七十六章 封鎖された〈塔〉 2
目が覚めると、部屋の中に日射しが注ぎ込んで明るかった。
爽快な気分で身を起こした流衣は、窓の向こうに見えた朝日に目を細める。
『おはようございます、坊ちゃん』
オウム姿のオルクスが、枕元でくいっと頭を上げて挨拶をした。流衣も挨拶を返す。
「おはよう、オルクス」
すると声に気付いた仲間達が、テーブルの方からこちらを振り返った。真っ先にリドが軽いノリで挨拶をする。
「おう。おはよう、ルイ」
「気分はどうじゃ? これから朝食に出るつもりだったんじゃが」
アルモニカが様子見をしながら言った。セトやサーシャは黙ってこちらを見ている。
「元気になったよ。たまってた疲れも取れたみたい」
流衣の返事に、それぞれが笑みを浮かべた。そして、サーシャが言う。
「それは良かったです。ですが昨日の今日ですし、朝食は私がお持ちいたしますわ。ゆっくり身支度なさって下さい」
「え、でも……」
「サーシャの言う通りじゃ。いつ移動になるか分からんのだし、ゆっくりしていろ」
申し訳ないと言葉を濁す流衣に、アルモニカがきっぱりと言った。
「セトさんの分も持ってくるよ。昨日決めた件の、こいつへの説明を頼んでも構わないか?」
リドの問いに、セトは頷く。
「もちろんだ。ルイ、ひとまず着替えなさい。その後、これからの予定を話そう」
「分かりました」
ちょっとばかり置いてけぼりな気分だが、流衣は頷いた。リドやアルモニカ、サーシャが連れだって部屋を出て行くのを見送りながら、現状把握が最優先だと思い直し、着替えに手を伸ばした。
身支度を整えると、セトが茶を淹れてくれた。
二人そろってテーブルにつき、ほんのり渋い味のお茶を飲む。ほっと息を吐いたところで、セトが話し始めた。
「この後の予定だが、二手に分かれることになった」
「二手に?」
「そうだ。王城に忘れ物申請に行く組と、〈塔〉に向かう組だ。アルモニカ嬢とサーシャが王城に、残る我々が〈塔〉へ行く。落ち合う場所はこの部屋だ」
樫のテーブルの表面を、セトはとんとんと指で叩いた。
流衣はなんとなく扉の方を見て、不安になる。
「女の人達だけ別行動で大丈夫なんですか? アル、襲撃事件の時にネルソフに狙われていたのに……」
「ああ、その点は大丈夫だ。幾らネルソフの勢いが良いとは言え、表立ってのものではない。風の神殿の姫として現われた彼女に手出しは出来まい。何故なら、おおっぴらにネルソフと繋がっていると示すと、現王にとってはイメージダウンになるからだ。ただでさえ反乱でその座を勝ち取った王だ、それは避けたいだろう。それに、不利な状況ではあるが、ラーザイナ魔法使い連盟は潰れたわけではないしな」
「え? そうなんですか?」
流衣は思わず身を乗り出した。
流衣は連盟に属していないので、その辺の事情がよく分かっていない。
「ああ。今の連盟は、一年前の幹部がいない状態で細々と運営しているといった格好だ。動向をにらまれているとはいえ、魔王復活の影響であちこちに魔物は出る。兵士だけでは対処しきれないから、冒険者の手は必要になる。そうなると、魔法使いの集う連盟にも声がかかる」
言われてみれば確かにそうだ。
流衣は少し考えて、疑問を覚える。
「あの、そもそも、今の王様はどうして〈塔〉を襲ったんでしょう? 潰してしまうよりも、懐柔していた方が良かったんじゃ……」
「推測になるが、反乱軍の中で最も強い兵力がネルソフで、彼らの協力を得る代わりに、〈塔〉への襲撃を認めたのはないか。そう思っている。昔から、連盟とネルソフとは敵対していたからな。私達は絶対に闇の魔法を認めない。そんな私達を、彼らも目の仇にしている。どうやったって相いれないのだよ」
セトはどこか疲れたように、静かな口調で答えた。
「だから、危ないのは〈塔〉に近付く私達だ。昨日、君が寝ている間に調べてきたのだが、あの事件以来、〈塔〉は封鎖されているようだ」
「封鎖? それって、入れないんじゃ……」
流衣の問いに、セトは首を横に振る。
「リドに風の精霊を使って調べてもらったところ、中に入れないように門が壊され、正門や裏門には見張りがいるらしい。門が壊れているなら好都合。転移魔法で侵入出来る」
「え? 門が壊れているとってどういうことですか?」
流衣には事情が分からないので、首を傾げてばっかりだ。セトは生徒に教えるみたいに、丁寧に返す。
「〈塔〉の門は選別の門という特殊な魔法がかけられていたのだ。悪意ある者を入れないようにする魔法だ。侵入するのは悪意だろう? 普通だったら弾かれていたが、門が壊れているから弾かれない。そういう意味だ」
「……なるほど」
便利な門があるものだと、流衣は一つ頷いた。テーブルの上にちょこんと座ったオルクスが流衣を見上げて言う。
「とはいえ、お気を付け下さいマセ。中で闇の魔法使い達に会うかもしれませんノデ」
「もし見つかっても、転移魔法で逃げられる。そこはまあ、リドがいるからどうにかなる。風の精霊がいると、人のいない場所を選ぶのは随分楽だ。だからリドの協力は必要だ。そして、私とルイだ。〈塔〉の図書館で資料を探す時、君には傍にいてもらわなくては困る。本によっては持ちだせない場合もあるからな」
流衣は目を瞬く。
行動の流れは分かったが、そういえばどうしてセトは〈塔〉の図書館で本を探そうと思ったのだろう。転移魔法の開発者はセトだ。
流衣がその疑問を口にすると、セトは満足げに頷いた。
「とても良い質問だ。確かに転移魔法という形に作り上げたのは私だが、これは風の魔法、記憶を読み取る魔法、イメージを伝える魔法が関係している。そして、召喚魔法の記録の蓄積もある。カザニフに行けばそれで済むかもしれないが、何か使えそうな資料があれば持ちだした方が賢明だ。――そもそも、図書館が無事かすら怪しいがね。奴ら、古来からの積み重ねを灰にしているかもしれん」
図書館が燃やされている様子を想像したのか、セトは頭が痛そうに手の平を額に押し当てた。
「それでも行くのは何故デス?」
オルクスが不思議そうにセトを見る。セトは答える。
「最重要書庫は無事である可能性が高いのだ。連盟でも一部の者しか場所も入り方も知らない。地下にあるからな」
「だったら無事かもしれませんね!」
「そういうわけだ。君も具合が戻ったようだし、午後には出かけよう。善は急げ、だ」
「はい!」
流衣はやる気に満ちた声で返事をした。
帰る為に必要な鍵が、少しずつ集まろうとしている。それへの希望と、わずかな不安が胸に満ちていた。




