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おまけ召喚 第四部 紅の女王の帰還  作者: 草野 瀬津璃
第十三幕 西の地は荒廃せり
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七十二章 日没の領地 1



「君達と会ってから、驚かされることばかりだ」

 リドの事情を聞いたセトは、数分程硬直した後、心底うんざりというように溜息を吐いた。

「異界の人間に、第三の魔物、風の神殿の姫、死んだはずのその兄……。はは、豪華だな」

「セトさん、帰ってきて下さいっ」

 ふふっと遠くを見るセトの腕を流衣は必死に揺さぶる。放置したらまずい気がした。

「大丈夫です、僕は普通なんで!」

 流衣が主張すると、セトは流衣を見て、首を振る。

「いいかね、ルイ。この中では君が一番、普通ではないぞ?」

「ええっ、僕がですか!?」

 流衣は目を見開き、自身を示してのけぞった。

「世界を(こと)にする人間が一番珍しいに決まっているだろう。しかし、ふむ……。リディクス殿が生きていたことは大変喜ばしいことですな。無爵領に生まれ育った私にはとても嬉しいですよ。あなたの葬式があってからの一年は、領内が暗く沈んでいましたからな」

「そう言ってくれるのは嬉しいけどな、セトさん。俺はまだ平民の一木こりなんで、そういう言葉遣いはやめてくれ。つーか、葬式か……。分かっちゃいるけど、変な気分だな。へこんだ方が良いのか?」

 リドは顎に手を当ててうなる。

「へこむ必要はなかろう。兄貴は生きているのだからな」

 アルモニカはあっさりと話を切り上げた。あまり口にしたい話題ではないようで、眉間に皺が寄っている。

「言うておくが、お父様やお母様に、葬式の時の話をするでないぞ? 思い出して際限なく悩まれるだろうからな」

「聞くわけねえだろーが。聞くにしても、クリスさんにしとく」

「え、何で?」

 流衣がリドに問うと、リドはしれっと返す。

「嫌がらせ」

「……」

 そ、そうか。

 いい笑顔を浮かべるリドから流衣はそっと目を反らす。アルモニカもそうだが、どうもクリスが流衣を追い出してから、クリスを若干目の敵にしている気がする。これは流衣が自意識過剰なんだろうか。

「次期神殿長が木こり……。というか、私は知らずに校長に仕事を割り当てさせていたのか? しかも用務員? ああ、頭が痛い」

 頭を抱えてうめくセト。完全に心は他の所に向かっている。それを見て、アルモニカはゆるやかに首を振る。

「駄目じゃな、これは。しばらくそっとしておいて差し上げよう」

 そう言うと、アルモニカは流衣とリドを見る。

「それで? 今日はどうするのじゃ?」

「今日は買い出しだ。あまり期待はしてなかったんだが、この街の様子じゃ、食べ物を買えそうだからな。調味料の類と、買えそうなら干し肉を揃えたいところだ。特に塩をな」

 リドはそう答え、「それに」と付け足す。

「昨日はあの行商人の女の面倒を見ていて、ゆっくり休めなかっただろ? 明日、出立するつもりで、今日は休息に当てた方がいいだろうな。西に行くにつれ、どんどん過酷になるだろうから」

「そうですわね。この様子ですと、巡礼路沿いの町はさほど荒れてはいないでしょうけれど、道中で巡礼者を狙う盗賊が増えてもおかしくはありません」

 同意したサーシャが、そっと目を伏せ、悲しげに付け足した。

(そっか……。巡礼者でにぎわっているってことは、その巡礼者が狙われやすいってことなのか……)

 流衣はその話を聞き、自分なりに推測する。

 巡礼者は、旅をする為にお金を蓄えているだろう。それはきっと巡礼の為に必死に貯めたお金だろうが、貧しく追い詰められた人々には、そんな風にお金を持っているだけで“良いカモ”なのかもしれない。

「とりあえず、買い出しは俺とサーシャさんか、もしくは俺とセトさんが良いだろうな。ルイとアルモニカは出来るだけ町中に連れていきたくねえ」

「何故じゃ! こやつは財布をすられておったから分かるが、ワシだって町を見たいぞ!」

 アルモニカがむくれ顔でリドに抗議すると、リドは宥めるようにアルモニカの頭をポンポンと軽く叩く。

「それはお前が育ちの良いお嬢様だからだ。お前は普通のつもりでも、俺から見りゃあ、良い育ち方をしてるのがよく分かる。ルイはまあ、それもあるけど、頼りねえから不安なんでここで待機な。――いいか、アルモニカ。留守番だって馬鹿に出来ない仕事なんだぞ」

「む? どういうことじゃ?」

 目線を合わせて若干かがむリドを、アルモニカは膨れ面のまま睨む。流衣もまた、興味をひかれて二人を見る。

「こういう柄の悪い土地の宿ってのはな、荷物を置きっぱなしで出かけると、その荷物が盗まれることがある。犯人は従業員の場合もあるし、別の部屋の客の場合もある」

「そんなことがあるのか?」

「そうなの?」

 アルモニカと一緒になり、流衣も目を瞬いた。こうして旅をしてきて、貴重品を置いておくのは不用心だから持ち歩くようにリドから言われていたが、その他の荷物については置いていても問題無かった。

「物資が不足してるってぇのは、そういうことだ。買い出しに行くのに、重い荷物を持って歩き回りたくねえからな。お前達には、荷物番という重要な任務を任せたいってわけ。どうだ、立派な仕事だろ?」

「そ、そうか。そんなに立派な仕事なら、引き受けないわけにはいかぬな」

「僕、頑張るよ。頑張って、荷物を見張ってる!」

 アルモニカは仕方ないなあという格好でいながら満更でもなさそうに、流衣ははりきって拳を握る。その肩では、オルクスが微笑ましげに主人に笑みを向けている。

 言葉巧みに言いくるめるリドと、言いくるめられた二人を、残りの大人二人は温かい目で見守る。

「まったく情けない。あそこまで簡単に言いくるめられるとは……。二人とも、良い意味で純粋だからな。……世間知らずとも言うが」

「でも助かりましたわ。お嬢様を説得するのって大変なのですよね。なまじ頭が良いので、私ですと逆に言いくるめられてしまうことが多いんです」

 サーシャはほっと胸を撫で下ろす。

 確かにアルモニカは、討論で相手を言い負かすのが非常に上手かったと思い出したセトは苦笑した。そして、リドに声をかける。

「リド、買い出しには私が一人で行ってくるから、君もこちらに残りなさい。調味料やちょっとした日持ちする食料程度なら、私一人で充分だ。私にはどうも、この二人をそれぞれ一人にしておく方が危険に思える」

 リドはきょとんとセトを見て、それから流衣とアルモニカをそれぞれ見比べ、確かにというように頷いた。

「ひどいです、セトさん! 幾ら僕でも、荷物を見てることくらい出来ますっ」

 流衣がそう言い張ると、セトは笑い声を上げた。

「はは、そうではない。荷物番なら君でも問題無く出来ると分かっているが、念には念を入れているだけだ。外よりマシだが、宿にいるからといって必ずしも安全というわけではないからな」

 他にどんな危険があるのか流衣には思いつかなかったが、どうやら自分達のことを考えてセトがそう言っているということは分かったので、首肯を返す。

「よく分かりませんけど、分かりました。気を付けて下さいね、セトさん」

「ああ」

 セトのその返事を合図に、流衣達は隣の部屋に戻ることになった。


     *


 セトが買い出しに出かけてしまうと、流衣はリドに質問をぶつけた。

「ねえ、リド。他の危険って何があるの?」

 部屋には幸い、流衣とオルクスとリドしかいないので、こんな内容でもアルモニカを不安にさせることもない。

「ん~? そうだな。滅多とないけどな、強盗が出ることもあるし……。他には、火事だと騒いで部屋の人間が逃げ出した後に泥棒に入るとか、そういうのかな」

 どっかりと自分のベッドに腰掛けたリドは、どこか落ち込んだような、やさぐれたような曖昧な目で、遠くを見る仕草をする。

「……リド?」

 流衣は戸惑い気味に声をかける。

「あ、わりい。――俺、あんまりこの領地は好きじゃなくてさ」

 リドは謝ったものの、気鬱した様子で短く息を吐いた。普段、リドはさばさばしているので、あまりこういった憂鬱そうな態度はとらない。流衣は少し心配になった。

「大丈夫……?」

「ああ。ただ、良い思い出がないだけ」

 リドがそう短く答えると、部屋はしんと静まり返った。その静寂のせいで流衣は居心地が悪く思って、意味もなく様子を伺うように部屋を見回す。だが、結局、他に座る所がないのもあって、窓際の自分のベッドに腰掛ける。ちらりとリドを見ると、リドは床をじっと睨んだまま、落ち込んだ声音で話しだす。

「ルイ、俺さ、前に盗賊団にいたっつったろ? 前に西から逃げてきたって言ったの、覚えてる?」

「うん、勿論覚えてるよ」

 随分前のことだが、流衣は覚えていた。リドが幼い頃、カザエ村を襲った盗賊団レッディエータにいて、十三歳の時にそこから逃げ出したという話をしていたのを。

「ここから東に行ったとこに森があるんだけど、そこが盗賊団の根城だったんだ。俺はこの街には来たことはねえけど、他の町には連れてかれてさ。盗品を運ぶ手伝いや、盗む為の手伝いやらをしてたんだよ。さっき言ったみてえなこと」

 どうやらリドは昔のことを思い出して、気分が沈んでいるらしい。

 流衣は言葉を選びながら、リドを励まそうと口を開く。

「ねえ、僕はリドが昔、どんな大変な目にあったのか、話から推測するしか出来ないけど……。今のリドは、とても良い人だよ」

「……?」

 どこか拍子抜けしたように、リドは流衣を見た。

「リドってさ、僕みたいなのにも親切だから、何でこんなに良い人なんだろうって思ってたんだけど、行商人さんの言葉で分かった気がするよ」

「何が……?」

 否定したいというように口をパクつかせたリドは、結局、話を最後まで聞くことを選んだようで、短く問う。

「リドは色々と苦労してるから、誰かに優しく出来るんだろうなって」

「そりゃ、お前の勘違いだ。俺は良い奴じゃねえよ。大事だと思う人間以外、俺にとっちゃただの他人だ」

「……うん。でも、行商人さんに考え直すように言ってたのもリドだよ。だから昔のことがどうであれ、僕には、リドは良い人に見えるんだ」

 流衣はゆっくりと言い、静かに微笑む。

「リドがそうやって落ち込むのは、昔、それをするのが嫌だったからだろ? でも、君は小さくて、強い大人の言う事をきくことでしか身を護れなかったんだ。仕方ないことだと思う。だからさ、そんな風に、自分を悪く言わなくていいんだよ。……それに、僕は今の君と友達になったんだから、昔のことを聞いたって嫌いになったりはしないし……」

 どんな風に言えば、リドの気分が浮上するだろうか。流衣は思ったことを、必死に口にする。そうした精一杯の言葉は、リドにも伝わったようだった。

「……ルイ、お前、ときどきすごいこと言うよな」

 リドは感心をたっぷりと含んだ表情で流衣をしみじみと眺めながら、目を細める。

「きっと、お前には一生敵わないんだろうな……。悩んでることが馬鹿らしく思える」

「ううん? それって悪い意味?」

「良い意味」

「……そっか。ちょっとは元気出た?」

 恐る恐る問う流衣に、リドは頷く。

「ああ。ちょっとどころかだいぶん。――ありがとな」

 リドが吹っ切れた様子でからりと笑えば、流衣も嬉しくなる。

「いいんだよ。僕もリドにはよく励ましてもらってるから。こっちこそ、ありがとう」

 本当に、良い友達が出来たと流衣は幸運に感謝する。

「そこで礼を言われると、俺が困るんだけどな……」

 リドは微妙な顔をして、ぼそりと呟いた。


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