して頷く。
「中からは何も音がしない。誰かがいるとは思えないよ。入っても平気だ」
耳を澄まして集中した後、リドが結論を下す。緊張気味の顔をしていたセトはほっと息を漏らす。
「それは良かった」
そう呟くと、セトは鞄の中からカンテラを取り出して火を灯した。
「では先に行く。最後の者は蓋を閉じて来なさい。中からも開けられるから心配しなくていい」
セトはそう言い残し、迷いない足取りで地下へと下りていく。次に流衣とオルクスが続く。中へ一歩足を踏み入れた瞬間、オルクスが灯していた魔法の明かりが消えた。そのことに驚く暇もなく、最後にリドが地下へ下りながら蓋を閉めた。
ガチャンッと重い音がして、鍵が掛かる。
その音が思ったよりも響いたので、流衣はビクッとしたが、その恐怖心はすぐに感動に取って変わった。
「うわあ、すごい……」
てっきり狭い書庫だと思っていた。
それがどうだ。流衣の目の前に広がっていたのは、巨大なホールだった。セトの持つカンテラの明かりの中、浮かび上がるようにその姿をさらしている。
「何で図書館の地下に、ダンスが出来そうなホールがあるんだよ……」
唖然と呟くリド。
流衣はぽかんと口を開けたまま、リドと目を合わせる。そちらも呆然としていた。
小さな明かり一つを頼りに、石造りの階段をどんどん下りていきながら、セトが杖を振って返す。
「貴重な書物だと言っただろう。狭い所でそんな物を開いてみろ、逃げ場が無いだろう?」
当然という口調に、流衣は首を傾げる。
「そんなものでいいのかな?」
「さあ。本当、魔法使いって変な奴ばっかだよな……」
「そこで僕を見ないでよ。失礼しちゃうなあ」
溜息を吐く流衣を気にせず、階段を下へと歩き始めるリド。置いてきぼりにされてはたまらないので、流衣も底を目指した。