七十六章 封鎖された〈塔〉 3
王都にある神殿へと行く前にアルモニカが最初にしたことは、実家のクローゼットから神官服を呼び寄せることだった。
「ふむ、久しぶりに着たのう」
白い帽子に、白いシャツとロングスカート、靴も白い。これでは寒いので、更にその上に白いマントを羽織り、アルモニカは鏡の中の自分を見つめた。
「お嬢様、口調もお直し下さいませ」
サーシャは小言を口にして、アルモニカの顔に薄らと化粧を施す。そして出来栄えを眺め、大きく頷いた。
「これでどこから見ても、清楚で気品溢れるお嬢様ですわ。さ、胸を張って下さい」
「ええ、ありがとうございます、サーシャ。行きましょう」
にっこり微笑んで、口調を丁寧なものに変えると同時に、アルモニカの中でスイッチが外交モードに切り替わる。先程までのどこか柄の悪い雰囲気をした小さな少女はどこにもいなくなり、落ち着いた空気を纏った生まれつきの貴族の令嬢が立っていた。
堂々とした態度で部屋の扉から廊下へ出ると、着替え終わるまで廊下で待機していた流衣やリドが目を丸くした。
「行って参りますわね」
スカートの裾を持ち上げてお辞儀をし、アルモニカは颯爽と階下へ降りていく。サーシャは無言で彼らに会釈し、専属護衛の任の為、アルモニカに付従う。
「い、行ってらっしゃい……」
「気を付けろよ……」
流衣やリドの弱弱しい声が後ろから聞こえてきた。
久しぶりの猫かぶりモードなアルモニカを見て、流衣達は度胆を抜かれていたのだが、そんなことはアルモニカは知らないので、上機嫌で出かけることにした。
王都の神殿に着くと、風の神殿の姫がお忍びで来たという報告を聞き、上役の神官が駆け付けてきた。走って来たのか、慌ただしげな空気を纏っているその神官は、髪の薄さが少々目立つ中年男だった。
「おお、これはアルモニカ・グレッセン様。遠路はるばるようこそいらっしゃいました」
彼はそう言って、恭しくお辞儀をした。
「ありがとうございます。突然の訪問、失礼いたしました。温かくご対応頂いて嬉しく思います」
アルモニカは丁寧に礼を言う。内心、急な来訪に驚いただろう目の前の神官を気の毒に思っていた。
「いえいえ」と言いながら、神官の男はポケットから取り出したハンカチで汗を拭う。
「申し訳ありませんが、アルモニカ様。ただいま、当神殿の長は外出しておりまして……」
「いえ、神殿長にお会いしたくて参ったのではありませんの。ただ事務的な事で頼みたいことがあるのです」
「事務的な? 分かりました。応接室にてお話を伺いましょう。外で立ち話などしていては、ご体調を崩されてしまいます。アルモニカ様が病弱の為に外出なさらないというお話は伺っておりますので」
どうぞこちらへ、と案内する神官。
アルモニカは楚々とした笑みを返しながら、彼の後を追う。
アルモニカが母の言い付けで外出出来なかった事は、対外的には病弱として広めているのだ。
(お陰で、城に呼びつけられるのも、建国祭のパーティーくらいのもんで済んでおるがの)
パーティーに出る暇があるなら、師匠であるヘイゼルの家に引きこもって発明に明け暮れたいアルモニカには好都合な話だった。だが、改めて聞くと複雑な気分にさせられる。
(ワシは元気はあり余っとるから、気遣われると悪い事をした気分になるな)
溜息を吐きそうになるのを我慢して応接室に行き、神官に王城での知人の忘れ物申請の話をする。
「忘れ物申請、ですか?」
中年の神官は目をぱちくりと瞬いた。
「ええ。恩ある知人の用事ですの。平民の方ですから、お城に頼むことを気が重く感じられていて……。わたくし、その話を聞いて、是非手助けして差し上げたいと思いましたの。ですがわたくしが直に申請すると大事になるかもしれませんでしょう? あまり騒がれたくありませんから、こちらから申請して頂けないかと伺った次第ですわ」
アルモニカは丁寧に話す。
アルモニカが直接出向けばそれで済む話だが、流衣やリドは女王に招かれた客人だ。現王が変に疑って、妙な横槍を入れてくるかもしれない。それは面倒だし、王城には人質に取られているディルがいる。彼にもそれが波及しては、流衣やリドは気に病むだろう。そういう事態は避けたい。
アルモニカが困ったように目を伏せると、中年の神官は勝手に言葉の裏を読んでくれた。
「陛下は気難しくていらっしゃいますから、アルモニカ様がお気遣いなさるのも理解出来ます。分かりました、こちらから申請します」
中年の神官が力強く請け負ってくれたので、アルモニカはパッと花が咲いたように微笑んだ。
「まあ、ありがとうございます!」
話が纏まったので、アルモニカは席を辞すことにしたが、せっかくなので祈り場に立ち寄りたいと申し出た。
「はあ、流石はグレッセン家のご令嬢ですな。信心深くていらっしゃる」
中年の神官はしきりと頷いて感心し、アルモニカを祈り場に案内してくれた。