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おまけ召喚 第四部 紅の女王の帰還  作者: 草野 瀬津璃
第十三幕 西の地は荒廃せり
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七十三章 青の山脈 3



「光よ、()しき魔を遠ざけよ。ライト・クラウン!」

 流衣が魔物避けの魔法の呪文を唱えると、野営地を囲むよう、地面にチョークで引いた魔法陣と四方に据えた魔昌石(ましょうせき)が、パッと光り輝いた。

 その光で魔法の成功を知った流衣は、緊張を解いて破顔した。セトが野営地の真ん中に設けた焚火を棒切れの先で突く手を止め、感心気味に拍手する。

「良い出来だ。相変わらず、身を守る類の魔法は得意だな、ルイは」

「どういたしまして」

 流衣が照れ混じりに返すと、アルモニカが怪訝な顔をした。

「いや、褒めておるのか?」

「もちろん褒めている。それと同時に、『性格と魔法の相性の関係性について』という研究をするのも面白そうだと考えていた」

 セトはそう話しながら、考え事にふけりどこか上の空だ。流衣はセトに質問する。

「なんなんですか? 性格と魔法の相性って」

「例えば、流衣は自分を守ろうとする意識が強い。そういう性格の者は、不思議と結界魔法を得意とする。他に例を挙げるなら、攻撃的な人物は、火属性の魔法が上手い場合が多い」

「ああ……」

「なるほど……」

「なんじゃお主ら、その目は! ワシに何か言いたいことでもあるのか!」

 流衣とリドが生温かい視線をアルモニカに向けると、良からぬ視線に気付いたアルモニカが即座に返した。

 二人はさっとアルモニカから目を逸らす。そして、流衣は焚火の傍に座り、話を誤魔化すようにセトに話しかける。

「得意魔法で見る性格診断なんてあったら面白そうですね」

「坊ちゃんのおっしゃる性格診断や占いなら、古来からありますよ。魔法あるあるですね。根拠はありませんが、不思議と当たるようです」

 流衣が口にした内容に、オルクスが、流衣の左隣から言った。さっきオルクス自身が集めてきた枯れ枝を放り込み、火を大きくして満足げに頷いている。

「そんなに昔からあるのですか? オルクス様」

「ええ、そうですよ」

 興味津々の眼差しを向けるサーシャに、オルクスは大きく肯定した。

「それは面白い。ちまたの情報を集めて、検証するのもいいな。私が楽しい」

 セトが俄然乗り気になり始めた時だった。遠くから怒声のようなものが聞こえたのは。

 この辺までは冒険者達はいないだろうと気が緩んでいた時だったので、全員、ハッとした顔になり、崩していた姿勢を正した。おのおのが武器を手に取る。

 すでに日は山の向こうに沈み、周りを取り囲む木々は闇の中に溶け込んでいる。そんな中、ひらけたこの場所は、焚火の明かりのために灯台のようになっている。きっと遠くで騒いでいる人間達も気付いただろう。

 リドが急いでランプに火種を移し、焚火に砂をかけて火を消す。

「結界、張りますか?」

 流衣の問いに、セトは右手を挙げて制する。

「様子を見よう」

 そう返し、闇の向こうをじっとにらみつけるセト。ずしんずしんと鈍く地が揺れる音と、怒鳴り声のようなものが徐々に近づいてくる。

 いったいどちらから音は近付いてきているのか。流衣が歩いてきた方向からだというのは分かるが、例えばすぐ前なのか、右前なのか、そういうささやかな違いが分からない。

 ざわりと風が枝を揺らし、リドがバッと顔を上げて右手を振る。

「風の精霊が、向こうから水晶竜(クリスタル・ドラゴン)が来ると言ってる! 皆、荷物を持ってあっちに離れろ!」

 リドの声を合図に、それぞれ荷物を抱えて野営地を離れる。そして、岩場から外れた森の入り口で立ち止まる。

 身構えた流衣が見たのは、落雷のような音とともに、木々が倒れる光景だった。地響きが流衣達のいる所まで届いた。

「うわわわ、来た!」

 流衣は青ざめた顔で、水晶竜を指差した。

 水色がかった白銀色の竜の周囲には、光の玉が浮かび、執拗に水晶竜を照らし出している。水晶竜は、グギャアと低くうなりながら、背中に突き刺さった矢を払うように頭を振る。

 水晶竜の背後の地面が爆発し、水晶竜は前へとよろめく。そこへ、木々の中から男が飛び出してきて、手に持った巨大な剣で、水晶竜の背中、ちょうど首の付け根を深々と突き刺した。水晶竜の断末魔が響き、しばらく暴れた後、体力が尽きたように大人しくなった。

「すごいなあ、あの人達。あっという間に退治しちゃったよ」

 水晶竜が殺された場面では顔をしかめた流衣だが、最終的には冒険者達の手際を褒めた。流衣では足止めは出来ても、退治は出来ない。

「ありゃ昨日の昼間に声かけてきた冒険者っぽいな」

 目の上に手をかざして観察していたリドが、ぽつりと呟く。

 流衣達はなんとなく目を合わせた。

「面倒くさそうじゃの……」

「見つかる前に行くか」

 アルモニカとセトがそう言い、流衣達が同意して山の奥へと歩き出そうとした時、後ろから大声が響いた。

「お前達! そこで何してる!」

「やべえ、見つかった」

 リドが面倒くさそうに呟く。

 冒険者の男は、魔法使いの女とともにこちらにずかずかと歩いてきた。

「この辺は俺達の狩場だと決めたはずだ。ん? 子ども連れか? 山道西入口も封鎖されてるはずじゃなかったか?」

「そのはずだけどね。……ん?」

 二人は流衣達の前まで来ると、怪訝な面持ちになった。男は流衣達を全員眺めると、やおら声を上げる。

「どこかで見たことあると思ったら、昨日の旅行者じゃねえか。こんな所で何してる? いや、そもそもどうやってあの門を抜けた?」

「申し訳ないが」

 セトがずいっと一歩前に出た。

「私達は急いでいる。青の山脈が危険なことも承知で、こうしてここにいるのだ。あなた方の獲物を横取りする気はないので、放っておいてくれないか?」

「青の山脈内にいる一般人を避難させるのも俺達の仕事だ」

 セトと男はにらみあう。そんな二人に、アルモニカが平然と口を挟む。

「ワシらは転移魔法を使い、距離を短縮しながら旅をしている。危険な目に遭えば、転移するから心配無い」

「こちらの方は、転移魔法開発者のセト様ですわ。杖連盟の方ならご存知でしょう?」

 サーシャがアルモニカの言葉に横から援護射撃を加えた。

 杖連盟の事情に明るくないのか、男が眉を寄せる。

「セト? 何だって?」

「セト・クレメント・オルドリッジ様よ! ギルマスにも信を置かれてる幹部の一人よ。きっとこれは大事なお役目なんだと思う。邪魔しては駄目よ!」

 一方、魔法使いの女はサッと顔色を変えると男に詰め寄った。男はのけぞり、渋々頷く。

「エミリカがそう言うんなら、そうなんだろうな。ちっ、仕方ねえな。見逃してやっから、獲物の横取りはするんじゃねえぞ?」

「ああ、もちろんだ」

 事を荒げずに済み、セトは強張っていた顔に微かに笑みを浮かべる。そこへ、エミリカが前へ出た。

「セト様、今日の夕方に回ってきた情報をお伝えしておきますわ。なんでもこの水晶竜の大量発生の件、裏でネルソフが関わっているようなんです」

「ネルソフが……?」

「はい。あいつらが魔物を操るのはよくご存知でしょう? 山の中で、水晶竜を呼び出すところを見た者がいたそうなんです。そいつは影へと消えたそうです。影飼いで竜を召喚できるとなると、闇魔法使いとしては上位でしょう。くれぐれもお気を付け下さいませ」

「ああ、ありがとう」

 左胸に右手の平を当て、静々とお辞儀するエミリカ。尊敬の念を形にする様に、セトは少し困ったような顔をしたが、礼を返した。

「それから……」

 エミリカは肩掛け鞄の中を漁り、一冊の本を取り出す。

「私、セト様のファンなんです! サイン下さい!」

「……は?」

 びしっと本を突き出して頭を下げるエミリカを、セトは唖然と見下ろした。



「あははは、セトさん、ファンだなんてやるなあ!」

「うるさいぞ、リド。大人をからかうんじゃない」

 冒険者達が立ち去ると、同じ場所に野営地を作り直した。火がこうこうと燃える中、笑い転げるリドと、気まずげに焚火を棒切れで掻き回すセトの姿があった。

「それよりも、彼らの話の方が重要だ。竜を召喚しているのがネルソフの誰かなら、魔法学校を襲ったあの男である可能性が高い」

 眼鏡のブリッジを、くいと指先で押し上げ、セトが流衣を見た。流衣はこくりと頷く。

「そうですね……。その可能性が高いと思います。出来ればそうであって欲しくないですけど」

 流衣の声は自然と沈んだものになった。

 魔法学校の教練用の森に逃がされていたのも水晶竜だった。同じ人物が仕組んだと考えるのは妥当だろう。もし違うのだとしても、ハイレベルな魔法使いである事実は変わらないから、警戒する必要はある。

「彼の狙いは神の園です。セト殿の研究から、情報を読み取ったのだとすれば、この辺りに出没するのはそうおかしいことではないでしょう」

 青年の姿をとったままのオルクスが、真剣な顔でそう言った。

「壊される前に、僕らが辿り着かないと……!」

 流衣は考えつめて悲壮な顔をしてしまう。帰る為の大事な手がかりがそこにあるというのに、魔王の亡霊が復讐の意味を込めて神の園を破壊しようとしているのだ。青ざめない方がどうかしている。

「ルイ、んな悩んだって仕方ねえだろ。もっと気楽に構えろよ」

「お黙りなさい、リド。坊ちゃんはあなたみたいに神経が太くないのです。繊細なのです」

 リドが気楽に声をかけると、オルクスが威圧をこめてリドを見た。

「ああもう、うるさい! 甘やかしてばっかいるんじゃねえよ、クソオウム!」

「わてが甘やかさなくてどなたが甘やかすんですか? 年長者をなめんじゃないですよ!」

「開き直りやがった、面倒くせえ」

 オルクスが堂々と答えると、リドは顔を引きつらせた。

「兄貴も充分甘いと思うがのう」

「同意ですわ、お嬢様」

 傍でアルモニカやサーシャも何か言い合っている。

「あの、とりあえず喧嘩しないでね、二人とも」

 オルクスとリドが言い合うのは普段のことなので、流衣はやんわりと声をかけた。しかしスイッチが入ったらしき二人は、険悪な空気でにらみあっている。

(怖っ)

 オルクスが青年姿なので、オウムの時よりも迫力がある。

 流衣ははらはらと見比べたが、手は出ていないので大丈夫そうだ。

「オルクス殿、リドの言い分ももっともだ。ルイ、君は少し気楽に構えたまえ。もし彼が遺跡の場所を正確に知っているのなら、水晶竜を放って騒ぎを起こすような面倒な真似はしないだろう」

 セトが冷静に言い、オルクスとリドのにらみあいがぴたりとやむ。

「あんたもそう思うだろ? 少しは考えろよ、クソオウム」

「うるさいですよ、赤猿! 今、分かりました。つまり彼らはわて達を足止めして、遺跡の場所を探す為の時間稼ぎをしているということですね?」

「ああ、推測だが」

 セトは大きく頷いた。

「私は、あの遺跡が荒らされるのを防ぐ為、論文にも正確な場所は記していない。おおよその方角しか書いていないのだ。彼らも手こずっているのだろう」

「なるほど」

 流衣は希望のきざしが見えたことで、表情を明るくした。

「彼らより先に辿り着き、帰還出来るか確認するしかない。あいまいとはいえ、場所を知る私がいるのだ、こちらの方が有利だろう」

 断言するセトはたのもしいことこの上ない。流衣達は尊敬の眼差しをセトへと向けた。

「だから、君達はこの山脈で生き延びることだけを考えなさい。いいね?」

 セトの問いかけに、流衣達は揃って返事をした。

 もしセトの推測が当たっているのなら、そのうち対面することは避けられないのかもしれない、そんな想像が流衣の頭をよぎった。会った時は、その時は――。

(たぶん、逃げるか隠れる、けど)

 相変わらず弱腰なことを考えた流衣は、逃走用の魔法に考えを移すのだった。


 七十三章、完結です。

 

 なんか人型のオルクスが暴走してるだけな回だった気もしなくもありませんが、楽しかったです。 

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