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おまけ召喚 第四部 紅の女王の帰還  作者: 草野 瀬津璃
第十三幕 西の地は荒廃せり
17/69

幕間12

 ※残酷描写あり、注意。

  

 この内容は、読んでも読まなくてもどっちでもいいです。

 重くて暗いので、ストレスになるかも。

 



 思い返すに、ユリアの人生が暗転したのは、十五歳の時に母が病気で死んだ時だった。

 あの時、何もかもが変わったのだと、後から考えるとそう思えた。

 ユリアには父と兄とが残されたが、この二人は商売人としてはやり手でも、人としてはどうだろうと思える人達だった。その二人からユリアを守ってくれていたのが、亡き母だった。

 十六になった時、ユリアは金持ちの商家に嫁いだ。いや、売られたという方が正しい。商売の流通路の一つを得る代わりに、ユリアを嫁にやるのが条件だったからだ。

 色白の肌をして、白に近い金髪と青目をしたユリアは、若く美しかった。けれど、考えは浅かった。その頃のユリアは、金持ちの家に嫁げることを喜んですらいたのだ。誰だって、綺麗に着飾って過ごすことを夢想するだろう。

 ――だが、現実は真逆だった。

 ユリアはそこでは妻ではなく、召使いだった。

 商売には関わらなかったが、家の仕事をするように強要されていた。それも、本物の召使いと共に。いいや、召使いよりも惨めだったに違いない。召使いは少ないとはいえ給料が出ていたが、ユリアにはそれすらもなかった。

 毎日、家事をして働いて、夫が妻を伴い社交をせねばならない場にだけ、お洒落をした。食事も満足なものは貰えず、耐えきれなくなったユリアは実家に訴えたが、父と兄はユリアの助けの声を無視した。

 嫁いで一年もした頃、だんだんと夫の商家は落ちぶれていった。夫の態度が悪いせいだというのは、ユリアは何となく勘づいていたが、口を出すと怒るだろうから言わなかった。

 召使いが一人二人と辞めていき、やがて夫の元にユリアしかいなくなると、ユリアはますます大変な目に遭った。家事だけならどうにかこなせていたが、夫が掃除が出来ていない、料理はまだかと怒鳴り、ときどき手を上げるようになったせいだ。

 毎日、どこかしらに傷が増え、ユリアは暴力に怯える日々に疲れてきた。再度、実家に助けを求めた。このままでは殺されると思った。

 だが、やはり父と兄はユリアを見捨てた。

 そして、ある日、それは起こった。

「こんな物が食えるかっ!」

「きゃああああ!」

 夫が癇癪を起こし、テーブルに置いた鍋の中身――熱々のスープをユリアの顔にぶちまけたのだ。

 ユリアは顔を押さえてわめき叫んだ。

 熱くて痛くて苦しかった。

「熱い! 痛い! お願い、水を……っ」

 差し伸べた手は蹴り飛ばされ、邪魔だと床に蹴り転がされた。

 ユリアはその時、悟ったのだ。

 ――ここには、神なんかいないのだ、と。

 救いを身内に求めても無視され、神には祈りは届かず、怪我を負わせた夫は更にいたぶるようにユリアを虫けら扱いした。

 自分を助けられるのは自分だけだ。

 ユリアは転がった鍋を掴むと、それで夫を殴りつけた。

 夫がうめいてうずくまるのを尻目に、ユリアは家を逃げ出した。

 こんなことをしたのだから、夫の元に戻れば、今度こそ殺されるだろう。実家に戻っても同じだ。きっと父と兄は夫の元に返し、そうして夫はユリアを殴る。

 顔が熱くて、水を被りたいが、それよりも逃げることが先だった。

 路地裏をいくつも走り抜け、時折、通行人に悲鳴を上げられながら、ユリアは走って走って町の外に出た。そして、小川のほとりに座り込み、必死に水で顔を冷やし、そこで初めて気付いた。

 自分の顔の右半分が、ひどく焼けただれていることに。

「あ、はは……」

 道理で、頬が引きつり、目が上手く開かないと思った。

 この顔では、女としてはもう終わっている。

 戻る場所もない。

「ははははは」

 心の底まで疲れ果てていたユリアは、半ば狂ったように笑いながら、川の中へ入っていった。

「私の居場所なんかないんだ。呪ってやる、こんな世界! 滅べばいいんだ!」

 世界と運命を呪いながら、一歩ずつ川の中へと入っていったユリアは、しかし左腕を引かれて足を止めた。

 一瞬、夫が追いついたのだと思い、恐怖して硬直したが、そこにいたのはフードを目深にかぶった長身の男だった。

「可哀想に。そこまで君を追い詰めたのは、何なんだい?」

 手を優しく握り、そう問いかけられた時、ユリアの中でぷつんと何かの糸が切れた。

 わあわあと声を上げて泣きながら、男にすがりついて自分の身に起こったことを語った。

 その男は不快そうにすることもなく、静かに話を聞き、居場所がないというユリアに居場所をくれた。

 ――そう。魔王信仰の教団、〈悪魔の瞳〉という場所を。

 その教祖である男もまた、居場所を求める人間だった。



「久しぶりに来たが、やはり陰気で汚らしい町だ」

 ルマルディー王国西部、現国王であるアルスベルの統治していたエダ公爵領。ユリアの生まれ故郷である領地の一画で、ユリアはぼそりと呟いた。綺麗な所は空くらいだとしか答えられない酷さだ。

 ネルソフの動向を追い、教祖の先見も加わって、ここまで来た。ネルソフは前代魔王の欠片を持っているらしい。魔王を信仰する〈悪魔の瞳〉としては、それを手に入れて側に置きたいと考えるのは道理だろう。

 活気の見えない町を横目に、ユリアは左の手首にはめた、赤い玉がはまった腕輪を右手で撫でる。

「どうか私に勇気を下さい、教祖様。あの悪しき魔法使い達に近づく勇気を」

 そして目を閉じて気合を入れると、路地裏へと走り出した。


 ――私は、あなたの為ならどんな勇気も出せるのです。教祖様



 

 ユリアさんは幕間1以来、久しぶりの登場です。

 サイモンとユリアとは肩を並べる感じの幹部です。


 むちゃくちゃ暗くてすんません……。

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