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おまけ召喚 第四部 紅の女王の帰還  作者: 草野 瀬津璃
第十四幕 反撃ののろし
31/69

幕間13



 分厚い灰色の雲から、ふわふわと粉雪が舞い落ちてくる。

 雪を踏みしめる軽い音と、自分の呼吸音以外、何も聞こえない。

 木々や岩の青い影の中、アークは敵と対峙したまま、小さく舌打ちした。

 ――あと少しで、神達の思惑を潰せると思ったのに、良い駒に逃げられてしまった。転移魔法では後を追うのは厄介だ。各地にいる闇魔法使いギルドのギルド員達の協力を得なければ難しい。

 アークは一度目を閉じる。

 仲間を失ったあの日から、アークの腹は煮えくり返っている。張りつめて今にも暴れ出しそうな憎悪が渦を巻く。心とは厄介だ。何故勇者はこんなものを封印して残したのだろう。お陰でアークは魔王としての生を終えて尚、憎しみの枷に囚われ続けている。

 昔、まだアークが“アーク”という名では無かった頃、追われ逃亡する日々を送りながらも、ささやかな幸福の中にいた。アークには心を許せる者が三人いた。恋人、親友、部下。簡略な呼び名で呼ぶならば、この三つだ。中でもその一人、恋人は〈悪魔の瞳〉の信者だった。

 彼女の記憶が浮かぶ。

 柔らかな笑顔は、瞬く間に死ぬ間際の顔に変わった。

 ふいにアークは呆然とした。

 ――何故、自分はこんな所にいるのだろう。彼女に死後の世界での再会を誓ったはずなのに。

 彼らへの再会を願う思いと、彼らを死に追いやった者達への怒りが、激情となってアークの心を覆い尽くす。

 自分の魂が消える前に、あの愚かな王の作った国を壊す。その純粋な破壊の感情だけが、アークを突き動かしていた。

 心の揺らぎに立ち尽くした一瞬、左腕に激痛が走った。雪面に血の赤が飛ぶ。

「ぼうっとしてんじゃねえよ」

 カラス族の少年が悪態をついた。彼はアークに手傷を負わせ、素早く距離をとっていた。

 カッとアークの頭に血が上る。無詠唱で少年の足元に影の魔法を発動させる。影の形をした剣が、地面から五本飛び出す。少年はとっさの判断で逃げおおせたが、左足に切り傷が出来た。

「――貴様もな」

「んだと、てめえっ」

 皮肉をこめて笑ってやれば、少年は殺意をこめてアークを睨んだ。

 残念ながら、この程度の殺気などアークにはそよ風のようなものだ。気にもならない。

 更なる戦いを予想し、杖を構えたアークだが、魔王信仰の教祖にそれを破られた。

「サイモン、用事は済んだ。帰るよ」

「だが、教祖様」

「ユリアの為だ。分かっているね?」

「……分かった」

 少年は不満げな様子ながら、渋々と頷いた。

「それでは魔王の亡霊様、これで失礼します」

 教祖はサイモンの左腕に触れながら、アークに挨拶する。

 止めようとアークは魔法を発動させ――結局やめた。

 転移魔法だろう。二人の姿が青の山脈から消える。この場にいるのは、アークと水晶竜だけだった。

「――術師の血による呪いの軽減か」

 そういえば、アークのことを嗅ぎまわっていた魔王信者の女がいた。捕まえたものの、鬱陶しかったから適当に呪いをかけて放り出したが、それが今の奴らの仲間だったらしい。

 アークは別に情けをかけたわけではなかった。単純な話、魔法を使えなかったのだ。

 小さく咳をしたアークは、口元に当てた左手に血がついたのを見て、溜息を吐く。

 そろそろ本当にこの体は限界だ。

 異国じみた顔立ちの少年の姿を思い出す。

 あの魔力の高さや、子どもであることといい、次の寄坐としてあれ以上に適当な人材はいないだろう。

 このアークという男は、普通の人間にしては魔力保有量が多い方だが、それでもあの少年とは雲泥の差だ。

 まだ自分が生きていた頃は、あの子ども並みの魔力を持っていた。お陰でアークの体は使い勝手が悪いのだ。

 神の思惑を潰せて、使いやすい体を手に入れられる。アークの願望も叶う、うってつけの人間だ。

「また探し直すか」

 どこかで繋ぎを調達しようと考えながら、アークは水晶竜の背中へと乗った。人里を目指せと命令すると、ビクリと怯えた水晶竜は青の山脈を歩き出す。

 しんしんと積もりゆく雪の中、水晶竜の足音だけが聞こえていた。


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