六十九章 真夜中の攻防戦 2
※流血描写があります。注意。
「おお、良い所に来たな、お主ら! 特にオリべ!」
指令室に顔を出すと、ひどく真面目な顔で巨大な魔昌石を取り囲んでいる魔法使いや神官達の姿があり、その内の一人であるヘイゼルが、黒い毛に覆われたウサギ顔を輝かせた。
「え?」
ヘイゼルが喜んだことに、流衣は少なからず嫌な予感がした。思わず立ち止まったが、すっ飛んできたヘイゼルに腕を掴まれ、ずるずると魔昌石の前に連行される。
「いたた! ちょっ、自分で歩きます!」
「いやあ、良い所に来た。今、魔力のある者で暇な者を集めておってな。お主も呼びに行こうかと思っておったのだ。都市全体を覆う結界を発動するのに必要な魔力が足りなくてのう」
相変わらず他人の話を聞いていない。
流衣は諦めの心境で引きずられながら、何やら起きているらしき非常事態の一部を知って目を瞬いた。
肩にとまるオルクスは、目付きを尖らせてヘイゼルを睨んでいるが、ヘイゼルは説明に夢中で気付いていない。セトは苦笑気味にその後を追いかけてくる。
「ああ、確かに。ルイは魔力だけは並外れてますからね」
「だけって何ですか、ひどいです!」
「他は頼りなさすぎる魔法使いとしか言えんぞ?」
「そっちもひどいです!」
情けない顔でうなだれる流衣。しかしヘイゼルは容赦なく流衣を魔昌石の前に押しやった。
「ほれ、お主も手伝え! 最低、この魔昌石の五分の一まで魔力を補填出来ればいい。今、デューク坊が時間稼ぎに出ているから、急ぐぞ」
「へ? デューク坊? 誰です?」
「ああ、神殿長という方がお主には分かりやすいか? ワシの教え子の一人じゃから、ワシはデューク坊と呼んどるんじゃ。公式な場では呼ばぬが、つい癖でな」
「……そうなんですか」
あのデューク・グレッセンを子ども扱い……。すごいや、ヘイゼルさん。
貫禄ある一神殿都市の長の顔を思い浮かべ、流衣はヘイゼルに畏敬の念を覚えた。
「何かよく分かりませんが、とにかく魔力を注げばいいんですね? 分かりました! それなら僕でも出来ます!」
下手に魔法を使えと言われるより気も楽だ。
『頑張って下さい、坊ちゃん!』
オルクスの心強い声援を受け、流衣は左手に杖を手にしたまま、巨大な魔昌石に右手を当てた。周囲では、他の魔法使いや神官が四人程両手を付いて魔力注入に集中している。同じようにすればいいのだろう。
(まずは魔力を練って……)
目を閉じれば、青い光が見える。それを引きだし、腕まで伸ばす。目を開けると、両腕が青く光っていた。
(これを、水のように注ぎ込む……)
流れる水を想像し、光が魔昌石に出ていくようにしてやると、流衣の魔力が魔昌石に流れ込み始めた。
蛇口をひねるような心持で、弱い水流を強くする。
そうすると、いつの間にか流衣の身体全体が淡い青に光っていたが、集中している流衣は気付かない。代わりに、周囲で順番待ちをしていた魔法使いや神官達が、小さくどよめいた。セトもまた目をみはっていたが、ヘイゼル一人だけは、にやりと笑って落ち着いた様子をしている。
身体の中にたっぷりとある青く光る水。それを送り続けると、無色透明だった巨大な魔昌石がほんのりと青く光ってきた。徐々にその光は増していき、指令室全体を青く照らし出す程の強い輝きを持った。
「嘘……」
「綺麗……」
周囲にいた者達や、魔昌石に魔力を注ぎこんでいた者達は、気付けばその光に目を奪われていた。ほうと安堵にも似た吐息を漏らす。
周囲の状況まで気が回らない流衣は、魔力という水が縁まで溜まったことを悟ると、魔力を注ぐのをやめる。
緊張が抜けたせいか、膝から力が抜けた。
「!」
魔昌石にしがみつくようにして、床に座り込む。
美しい光景に呆然としていた神官達は、驚いたように流衣を見た。
「ちょっと、君、大丈夫か!」
「倒れるまで補填しなくても良かったのよ!」
慌てたような声が頭上を飛び交う中、座りこんだ流衣の膝にちょこんと降り立ったオルクスは、こくっと頭を傾げる。くりくりとした黒い目が流衣を見上げ、脱力感満載の中、可愛らしさに流衣は頬を緩めた。
『坊ちゃん、大丈夫ですか?』
心配そうなオルクスに、流衣は頷く。
「大丈夫だよ、オルクス。一気に半分くらい魔力を注いだから、ちょっと膝が笑ってて……」
急に魔力を失った反動か、力が入りにくい。前に火の神殿があるヒノック神殿で、ノエルに魔力を喰われた時みたいだ。
「それだけ注いで半分なのかね? 全く呆れた魔力保有量だな」
セトが呆れたように呟き、肩を貸して立ち上がらせてくれた。そして、ヘイゼルが指令室の壁際にあるベンチを示したので、そちらに腰かける。
「少し休んでおるがよい。事が落ち着いたら、ワシが転移で自室に送ってやる」
ふかっとした黒い毛で覆われた手で、ヘイゼルは流衣の頭をぽむぽむと叩く。
「助力ありがとう。お主は気が弱いが、躊躇いなく手を貸そうとしてくれるのは良いところじゃて。後はワシらに任せておくがいい」
「ありがとうございます。これくらいしか出来なくてすみません」
苦笑する流衣を、ヘイゼルは呆れたように目をすがめて見る。
「それを言うなら、どういたしまして、じゃ。馬鹿者」
そして悪態をつき、ヘイゼルは都市防護結界を張る指示を出し、周囲にいる魔法使いや神官で手のあいている者に、配置などの指示をする。セトもまた、それに加わって立ち働きだした。
忙しそうに働く面々を見て、流衣は誇らしい気持ちになる。
誰も何も言わなくても、自分に出来ることをしようとしている。その姿は見ていて気持ちが良い。
――あなたはあなたに出来ることをすればいいのですよ。
ふと、耳の奥に柔らかな声が蘇った。
運命と生命の女神レシアンテの優しい笑みも思い出す。
(そうですね、レシアンテ様。僕、出来ることを頑張ります)
そして、もっと誰かを助けられる人になりたい。
「オルクス、僕のことはいいから、リドの所に行ってくれないかな。見当たらないから心配だよ」
ここに来ればいるかと思ったのに、見当たらない。アルモニカがいないのは、きっと部屋にいるように他の神官に言われているのだと想像が付くが……。
『リドでしたら、外ですよ。風の精霊が歌いながら騒いでます』
歌いながら騒ぐってどうやってするんだろう。
流衣は首をひねりつつ、オルクスを見下ろす。
「外にいるんだ? ねえ、様子見だけでもいいから……」
じっと見つめて頼みこむと、オルクスは渋々という様子で羽ばたく。
『仕様がありませんねえ。あんなクソガキの面倒は御免こうむりたいですが、坊ちゃんの頼みです。様子見してきます』
「ありがとう! もし誰か怪我してたら、手当てしてあげてね」
『分かりました』
その返事を最後に、オルクスはひらりと夜空へ羽ばたく。
それを見た神官の何人かが、オウムが夜に空を飛んでいるなんてと驚いていたが、流衣とオルクスはさっぱり気付かなかった。
*
「風の防壁の使用を開始する。皆、持ち場を離れず、取り零した魔物の撃墜に集中するように」
西の通路を通って北の区画の中心部の城壁に立ったグレッセンは、遠目にうごめく魔物を視界に捉えながら、周囲の神官達にそう指示を出す。
「了解です!」
声が揃うのに頷くと、そっと右手を上げ、手の平を前に突き出した。
じっと目を閉じて集中し、風の精霊達に呼びかける。
「精霊達、どうかこの都市を守る為に手を貸して欲しい」
願うように呟くと、周囲でヒュウウと突風が巻き起こる。
――勿論よ、私達の可愛い子。
ソプラノの可愛らしい声が、風を撒き上げて遠のいて行く。
不規則に吹いていた北風がぴたりと治まる。そして、横方向への規則性を持って吹き始めた。
都市を囲むように渦を巻き、ゆっくりと風が吹き始める。
遠くでゴオオと音がする中、土埃を撒き上げ、壁が出来ていく。
グレッセンはそうなるように意識を全て精霊達に傾けて、術の制御に当てた。風が強くなるとともに、精霊達の歌声が響く。楽しそうに、きゃらきゃらと笑いさざめきながら、もっと強くと空を駆け回る。
そして、ほぼ風の防壁が完成し、都市防護結界の臨時の代理には充分だと思えた時、風の壁を突き破り、蛇竜と呼ばれる巨大な蛇の有翼種の魔物が一匹、都市上空へと躍り出た。
それを目にした瞬間、北――赤の右翼と左翼にいた風の爪の小隊長が二人揃って杖先を蛇に向ける。
「皆、狙え。引きつけろ! そうだ。五、四、三、二、一 ――撃て!」
その声とともに、神官達は一斉に攻撃を開始する。夜空に赤や黄色の魔法の軌跡が光る。火や光属性の魔法が乱舞する中を、緑色の鱗をした蛇竜は悠々と身をひねってかわしていく。
上空からこちらを様子見するように見て、やがて誰がこの風の防壁を作り出しているのか気付いたのだろう、まっすぐにグレッセンめがけて宙を駆け降りてくる。
蛇竜は非常に賢い。その知性は、少し知恵のある中級の竜にも匹敵する程だ。だからこそ、名に竜の字が加えられている程。
しかしグレッセンは緻密な術を使っている最中であり、動けない。周囲にいる神官達を信頼し、身を預けるだけだ。
「長を守れ――!」
小隊長が怒号の声を上げる。側にいた神官がグレッセンの上空に壁の結界を張った。
幾つかの爆発が起きて、魔法が着弾したにも関わらず急降下してくる蛇竜。
パリン!
ガラスの割れる音がして、蛇竜の突撃により壁の結界が壊された。
勢いを増した蛇竜は、六つの金色の目を愉悦に細ませ、口を大きく開ける。
「卿!」
「神殿長――!」
誰もが絶望し、声を上げる。その中、小隊長の男が剣を構えてグレッセンの前に出て、その身を庇う。喰われるのを覚悟で、けれど一矢報いると剣先を蛇竜に向けて踏ん張った。――その時。
「こんの、クソ蛇野郎――っ!」
左手の方から凄まじい怒声とともに、城壁の壁――手すりに当たる部分を駆けてきた赤色の風が蛇竜の横っ面にぶつかった。
風で勢いと防御を増し、最大速度の蹴りを放ったリドは、そのままくるりと身を返し、手すりに着地した。吹っ飛んだ蛇竜が、城壁に突っ込む。巻き添いになりかけた神官達は、寸でのところでしゃがむことで、蛇竜の巨体を回避する。蛇竜は手すりの上面に当たり、一部を壊して動きを止めた。
下敷きになる難は逃れても、飛んできた破片で怪我をする神官が数名出た。
「この人に手を出すんじゃねえ!」
東の通路を南下したせいで一度指令室まで戻ったので、西回りで北へ全速力で駆け戻ったリドは、ぜいぜいと肩で息をしながら、蛇竜に怒鳴った。
そんなリドを、神官達は唖然と見る。
一年近く見習い神官をしていたので、皆、リドと面識がある。神官長や補佐のクリスがやたらと構う、どこか神官長に面影の似た赤髪の少年という認識だ。飄々としているが、親しみやすい自由な少年。その彼が来た時、何故か彼らはもう大丈夫だと不可思議な安堵に包まれた。
リドはくるりと手の中で鉄製のダガーを回して構える。
「ぜってぇ切り刻む! 決めた!」
宣言するや、リドは手すりを蹴って高く跳躍する。そして、身を起こしかけていた蛇竜の頭に、風で勢いを乗せた踵落としを決める。
ゴスッという固い音がして、蛇竜の頭が地に沈んだ。
すぐさま身をひねったリドは、その蛇竜の目の二つに、容赦無くダガーの刃先を突き立てる。
「ギュラアアアアア!」
蛇竜が悲鳴を上げて、頭を振る。
「うお!」
予想していなかった動きに弾かれ、リドは城壁の壁に背中から突っ込んだ。
「がっ、げほっ!」
背中をしたたかに打ちつけ、息が詰まった。咳をしながら体勢を立て直し、ダガーを構えたリドは、その琥珀色の目を見開いた。
怒り狂った蛇竜が、大口を開けてリドに突っ込んでくるところだった。
だが、背を打った反動ですぐには動けない。
ダガーを構えて迎え討とうとした時、眼前を赤い影がよぎった。
「え……?」
目を丸くする。
グレッセンが深緑色の目を優しく細めて笑い、リドを守るように抱き締めた。
優しくも強い抱擁の中、リドの脳裏に過去の記憶がよみがえる。幼い子供の頃、賊からリドを取り返そうと身を呈して守ろうとした母親・アイリスの姿と、今のグレッセンの姿が被る。
(駄目だ……!)
心の中で強く拒否するのに、動けない。蛇竜の口が迫るのを見つめ、そして――。
「ギュアグッ!」
蛇竜は目の前で見えない壁に弾かれ、どうと後ろへ倒れた。
「何やってるんですか、お馬鹿サン」
ひらりと黄緑色のオウムがリドの眼前に舞い降りた。
「助けるつもりで、助けられていれば世話がないですネ」
皮肉を込めて呟くや、オルクスは、空を滑空し、手加減の一切ない回し蹴りを蛇竜に放った。
頭蓋が潰れ、血が吹き出す。
いったいあの蹴りにどれだけの威力があるのか、オウムが繰り出したとは思えない重い攻撃は、蛇竜の頭が変形し、一撃で仕留めるものだった。
リドは呆然と座りこんだまま、その様を見る。
こいつはやっぱり魔物なのだと、頭の隅で理解する声がした。そして、じわじわと怒りが頭に血を昇らせる。
「――おい、父さん」
グレッセンにしか聞こえない程度の低い声で言い、リドはグレッセンを引きはがす。そして、笑顔で言う。
「ちょっと歯ぁ食いしばれ」
「え?」
そして、きょとんとするグレッセンの左頬に、渾身の右ストレートを決めた。
がつっと鈍い音がして、グレッセンが倒れる。
「ぎゃー! お前、卿に何て真似を!」
この都市の最高責任者に手を上げるなど、反逆罪で捕まってもおかしくはない。それに加えて敬愛する長に手を上げたことで、青くなって悲鳴を上げる神官を、リドはじろと睨む。その荒んだ眼差しに、神官達はうっと息を飲む。
リドは立ち上がると、グレッセンに向けて怒鳴る。
「何考えてんだ、あんた! 今後、こんな真似は絶対にするな! 俺は、誰かに庇われて助かるなんて、もう二度と御免だ!」
凄まじい怒気に、グレッセンは座したままぽかんと息子を見上げる。その怒りの中に、傷ついたような色合いを見てとって、胸が少し痛んだ。
「す、すまない。つい……」
結局、怒りに気圧されたせいで、出てきたのはそんな拙い言葉だけだった。
するとリドは更に怒った。
「謝るな! 何だ、あんた、謝るようなことをした自覚でもあるのか!」
「い、いえ。ありません……はい……」
あまりに恐ろしい空気に、今が緊急事態なのも忘れてしまう。そして、背筋を正してリドを見る。本当は目を反らしたいくらいだったが、そんなことをしたらもっと怒るような気がした。
「とにかく! あんたは俺なんか庇うな! あんたが守るのはこの都市の人間達だ! それを俺や周りが守るんだろ! あんたに守られてちゃ、こっちの立場がねえんだよ! 分かったな!」
リドの怒りは家族を失う恐怖から来ていて、本当は心配したかったのだが、今はまだ息子と名乗れる立場ではないので、こんな言葉しか口に出せない。もどかしい気分で、くるりと背を向ける。
そして、近場にいた伝令をキッと睨む。
「おい、防護結界の復旧まであとどのくらいだ?」
睨まれた伝令役の少女は目を潤ませ、たどたどしく伝令文を読み上げる。
「え、えと、まだあと十分はかかるそうです。魔力補填は済みましたが、発動準備に時間がかかるので……うわあん、ごめんなさい、睨まないでぇ!」
わーんと泣きだした少女を、近くにいた女性神官が抱きしめて宥める。
「悪かったって、泣くなよ! 八つ当たりしてごめん!」
「最低ですネ、リド」
「うっせー、クソオウム」
八つ当たりの矛先をオルクスに向けてから、リドは大きく息を吸う。
「んじゃ、残りは俺が引き継いでやるから、あんたはあっちに戻れ」
ビシッと指令室を指差し、リドはグレッセンを見下ろす。
「え?」
きょとんと目を瞬くグレッセンと、周りの神官達。
「俺も風の〈精霊の子〉だし? 一度見たから、だいたい分かった。任せとけ」
「いや、でも、しかしだな……」
「偉い奴は後ろでふんぞり返ってりゃいいだろ! とっとと行けよ! うぜえんだよ!」
「うぜ……!?」
ガーンとショックを受けるグレッセン。よろよろと立ち上がり、近くにいた男性の神官と共に指令室へ戻る通路へと足を向ける。
意気消沈するグレッセンを心配そうに見ていた男性神官は、だんだん別の心配を覚えた。
「あの、卿? どうして嬉しそうに笑ってるんです?」
殴られた上で暴言を吐かれたというのに、敬愛する神殿長は、何故かにやにや笑っていた。左頬を手で撫でながら、しきりと頷いている。
「いやあ、だってねえ。ふふ。反抗期だなあと思ったら、なんだか嬉しくて……」
「は、はあ……」
もしかして、頭でも打ったんだろうかと失礼な心配をしながら、男性神官は曖昧に頷く。そして、指令室まで歩いていった。
グレッセンの姿が遠のいたのを見ると、リドは城壁から周囲を見回した。風の防壁はまだ出来ているが、だいぶ薄らいでいる。その砂塵の向こうに、ホーン・カウや蛇竜の死体が幾つか見えた。しかし、まだ果敢に防壁内への侵入を試みようとする輩も見える。
リドはぐっと右手を握ると、目の前に手を持ち上げ、手の平を外に向ける。
そして、深呼吸を一つ。
「精霊、頼むぜ……」
小声でそっと精霊達にお願いをすると、風の精霊は一層楽しそうに笑いさざめいた。
――可愛い子。
――私達の可愛い子。
――可愛い子の息子。
――可愛いあの子の血を引く子。
――あなたの願いを叶えましょう。
――さあ、願いなさい。
――どうして欲しい?
――助けてあげる。
――大好きよ!
純粋な好意の言葉に薄ら笑みを浮かべ、リドは精霊達に意思を伝えようと意識を集中させる。
ぶわりと足元から風が巻き起こり、リドの短い赤い髪と、額に巻いた飾り付きの黄土色をした鉢巻を揺らす。
「俺は願うよ。さっきの神殿長の防壁と同じものを作りたい。手を貸してくれ」
周りに聞こえない程度の小声で、精霊達に助力を願う言葉を伝える。
――ええ、もちろんよ。可愛い子!
笑いさざめき、歌いながら、精霊達は空を駆ける。
弱くなった風の防壁を補強すべく、再び強く疾く駆ける。
その様子を間近で見ていた神官達は、今は亡きリディクス・グレッセンが生きていたら、こうだったに違いないと、グレッセンやクリスがこの少年に構う理由が分かる気がして、目を伏せた。あまりに力強い光景に、何故か涙が出てきた。
やがて、この騒乱は、夜明けとともに静かに終わりを告げた。
この章、楽しかったです!
精霊達の可愛がりぶりと、グレッセン卿の親馬鹿ぶりが楽しいです。