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おまけ召喚 第四部 紅の女王の帰還  作者: 草野 瀬津璃
第十三幕 西の地は荒廃せり
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七十一章 傍らの光 3



「分かった、私が悪かった! 礼もきちんと言わずにすみませんでした。助けてくれてありがとうございます。……これで良いのだろ!」

 サーシャが説教を始めて三十分近くが経過した頃、ユリアは始めは「誰がこの女の言う事に従うか」というようにむっつりと口を閉ざしていたが、とうとう痺れを切らして叫ぶように言った。

 言い方に誠意は感じられなかったが、口に出して礼を言わせるという目標を達成したサーシャは澄まし顔で頷く。

「及第点ですが、宜しいでしょう。初めから、そのようにおっしゃればいいのです。良い勉強になりましたね?」

「…………」

 サーシャににっこりと微笑みかけられたユリアは、沈黙とともに目を反らした。目深に被ったフードのせいで、流衣達にはユリアの顔は見えないのだが、どこかうんざりしたような空気を漂わせている。

「言い直したのだから、今度こそ失礼する」

 文句を言う代わりに、ユリアはそう言って席を立った。ブーツのかかとをカツコツと鳴らし、一直線に扉へと向かう。

 アルモニカとサーシャの部屋だったが、もし何かあった時にまずいからと同席していた流衣達は、その素早い動作に話を聞くタイミングを見失った。流衣は急いで立ち上がり、出て行く前にとユリアの左腕に飛びつく。

「待って下さい、行商人さん! せめて怪我の原因だけでも教えて下さい! ……え!?」

 ユリアの体がぐらりと傾ぎ、崩れ落ちるよう床に膝をついたので、流衣は仰天して一歩離れた。

「え? 何? 僕、何かしました!? そんなに強く掴んだつもりなかったんですけど!?」

 おたついて意味もなくきょろきょろする流衣の横を通り抜け、リドがユリアの右側に回って膝を付く。

「どうした、苦しいのか?」

 その言葉でユリアを見ると、ユリアは首に手を当て、必死に息をしようとしているところだった。だが、上手く呼吸出来ないのか、ひゅうひゅうと頼りない呼気が漏れている。

「過呼吸か? おい、落ち着け。ゆっくり息を吐くんだ」

 リドがユリアの背中をゆっくりと押し、呼吸のタイミングを指示しているうちに、ユリアの状態は徐々に治まっていった。やがてユリアが体から力を抜き、ぐったりと座り込むと、リドはがしがしと後ろ頭を掻き回した後、「あーっ」と意味不明の声を出して天井を仰いだ。そして、顔を前に戻すと、吹っ切ったように言う。

「何だよ、あんた。怪我してた上に呪いまでかけられてて、更には発作があるなんて。満身創痍じゃねえか。んな急いで出ていかずに、ゆっくりしてけよ」

 言い方は乱暴だったが、内容は善意に溢れていた。葛藤はありつつもユリアを見捨てられなかったらしいのは、さっきの奇声でよく分かる。

「な、にを……っ」

 ユリアはうめき声に似た声を出し、リドの差し出した手をはたき落した。

「余計なお世話だっ」

「ああ、俺もそう思う。でも具合の悪い奴を、この寒空に出させるのはちょっとな……」

「そうですよ、リドの言う通りです。休んで下さいよぅ」

「……おい、お前が泣いてどうする」

 混乱と心配とに同時に見舞われ、軽いパニック状態になった流衣は、発作現場に立ち会った動揺から、涙目になっていた。リドの的確な突っ込みに、慌てて落ち着こうと努力する。

「だ、だってさ、すごく苦しそうで死んじゃうかと思ったんだよ。どうしよう。お医者さん呼んできた方がいいよね? その前に毛布? あったかくした方が良い? 暖炉に薪くべるとか? それにお水もいるのかな」

「落ち着かんか」

 対処を考えて流衣は右往左往する。だが、後ろ頭をぺしっとアルモニカにはたかれ、その衝撃でやっと我に返った。

「そんなに慌てずとも、大丈夫ですよ、坊ちゃん。今のは、呪いによる窒息のショックによるパニックが起きた結果です」

 流衣の肩からオルクスがひらりとユリアの足元に舞い降り、ユリアの首に巻きついた蛇の姿をした瘴気をじっくりと眺めた。

「なるほど、“緩やかな死”ですか。面倒な呪いをかけられたものですネ? 坊ちゃんが受けたアレよりはマシですが、二番目か三番目程度にはひどい呪いですよ。何せ、その進行が緩やか過ぎて、精神が侵される者が出る呪いです。死への恐怖と戦い、絶望して自殺する者もいます。どちらにせよ、解呪しなければそのうち死に至ります」

「最悪じゃねえか……」

「うわあ」

 リドと流衣がうめく横で、他の三人も顔をしかめた。

「君、何をしたらそんな呪いをかけられるのだ? そんな憎悪となると……不倫相手の妻から……とかかね?」

 考え込んだセトの問いに、ユリアは怒りをこめて返す。

「そんな最低な理由ではない! 私は、ただ、魔王様の欠片を手に入れようと……」

 怒りに捉われたせいでつい口に出してしまったようで、ユリアはハッと口を押えた。

「魔王の欠片って」

 流衣はリドの方をバッと見る。リドもすぐに思いついたようで、頷き返した。

「ネルソフに近付きすぎたんだな、お前。よりによってあいつらのギルマスに挑んだのか? その呪い、あの蛇使いとかいう爺からもらったんじゃねえだろうな」

「何故それを? 貴様ら、あいつらについて知っているのか!」

 リドに掴みかからんばかりに身を乗り出すユリアを、リドはじっと見つめ返す。

「別に教えてやってもいいけど、一応、お前らとはごたごたしてっしな。とりあえず、休め。回復したら話してやってもいい」

 すごい上から目線だ。

 流衣は冷や冷やとリドとユリアを見比べる。

「何様だ、お前っ」

 怒れるユリアが剣を手にした瞬間、リドは風を使い、ユリアの体を浮かび上がらせた。

「う、うわ」

 突然の浮遊感にさしものユリアも動揺する。その隙に長剣を奪い取ると、リドはひょいと立ち上がる。

「はいはい、病人はあちらー」

「な、何をっ。卑怯だぞ、貴様!」

「魔法も使えない程度に弱ってる奴に吠えられてもな。お前なんか、神殿のチビどもと一緒だ」

「チビだと!」

 更に激昂するユリアを、元いたベッドに風で運ぶと、リドはちらっとサーシャを見た。サーシャはそれだけで合点したようで、ユリアの側に行く。そして、眠りの魔法で無理矢理眠らせた。

 ようやく静かになった室内で、サーシャは額の汗を拭う仕草をし、口元に手を当ててくすりと笑む。

「流石、お転婆と暴れん坊達の相手がお上手だと神殿で評判になっていらしたリド様。大したものですわね」

「いや、ガキどもの方がまだマシだぜ? 奴らは単純だからな。隠れん坊をして、俺が見つけたら薬飲むって約束させちまえば、こっちの勝ちだ。まあ、俺は耳が良いし、風の精霊がついてるから、俺に隠れん坊で勝つこと自体が不可能だが」

 水中以外なら、どこにいようと見つけ出せる。

 どこかあくどくも見える爽やかな笑みを浮かべるリド。

 エアリーゼ神殿で見習い神官をしていた時、孤児の子どもの面倒を見る役目を負っていたリドからすれば、武器と魔法を使わないだけ、子どもの方が相手するのは楽だったらしい。

「でも、リド。こんなことして良かったの? 流石に起きた時に怒られるんじゃない?」

 流衣の問いに、リドはにやりとする。

「怒鳴れるぐらいなら、元気になったってことだろ。そうしたら帰らせればいいんじゃねえの」

「……適当だなあ」

「弱っている奴を外に出すよか、少しでも元気になった時点で外に出した方が幾分かマシだろ。ベッドを一つ取る形になって、二人には悪いことしたけどな。また空き部屋を借りるなりすればいい」

 リドの心配に、サーシャが平然と返す。

「ご心配なく。私は毛布があればどこでも眠れますから。この方を一人にするのも心配ですし、お嬢様を一人部屋にするのも心配なので、このままで構いません」

「だが、せっかく宿で休めるのだから、三人部屋に変えられないかだけでも確認してみよう。私が対応するから、その怪我人の方を頼む。それに、君が席を離れざるを得ない場面もあるだろうから、同席して欲しい場合は遠慮なく呼びなさい」

「ありがとうございます、セト様」

 気遣いのこもった年長者らしいセトの言葉に、サーシャは静かに礼をした。


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