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おまけ召喚 第四部 紅の女王の帰還  作者: 草野 瀬津璃
第十三幕 西の地は荒廃せり
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七十一章 傍らの光 4



「おのれ、このクソガキ! 昨日はよくも!」

「うるせえぞ。他の客に迷惑だから、黙って座れよ」

「誰のせいで怒っていると思っとるんだぁぁっ!!」

 朝の食堂に、ユリアの怒号が響き渡った。

 ひっと身をすくませる流衣。その向かいでは、リドが飄々(ひょうひょう)とした態度でパンを食べている。ユリアの怒りにも他人事の様子だ。

(すごいな、リド。僕だったらもう謝ってるよ……)

 怒りの気配に当てられ、ビクビクと身を縮めながら、流衣は眼前の二人を見守る。だが、リドはしれっとした顔で、燃え盛る火に油をぶちまけた。

「そこまで怒鳴れるくらい元気になったんなら、もう引き留めねえよ。好きに出て行けば?」

「…………っ」

 ユリアは怒りが強すぎて、言葉が出て来ないようだった。

 リドの襟首(えりくび)を掴んだ姿勢で、パクパクと口を動かすのだが、当の声が出て来ない。

 あまりの怒りの伝わらなさ加減が、流衣にはいっそ気の毒にすら見えた。

 後ろの席にいるアルモニカ達にどうしたらいいか助言を求めたいところだが、動くのが怖いので、縮こまって様子見する。

 そうして数秒後、ユリアはようやくリドの襟から手を放した。流衣はほっと息を吐く。――だが。

「貴様に問うことがある。とりあえず、ここは人目があるし、私は食事をしたい。一時休戦だ。逃げるんじゃないぞ」

「休戦ねえ。(いくさ)してるつもりなのは、あんただけだろ」

「リド、しーっ!」

 皮肉を返すリドに、流衣の臆病心は限界突破し、リドがそれ以上、波風を立てないように口を出した。

 だが、一歩遅く、ユリアの苛烈(かれつ)な空気が強まる。

「とにかく! 話がある。後で顔を貸せ」

 ユリアはどすのきいた声でリドに一方的に言葉を叩きつけると、流衣の左隣の椅子に乱暴に腰掛けた。ぎょっとした流衣は、僅かに右にずれる。

(いや、まあ、ここの四人掛けの席、あとはリドの隣しかあいてないけどさあ)

 リドの隣が嫌なのは分かるが、何故、流衣の隣に。怖い。

「店員、この子どもと同じものを一つ」

「は、はいっ。畏まりました!」

 ユリアは店員に八つ当たりするような態度は取らず、むしろ優しい調子で頼んだので、流衣は唖然とする。

 女性店員もその差異に驚いたようで、少し動揺した様子ながら、ぱたぱたと厨房に走っていってしまった。

「……何だ?」

 だが、こちらを見た時には、冷たい空気に戻っていた。

「い、いいえっ!」

 何かの錯覚だったんだろうか。

 流衣は首を傾げながらも、何となくユリアが悪い人に思えなくて混乱し、食事の制覇に再び取り掛かる。

 前に一度、ユリアには命を狙われたのだ。あまり気を許してはいけないと、気合を入れた。


     *


「さあ、教えてもらおうか!」

 食事を終え、宿の部屋に戻るなり、ユリアはテーブルにバンと右手を叩きつけるようにして置いた。

「お前達、魔王様の欠片について、何を知っている?」

「別に教えるのは構わないんだけどさ」

 どこか面倒臭そうな様子のリドだが、相変わらずの飄々(ひょうひょう)とした態度でユリアを見た。

「あんた、それ知ってどうするんだ?」

「……何?」

 怪訝そうに眉を寄せるユリア。情報を元に行動を起こす。そんな想定をするのは簡単なはずだ。

「えっ」

 流衣もまた、きょとんとしてリドを見た。

「どうするって、乗り込むに決まっているだろう」

 馬鹿にされたと思ったのか、ユリアは勢い込んで言った。しかし、リドは畳み掛けるように続ける。

「次は殺されるかもしれないし、更に呪いを貰うかもしれない。ギルマスに辿り着く前に野垂れ死ぬのがオチじゃねえの? 現にあんたは“緩やかな死の呪い”をかけられているだろう?」

「…………」

「何故、そんなに身を張ろうとするのか、俺には理解出来ないね」

 狭い三人部屋に、沈黙が落ちた。

 喉元に指先を当てたユリアは、その手を握り締める。そして、リドを正面から見据えた。フードのせいで見えないが、鋭く睨まれているだろうことはリドには容易に想像が付いた。

「理解など、必要ない」

 感情が無い平坦な声が、ユリアの声で紡がれた。それが、流衣には、静まり返っている部屋に、どこか物悲しく響いて聞こえた気がした。

「私は情報を求めている。理解を求めているのではない。私が死のうが、呪いを受けようが、貴様らには関係の無いことだ。不必要な問答はいらない。貴様らの知る事を私に明かせ」

 ユリアの口調は堅苦しく、その為に尚更感情が見えない。その決意の固さは、流衣達には強く伝わってきた。

 やがて、リドは部屋に設けられたテーブルの前に行き、椅子に手をかける。そして、向かい側の席を手で示した。

「そこ、座れよ。――ルイ、教えていいな?」

 リドが念を押す。流衣は頷いたが、どうして自分に確認をとるのか理解出来ず、怪訝に思う。

「何故、その子どもに確認を取る? お前達の纏め役は、お前かそちらの男だろう?」

 ユリアも疑問に思ったようで、席につきながら、ちらりとセトを一瞥した。

「俺はルイの旅を見届ける為についてきている。一緒に旅してるんだから、手助けするのは当然だろ? この人は年長者だからそりゃ頼るさ。俺らは見ての通り、若輩者なんでね」

 (けむ)に巻くような物言いだ。

 流衣ははらはらとしながらも、ちょうど二人の横顔が見える位置のベッドに腰掛けた。アルモニカは余っている椅子に座り、セトとサーシャは立ったまま静観している。

 そして、流衣達が緊張した面持ちで見つめる中、リドはネルソフのギルドマスターについて語り始めた。



「ネルソフの長が、前代の魔王様……だと?」

 さしものユリアも驚愕したようだ。驚きに開けた口を隠すように、左手で覆う。

「ですガ、あくまで『心』です。銀の短剣に封じていた『心』が、寄坐(よりまし)としてあの憐れな青年を乗っ取ったのですヨ」

 流衣の肩からオルクスが声を発し、ユリアの肩が目に見えて震える。

「……そうか、そうだったな。そのオウム、サイモンを負かしたのだったか」

「え゛、もしかして、〈悪魔の瞳〉の人は皆それ知ってるんですか?」

 流衣が引きつった顔で問うのに、ユリアは少し沈黙した後、大した情報ではないと思ったのか教えてくれた。

「……教祖様が通達を出している。それに、サイモンを負かす程の者はいなかったから、皆、注目している。奴は嫌われ者だから、皆面白がっているのさ」

「うわあ」

 どこでも嫌われ者なのか、サイモン君。

 あの恐ろしい少年を思い出して、流衣は遠い目をした。

「あ奴、お主らの所でも嫌われているのか?」

 アルモニカが興味混じりに質問すると、ユリアはためらいなく頷いた。

「あいつは教祖様以外の他人を信用することがない。部下をつけても、使えない者は邪魔だと言って教祖様の元につき返す。サイモンの顔色を伺うのに疲れた者達はそれをむしろ喜ぶ有様だ。一人だけ、あいつについていっている者がいるが、気が知れんな」

「行商人さんも嫌いなんですか……?」

 流衣が思わず訊いてしまうと、ユリアは頷いた。

「あちらも私を嫌っている。お互い様だ」

「そ、そうですか……」

 相変わらず、サイモンの周囲はシビアだ。

 ふと、ユリアは納得したように呟く。

「そうか、お前。あのクソガキと仲が良いのだったか」

「ななな仲が良い!? やめて下さい、ナイフが飛んできます!」

「……勘違いか。すまない」

 なんとなく、ユリアの声に申し訳なさそうな響きがあった。敵なのに同情される程、サイモンの悪評は酷いらしい。

「――しかし、『心』か。前代の魔王様は、もしや人だったのか? それとも竜? 心を持ち得るのは人か竜しかいないだろう」

「人です。人間の男でした。魔王となるのは鳥や木、魔物であることが多い。長い歴史の中でも、人が魔王になったのは彼が初めてでした。運が悪い。しかしただそこにいるだけで害悪となる存在。最終的にはこの国の王が差し向けた兵士達に討ち取られたのです」

 オルクスは、しんみりとした声音で、昔を思い出すように話した。

「人が、魔王に……」

「そんなことがあったのか」

「知らなかった」

 衝撃を隠せない流衣とリド、そしてセト。アルモニカとサーシャは知っていたようで、苦々しい顔をしている。

「人が魔王に選ばれることがありえるという事実。人の身には重すぎたのでしょう。恐怖に取りつかれる者も出るだろうという配慮の元、一部にしか知らされていないようです」

 オルクスは女神付きの使い魔だから知っているということらしい。

「今回の勇者様は大変ですよ。魔王一体を封じるだけでも辛いのに、魔王の亡霊まで相手にしなくてはならないのですカラ」

「……封印など、させない。混迷のある世の方が、平和であることもある。私はあの方の考えを尊敬している」

 ユリアは静かに席を立つ。

「少々話過ぎた。そろそろ失礼する」

 そして、扉に向かうユリアに、オルクスが話しかける。

「こちらのご婦人方が神官なのはご存知なのでしょう? あの教祖があなたに伝えていないとは思えない。呪いを解くように頼まないのですカ?」

「ああ、私は借りを作る主義はない。だが、この件の情報については、借しにしておいてやる」

 一度足を止め、そう返すユリア。リドもまた、我慢出来ない様子で言う。

「待てよ。あんた、そんなに教祖って奴のこと尊敬してるんなら、ちょっとくらい想像つかねえのかよ。あんたに何かあって、そいつも悲しむんじゃねえの? 傍にいて手助けしてやろうとか思わないわけ?」

 無言でリドを見たユリアは、露わになっている口元に、微かな笑みを浮かべた。

「お前は、きっと今までに辛いことがあったのだろうな。他者の痛みを本当に理解出来るのは、辛い経験をしたことがある者だけだ」

 リドが口を閉ざす中、ユリアは落ち着いた声音で続ける。

「あの方もそうだ。だから我らに手を差し伸べて下さる。――しかし、だからこそ、私にも譲れないことがある。貰ってばかりでは不安になるし、それは辛いことだ。私は自分に価値が見いだせないが、あの方の為に働いている時だけは生きている気がするのだ。……お前達には分かるまいよ」

 最後に静かに拒絶を突き付け、ユリアはドアノブを掴む。そして、扉を向いたまま、少し迷ったように付け足した。

「傍らにあるがゆえに、気付かないものもある。その光を、お前は大事にするがいい。私は私のやり方で、それを大事にしているだけだ」

 そう言い残し、ユリアは足早に部屋を出て行った。

 ユリアの怪我はオルクスが癒やしたが、呪いはそのままだ。

 流衣には正直、どうすればいいか分からなかった。

「馬鹿だな、あの女」

 リドがぽつりと呟いた。流衣が驚いてそちらを見ると、何かを耐えるような顔をしているリドの姿があった。

「自己犠牲で救われる奴なんかいない。むしろ傷を残すだけだ」

 悔しそうにうなり、やってられないとばかりに窓際のベッドに寝転がるリド。

「なんじゃい、不貞寝(ふてね)か? 説得しようとは思わんのか?」

 アルモニカが問うのに、リドは背を向けて答える。

「お前はあれを説得出来るのか? 覚悟を決めた奴に何言ったって無駄さ。止まるまで進み続けるだけ。止められるとしたら、教祖様とやらだけだろ。そいつに無理なのに、ただすれ違っただけの俺らに止めるなんて出来るわけがない」

「……悲しいのに、羨ましいようにも思える。そうするだけの居場所は、得難(えがた)きものじゃろうからな。そして、その思いを捧げる相手もまた然り」

 アルモニカは嘆息し、そして、ばしっとテーブルを叩く。

「よいか、兄貴。お主は彼らのような者を出来るだけ少なくするべく、統治するのじゃぞ。ワシも補佐するから安心せよ」

「そうだよ、リド。元気出して。あの行商人さんのお話を聞けたのは良いきっかけだったって思うようにしようよ」

 流衣はアルモニカの言葉に乗っかって、(つたな)いながら励ます。

「……そうするよ。俺も父さんみてえに優しくなりてえから」

「その意気ですわ、リディクス様」

 サーシャが涙ぐみながら声をかける。

 一人、セトだけは、困惑の濃い顔をしていた。

「リディクス? 兄貴? 何の話だね?」

「あ」

 四人の声が揃う。

 そういえばセトにはリドの事情は話していなかったのだった。



 蛇足的後書き


 七十一章、終わり。

 やっと書けました。難しかった。会話中心になってしまったな……。

 〈悪魔の瞳〉は扱いが難しいです。


 この後、ネルソフを追うユリアは、勇者と出くわしたり出くわさなかったりな感じ。

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