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おまけ召喚 第四部 紅の女王の帰還  作者: 草野 瀬津璃
第十三幕 西の地は荒廃せり
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七十四章 洞窟遺跡 1



「うわああ! 本当に! 出た! カニ!!」

 流衣は悲鳴を上げながら、全力疾走していた。

 後ろから、赤い甲羅(こうら)をした結界蟹(けっかいがに)の群れが追いかけてくる。斜面になっている岩場を越え、木々の間を縫い、わらわらと湧きだし、列をなす。そんな蟹達の移動速度は速く、流衣は恐怖して走るのに必死だ。最初、随分あいていた距離が、もうすぐそこまで迫っている。このままでは追いつかれて、踏み潰されてしまう。

「そんなに言わなくても! 分かってる!!」

 流衣の左横に並んだリドが、腕と足を必死に振って走りながら、流衣に叫び返した。

 こんな風に叫ばないと、蟹が引き起こす地響きで聞こえないのだ。

 前方を走るセトが、前を向いたまま怒鳴るように号令する。

「退治するには数が多すぎる! リド以外の皆、結界で奴らを足止めするぞ!」

「先生、〈盾〉で壁を作るのか?」

 それを聞いて、流衣も右を走るアルモニカが、セトの背中に叫ぶ。彼女の顔は真っ青で、決死の表情が浮かんでいた。

「その程度ではすぐに壊される! 一匹ずつ、もしくは数匹を〈壁〉に封じ込めるのだ。檻と呼ぶのが正しい! 私は十匹閉じ込める。他は?」

「ワシは二匹がせいぜいじゃ!」

「わたくしは五匹です。すみません、結界は得意ではないのです!」

 アルモニカが答えると、続いてサーシャが謝った。

「わては二十匹いけますよ。坊ちゃんは?」

 最後尾を悠々と走りながらオルクスが答え、流衣に問いかける。

「二匹かな。走りながらの集中は無理!」

 流衣が即座に答えると、セトがすかさず振り返る。

「走らないなら何匹可能だ? ルイは結界は得意だろう。広範囲にかければいいだけだ」

「うーん、やろうと思えば三十匹くらいは……たぶん……」

 セトの言う通り、結界魔法は得意だ。流衣は半分自信がないまま、そう答えた。

「ではオルクス殿、ルイが走らないで済むように、補佐を頼みます」

「了解しました。坊ちゃん、失礼します」

「えっ? ええー!?」

 唐突に体が浮いて驚いた流衣は、後方を見る形で、オルクスの左腕に座るように抱えられてぎょっとした。

「どうぞ、坊ちゃん。魔法をばばんと使って下さい! 走らないので集中出来るでしょう?」

 どういう姿勢だこれは。流衣が唖然とオルクスを見下ろせば、オルクスは素晴らしい笑顔を返した。良い考えだと自負しているらしい。そんな誇らしげな顔を直視した流衣は、下ろしてと言ったらオルクスが落ち込みそうで、抗議できなくなった。

「う、うん。ありがとう……」

 仕方がないので、流衣はちょっぴり引きつった笑いを浮かべて礼を言い、オルクスの左肩に両肘を置き、杖を構えた。

 その間にも、結界蟹はぐんぐんと間を詰めてくる。

「行くぞ。三、二、一……〈壁〉!」

 セトのカウントを合図に、流衣達はそれぞれ結界魔法を使った。

 後方で――流衣から見れば前方で、五つの光が輝き、六十匹近い蟹達が結界の檻に飲まれて動きを止めた。

 だが、残る蟹達が、結界を大きく迂回して、こちらに迫ってくる。ざっと見ても三十はいるかもしれない。

「よし、残りは任せろ!」

 ザッと砂音を立てて立ち止まったリドが、振り返り様に右腕を振った。

 風が巻き起こり、結界蟹達が地面から空へと勢いよく舞う。そして風がやんで蟹達が落下すると、地面に当たった衝撃で、蟹の周囲を包む結界が壊れた。パリンとガラスの割れる音があちこちで響く中、同じく立ち止まったオルクスが一歩前へ出る。

「次はわてですよ!」

 リドに対抗心を燃やしたらしきオルクスはそう名乗りを上げ、右の指をパチンと鳴らす。

 その瞬間、結界蟹達の中心位置から、炎の渦が噴きだした。瞬く間に外へ向けて円状に広がった炎は結界蟹達をそっくり飲み込み、赤々と周囲を照らし出す。

 出現した時と同じように、唐突に火が消えてしまうと、そこには黒焦げになった蟹の躯が散らばっていた。火の熱で周囲の雪が溶けたようで、そこだけ綺麗に岩肌が顔を出している。

「香ばしくていいにおい……」

 蟹の焼けたにおいが周囲に漂い、流衣はごくりと唾を飲み込んだ。せんべいに似た食欲をそそる香りだ。魔物の身に毒が無かったら、是非調理するのだが。

 そのことを少しだけ残念に思いつつ、流衣はオルクスとリドを褒める。

「すごいや、二人とも!」

「ルイの言う通りじゃ。素晴らしい! いつも喧嘩しておるのに、息が合っておるな!」

 アルモニカも声を揃え、セトも同意する。

「意外と仲が良いんだな、二人とも」

 そんな褒め言葉に、リドとオルクスは嫌そうに顔をしかめた。

「やめろよ、こいつと仲良しとかキモい」

 リドが吐きそうな顔で言うと、オルクスは袖をめくって腕を突き出して主張する。

「それはこっちの台詞です! 見て下さいよ、この鳥肌!」

「はは、オウムだけにってか?」

「うわあ、上手いこと言ったつもりですか? 寒いです」

「うるせえよ!」

 結局、ちょっとした言い合いから本格的な睨みあいに発展した。流衣は苦笑し、オルクスの肩を軽く叩く。

「喧嘩しないで。それよりも下ろして欲しいなあ」

「おや、これは失礼しました。坊ちゃん、軽いので……」

「軽い……。軽い……そう……」

「ももも申し訳ありません! つい本音がっ、あわわ」

 地面へ下ろしてもらえたものの、軽いというコンプレックスを刺激される言葉に、流衣はずぅんと落ち込んだ。

「まあまあ、落ち着いて下さいませ。ついでに残りも仕留めて頂きたいですわ、お二方」

 サーシャがしれっと要望を口にし、結界に閉じ込められている生き残りの結界蟹を見やる。

「いや、力を浪費する真似をすることはない。今のうちに出来るだけ離れて、そこで結界を解除しよう」

 セトが決断を口にし、油断なく道の先を伺う。この辺りは木々の緑が深く、遠くの光景までははっきりと分からない。

「了解。じゃ、様子見しながら進むってことで。頼むなお前達!」

 リドが空に向かって話しかけると、返事をするようにヒュウと風音がして、木々の草葉を揺らしていった。風の精霊に頼んだようだ。

「よし、では行くぞ」

「はい!」

 セトが歩き出すのに、流衣は返事して、その背を追った。


     *


 青の山脈に入って十日目。

 流衣達はとうとう目的地に辿り着いた。

「や、やっと着いたんだね……」

 洞窟の入り口を前にして、流衣は安堵のあまり膝から座りこんだ。オルクスは別格として、セトやサーシャは元気そうだが、リドやアルモニカも疲弊している。山を登ったり下りたり、魔物と戦闘したり逃げたりと忙しい十日間だった。

(二ヶ月くらい経った気分だよ)

 流衣は大きく息を吐く。

「安心するのはまだ早いぞ。例の遺跡はこの洞窟の奥だ。それに君の世界に帰れる保証もない」

 セトはそう言ったが、流衣やアルモニカの肩を軽く叩いた。

「だが、ここまでよく頑張った。洞窟内には魔物は出ないから、滑って怪我しないようにだけ注意してついてきなさい」

「はい」

「ええ。ですが、先生。魔物が出ないとは?」

 アルモニカの問いに、セトは首を横に振る。

「私も理由は知らないが、以前来た時もこの洞窟には魔物が出なかった。そもそも魔物が近寄ろうともしないようだ」

 セトはそう答えると、点火の術を使い、杖の先に小さな炎を浮かべた。迷いなく洞窟内へ踏み出すセトの姿に、残った面々は顔を見合わせたが、すぐに後に続く。

 鍾乳洞(しょうにゅうどう)のような洞窟内を歩き続けること十分程。

 暗い通路の向こうに、青白く光る部屋があるのに気付いた。

 その開けた空間へと入った流衣は、あっと声を上げて驚いた。

「ええ!? 女神様!?」

 青い光を放つ魔法陣の上に浮かんだ美女が、流衣をちらりと見やる。不機嫌そうに眉を寄せたツィールカは眉を吊り上げた。

「遅い! このたわけ!」

 怒りのこもった声が洞窟内に響いた。


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