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おまけ召喚 第四部 紅の女王の帰還  作者: 草野 瀬津璃
第十二幕 混迷の神殿都市
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六十八章 お手伝い 1



「……そんな単純なことで、私は頭を悩ませていたのですか」

 がっくりきたらしきグレッセンは、足元を見つめて肩を落とした。

 数秒間落ち込んだ後、顔を上げた時には表情は明るいものになっていた。

「とはいえ、この状況でこの知らせは僥倖です。オルクス様、我が神殿都市へ希望をもたらして下さり真にありがとうございます」

 青年姿のオルクスへ深々と頭を下げるグレッセン。

「どういたしまして。……ですが、この程度のことに気付かないとは、人間は随分愚かなんですね。もっと賢い生き物だと思っていました」

 しげしげと感心したように毒を吐くオルクス。声色の抜け具合から察するに、嫌味ではなく、単純に呆れているだけらしい。

 ぐっとうめく、その場にいる人間全員。

「オルクス、失礼だよ、そんなこと言っちゃ……。灯台下暗(とうだいもとくら)しって言うでしょ? 当たり前なことって意外に気付かないものだと思うよ?」

 眉尻を下げて流衣がやんわりと口を出すと、オルクスは恭しく頭を下げる。

「左様でございますか。不粋なことを口に致しました。次からは配慮して遠回しに言うことにします」

「う、うん……」

 ううん? いいのかな、それで。

 何だか違和感があったものの、流衣は頷いた。

 その時、ふっとオルクスの姿が消え、オウムの姿に戻る。人型でいられる時間が終わったようだ。

 オルクスは空中で羽ばたくと、すいと流衣の左肩にとまった。

 流衣はグレッセンを見る。

「あの、アルのお父さん……」

「失礼ですよ。グレッセン卿、もしくは神殿長とお呼びなさい」

 クリスがたしなめるので、グレッセンは苦笑する。

「クリス、どうも約束を守れないようだから、部屋を出ていきなさい」

「しかし……っ」

「私の言う事が聞けないのかい?」

「……分かりました」

 クリスは短く頷くと、胸に手を当てて綺麗に一礼し、くるりと踵を返す。同性の流衣ですら惚れ惚れとするような綺麗な所作だった。が、こちらを見た目の温度は絶対零度だったので、流衣は瞬時に凍りついたけれど。

(こここ怖いよぉぉぉっ)

 静かに閉まった扉の音すら凍りついて聞こえる気がする。

 流衣はぶるりと震えた。

 その怯え具合を見て、グレッセンは苦笑を深くする。

「すまないね。あの子は元々、人見知りする上に臆病だから、他人を信じるのが怖いのだよ。勝手なことを言っているのは分かっているのだが、嫌わないでくれると嬉しいな」

「い、いえ、大丈夫です。怖いだけで、嫌いとかじゃないですから……」

 そう、怖いだけだ。

 しかし、グレッセンの言い分を聞いていると、クリスにはクリスの事情がありそうだ。

「ああ、私の呼び方は“アルのお父さん”で構わないよ。そういう呼び方をされることはないから、新鮮でとても嬉しい」

 グレッセンはにこにこと朗らかに笑う。

(アルのお父さん、本当に優しいよなあ。ほんと、どうしてアルはこうなったんだろう……)

 ほけっとした後、思わずちらちらとアルモニカを見てしまう。

 邪念を感じ取ったアルモニカの視線に険が混じる。

「何じゃ? 言いたいことがあるならはっきり言え」

「いえ、何でもありません!」

 大急ぎでグレッセンに視線を戻す。

「え、えと、アルのお父さん。今日一日御世話になるので、何か手伝いがあったらさせて下さい」

「つっても、お前、料理以外は手伝う以前の問題だろ~?」

 リドが茶化すように言い、確かにと思った流衣は肩を落とす。それを見たオルクスがリドを黒い目でギッと睨んだ。

「私も手伝えることがあれば何か致しましょう。一晩、野営しなくて済むのは本当に助かりますから」

 セトも申し出ると、グレッセンは困ったように笑う。

「申し出は大変ありがたいのですが、これから旅をされるのなら身体を休めるべきでしょう。せっかくなので、ルイ君には先程の件を手伝ってもらおうと思いますが、権威ある魔法使い殿をこき使うのも……。ああ、そうだ。ヘイゼル先生にお会いされては? セト殿と会えるとなれば喜びましょう」

「ヘイゼル様がこちらにいらっしゃるのですか? 確か、王都襲撃の折に重傷を負い、その後、行方不明になっていると報告を受けていたのですが……」

「はい。〈塔〉が襲撃され重傷を負われたのはご存知でしょうが、こちらにて秘密裏に治療し、かくまっております。王都は未だ不安定ですので、滞在頂いているのです。神官への魔法の指導をして頂いたりと、大変心強いです」

 それを聞いて、セトはブルーグレイの目をキラキラと輝かせる。

「それでは、ヘイゼル様にお会いします。あの方を御救い頂き感謝致します、グレッセン卿」

 本当に嬉しそうに頭を下げるセト。

(ヘイゼルさん、慕われてるんだなあ……。〈塔〉でも、悪口言いながらも皆ヘイゼルさんのこと好きそうだったし、ギルド長だけあって人気あるんだ)

 ちょっと迷惑で人の話を聞かない黒ウサギのお爺さんといった印象だが、世界を渡る方法が無いかと流衣が訊いた時、周りは笑ったのにヘイゼルは笑わずに真剣に返してくれたのを思い出し、ああいうところが好かれるのだろうなと思った。

「では、後程、ヘイゼル先生の元へ案内させますね。私はまだ仕事がありますので、ここで」

「勿論です。お気遣い感謝致します」

 その後、準備が出来たら呼びに行くので、それまで部屋で待っているように告げられ、流衣達はグレッセンの執務室を後にし、神官に客室へと案内された。


       *


「ルイ、こっちじゃ、こっち!」

「わわ、アル、待って!」

「お前ら、転ぶぞ。あ、ほら、言わんこっちゃねえ」

 流衣の左手を掴み、たたたと無邪気に駆けだすアルモニカと、慌てて足をもつらせる流衣。結局、何も無い所でつまづいて転び、それを後ろから見ていたリドが顔をしかめて横に視線を流した。

「まっことどんくさい奴じゃのう!」

「……分かってるんなら、引っ張らないでくれると嬉しいんだけどなあ」

 呆れるアルモニカの視線に、流衣は溜息混じりに返し、床に手をついて立ち上がる。白い床はピカピカに磨きあげられていて、つるっとしていた。

「裏庭に皆を集めさせておる。ほら、よくお主が歩く練習をしておった井戸の側じゃ」

「ああ、あそこ……」

 そういえばそれなりに広さがあったと流衣は首肯し、今度はゆっくり歩きだしたアルモニカの後を流衣はついていく。

「面白そうだから、横で見学するとすっかな」

 横に並んだリドが、楽しげに言う。何となく機嫌が良いように見える。

「リド、楽しそうだね」

「うん? まあ、俺はここが好きだからな。風の精霊達も機嫌が良いし」

「故郷っていいね」

「ああ、そうだな。でも、カザエ村も故郷だよ。あそこにも一度帰らないとな……。ボロス爺さんの墓参りも随分ご無沙汰だ」

「そうだね……」

 カザエ村にちゃんとした居場所が出来たのだ。帰る故郷を取り返しても、リドには大切な場所なんだろう。

「ユレギ伐りの伝統を俺で途絶えさせちまうのもなあ。戻った時は、弟子でも見つけるとすっかな。ま、なくなっても、爺さんなら分かってくれっだろ」

 物言いは軽いが、亡くなった木こりの師匠への確固とした信頼が見えて、流衣はなんだかいい関係だなあと羨ましくなる。

「いいね、師匠と弟子。ヘイゼルさんとアルも良い感じだけど、リド達もいいなあ。僕もいつかそういう風に誰かの弟子になるのかな」

「そ、そうか? ふふん、まあ、そういうことにしておいてやろう!」

 何やら照れたらしいアルモニカが、つんと(あご)を反らして左横を向いた。ほっぺたが赤い気がする。それを見たリドが笑いを零さないように必死という顔をする。

「お前、セトさんの弟子だろ? どう見ても師匠じゃねえか」

「そうなのかな。学校の先生って皆あんな感じだと思うけどなあ」

「教え子ならば弟子じゃろう? 大講義室ではなく、個人的に教えられておるのだから、弟子に該当すると思うがの。それが目障りじゃったから、お主、しょうもない貴族どもに虐められとったではないか」

「え!? 気付いてたの!?」

 さらりとアルモニカが言うので、流衣はぎょっとした。

「気付かぬ訳がなかろ。ささやかーな嫌がらせしかされてなかったからの、放っておいたが。馬鹿な真似をする者がいたら一発懲らしめてやろうかと思っておったのに、お主、決闘を受けて逆に黙らせてしまうし、出る幕が無かったのじゃ」

「いや、決闘を受けたのは僕じゃなくてオルクス……」

 唖然と呟くと、オルクスがふふんとばかりに胸の白いほわ毛を膨らませた。

「ふーん。そんなことになってたのか。ほんと貴族って面倒くせえ奴多いよな」

「皆が皆、そうではないが、そういう輩がいるのも事実じゃて……。現王派は特に質の悪い者が揃っておるからのう」

 視線を鋭くさせるリドの前では、アルモニカが小声で毒を吐く。悪口を言うというよりは、単に事実を述べているという淡々とした響きがあった。

「兄貴はそういう輩どもを相手にする立場になるのじゃから、対処を覚えねばならぬぞ。弱味を見せればつけこまれる。優しくしすぎるとつけ上がる。加減というのが大事なのじゃ」

 流衣はポンと手を叩く。

「つまり、猫被ったアルみたいにすればいいんだね!」

「そうじゃの、猫を被ったワシ……、って、うるさいわ!」

 バシッと頭をはたかれ、流衣は頭を押さえる。

「暴力反対……」

「お主が余計なことを言うからじゃろうが!」

「ああ、なるほどなあ。あれでいけばいいのか……」

「リド、お主も納得するでないわ!」

 カッカッと頭から湯気を出さんばかりに怒るアルモニカ。

 そこで流衣ははたと周りを見回す。いつもなら、ここでサーシャの「お嬢様、言葉遣いがはしたないですわよ」の小言が入るのだが、それがない。いつも気配が無い侍女なので気付いていなかったが、そういえばいない。

「あれ? サーシャさんは?」

「サーシャなら、旅支度を整えた後、風の(つめ)に合流すると言っておったぞ」

「風の爪? 何それ」

 流衣の問いにはリドが答える。

「この神殿都市は防衛に優れてるんだけどな、その防衛を担ってる神官で組織された防衛部隊ってやつかな? 魔物みたいな外敵だとか、市中警護をしてる」

「王国警備隊みたいなもの?」

 流衣は首を傾げる。

 ルマルディー王国は、王国全土を守る警備組織である王国警備隊と、そこから派生している辺境を守る辺境警備隊がある。仕事は警察のようなものだが、同時に兵士でもあるという点が少し違う。王都にその本部が置かれていて、その上に王直属部隊である近衛騎士団がいる形になる。

「神殿都市は自治都市じゃから、王国警備隊はおらぬ。自治都市である代わりに、防衛も自分達でせねばならぬから、神官達がその役割も担っておるのじゃ」

「その組織が、風の爪ってわけ。他にも神殿都市全体を覆う結界を張る為の部隊で、風の盾っていう連中もいる」

 流衣は目を丸くする。

「っていうことは、アルのお父さんって、そういうのも指揮するとか……?」

「するぞ。まあ、やっとることは他の地の領主と似たようなもんじゃ。あっちに私兵と王国警備隊がいるのと代わり、うちは私兵のみといった違いかの」

 それはとても忙しそうだ。

 都市がこれだけ厳しい状況であるのに、いつもあんな風に穏やかに微笑んでいるグレッセンは大物だ。間違いない。

「すごいね、お父さん……」

 これはアルモニカがグレッセンの前だとたちまちしおらしくなるわけだ。そりゃあ尊敬するだろう。

「そうじゃろう、そうじゃろう。もっと褒めて良いぞ?」

 アルモニカはそれは誇らしげに言い、期待を込めてちらりと流衣を見た。


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