表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おまけ召喚 第四部 紅の女王の帰還  作者: 草野 瀬津璃
第十二幕 混迷の神殿都市
11/69

六十七章 エアリーゼ、再び 3



「ねえ、アル。食料がなくて大変なのに、どうやって運営してるの?」

 流衣の素朴な質問に、アルモニカはすたすたと本殿の奥へ歩きながら答える。すれ違う神官が挨拶するのに、片手を上げて笑顔で返し、調子が悪そうな者には声をかけ、というように、ただ歩くだけでも忙しそうだ。

「大半は備蓄からじゃが、それではすぐに底をつく故、腕の良い魔法使いと地の〈精霊の子〉がかかりきりで畑で野菜を育てとる。彼らのお陰で、この時期でもどうにか食料を確保出来ておるのじゃ」

「地の〈精霊の子〉は分かるけど、どうして魔法使い?」

「この季節で植物を育てようとすると、結界を張るしかないのじゃて。魔法使いが結界を張って冷気から野菜を守り、地の〈精霊の子〉が世話をすることで成長を促進させている形になる。だがの、これはこの土地の精霊を酷使する力技じゃから、自然と土地が痩せていくのだ。それでも他に手がないからこうせざるを得ぬ。他に良い案があるのならそうするが……」

 はあ。溜息を吐くアルモニカ。

 こうすることで将来的に首を絞めるのは分かっている。だが、今、目の前にある命を守ろうと思うなら、将来を犠牲にするしかなかった。

 父であるデューク・グレッセンが、悩みに悩んだ末に出した結論だ。きっとアルモニカがその場にいても、そうしただろう。

「そんなことで悩んでいるのですか?」

 オルクスがとてつもなく不思議そうに口を出した。

「え?」

 アルモニカは足を止め、オルクスを振り返る。オルクスは、本当に不思議そうに言う。

「ですから、地の精霊を酷使したせいで土地が痩せる、そんなことを悩んでいるのか、と訊いているのですが」

「そんなことって、オルクス……。皆、大変なのに」

 流衣が眉を寄せて言うのに、オルクスは心底疑問だというように返す。

「ですが、坊ちゃん。地の精霊の疲弊をどうにかしたいだけなら、魔力を大地に注げばいいだけじゃないですか。何を悩む必要があるんです?」


「は?」

「え?」

「何だと?」

 

 アルモニカ、サーシャ、セトの声が重なる。皆、ぽかんとした顔でオルクスの顔を見つめた。

「えーと、どういうこと?」

 流衣が首を傾げて問うと、オルクスは尚も不思議そうに言う。

「前に坊ちゃんにお話ししましたよね? 魔力は精霊にとっては栄養みたいなものだ、と」

「そんなこと言ってたっけ?」

「言いましたよ。アカデミアタウンで、植物育成された折に」

「あ、あー!」

 言われてみれば、そんな気がする。

「〈精霊の子〉は魔力を使わずに精霊を使役出来ます。だから精霊が疲れて土地が荒れるんです。疲れた精霊を癒したいなら、その〈精霊の子〉が魔力を分ければいいのですよ。地の〈精霊の子〉の魔力の方が、地の精霊は喜びますから」

 あっさりしたオルクスの説明に、アルモニカは愕然とする。

「そ、そんな単純なことでずっと悩んでおったのか……?」

「ええ。だから、どうしてそんなことで悩むのかと不思議に思ったわけですが」

「流石はオルクス様。英知を授かれて光栄にございます!」

 サーシャが目を潤ませ、感激の声を上げる。

「は、はぁ……」

 オルクスはどうしてそんなに喜ぶのかと怪訝そうに身を引く。

「すごいよ、オルクス! 流石、物知りだね!」

 流衣も感動して、手放しでオルクスを褒める。オルクスは怪訝な顔をすぐに笑顔に変えた。

「そうですか? 坊ちゃんがそうおっしゃるなら、わても言ってみた甲斐がありました」

 上機嫌で返し、スキップでもしだしそうなオルクスを、セトは唖然と見る。主人の一言で態度をがらりと変える、正体は女神付きの高位使い魔……。どうしよう、ものすごく単純な性格をしている、と内心でうめく。

「つーかさ、ルイが出張ってくればいいんじゃね? お前、ちゃちゃっと魔力分けて、地の精霊を癒してこいよ」

「リド! あなた、坊ちゃんを政治の道具にす……」

「それ、良い案だね!」

「坊ちゃん!?」

 名案だと声を明るくする流衣を、オルクスが悲壮な顔で見る。それにびくっとしつつ、流衣は言う。

「今日一日お世話になるんだから、手伝いたいなって思ったんだけど……。駄目だった?」

 敬愛する主人に少し不安げに首を傾げて問われ、駄目だと言える使い魔がいるだろうか。いや、いない。オルクスはころりと意見を変える。

「素晴らしい案だと思います! 流石は坊ちゃん、律義でいらっしゃる!」

「は、はは……。あ、ありがとう?」

 感動にうち震えて袖を目元に当てるオルクスにどん引きしながら、流衣は礼を口にするのがやっとだった。

 大袈裟だなあとは思っても、可哀想なので口に出せない。

 その後ろで、リドが肩をすくめてアルモニカに言う。

「ほんとルイにかかるとちょろいよな、あのオウム」

 アルモニカはやや複雑な顔をしながらも肯定する。

「う、うむぅ……。じゃが確かにワシらが気を付けてやらねば駄目じゃな。ルイを表立たせたくはないからのう」

「じゃあ、他の地の〈精霊の子〉に混ぜて、一緒にやってもらえばいいんじゃねえか?」

「なるほど。責任の分散化じゃな! それはいい。〈精霊の子〉らも疲労がたまってきておるじゃろうから、手伝いと称して混ぜてもらうかの」

 兄妹はこそこそと作戦を練る。

「まあええわ。とにかく、このことをお父様にお伝えせねば。きっと喜んで下さるぞ」

 にへらと歳相応な笑みを浮かべ、アルモニカは足を速めた。



 グレッセンの執務室に顔を出すと、グレッセンは書類の手を止めて、椅子を立った。

「お帰り、アルモニカ、サーシャ、リド。それからルイ君に、オルクス様」

 グレッセンは順番に見て声をかけ、最後に流衣にもにっこりと微笑みかけた。

 お帰りという言葉を久しぶりに聞き、流衣はじんわりと胸が温かくなる。うっかり涙が出そうだった。

「ただいま帰りました、お父様!」

 アルモニカはたたっと駆けだしてグレッセンに飛びつく。そんな娘をやんわりと抱きしめ返すグレッセン。父娘の再会に、皆、温かい目になる。

 グレッセンはちらりと期待するようにリドを見て、それからもう一人客がいるのに気付き、残念そうな顔をした。

(いや、リドにそれは無理があるんじゃ……)

 ちらっとリドを見上げると、気付いたらしきリドが気まずげに目を反らしている。頬が引きつっているところを見ると、やっぱり無理らしい。

「そちらの方は?」

「はい。スノウリード魔法学校で魔法学を教えて下さっているセト・クレメント・オルドリッジ先生です」

 グレッセンは濃い緑色の目を僅かに瞠り、穏やかな笑みを浮かべた。

「転移魔法の権威がご一緒とは……。私はこちらの風の神殿で長の位を頂いているデューク・グレッセンと申します」

 セトは背筋を伸ばし、慇懃に返す。

「名乗り遅れて申し訳ありません。私はセト・クレメント・オルドリッジ。陛下より名誉貴族の位を頂いておりますが、平民として接して頂けるとありがたい。あなたの素晴らしいお人柄は、アカデミアタウンにも届いておりますよ。お会いできて光栄です」

「私の人柄など、大したことはありませんよ。ところで、何故、こちらにいらっしゃるのかお訊きしても?」

 グレッセンの問いには、リドが答える。

「ルイの旅に付き合ってくれることになったんです」

 そして経緯を話すと、グレッセンは眉を寄せた。

「この時期に、西の領地に?」

「そうなのです。それで、今日はこちらで一泊したいのですが、宜しいでしょうか?」

 アルモニカの問いに、グレッセンは頷く。

「それは構わないが……。しかし、アルモニカ、今、あの地は大変危険だ。君の旅は許可したが、流石に西領へは行かせられない」

 グレッセンの言葉は、親としても神殿の長としてももっともと言える。

「ですが、お父様は、成人の儀までの二年間は自由にしていいとおっしゃいましたわ! わたくし、ぜっっったいにルイとリドの旅にくっついて行きますから!」

 腰に手を当てて宣言し、ツンと顎を上げるアルモニカを、グレッセンは途方にくれた目で見る。

「アルモニカ……」

 どうしようというように頭を抱える姿は、娘の我儘に困り果てる父親の姿そのものだ。

 その時、コンコンとノックの音がした。

「どうぞ」

 グレッセンの促しに、扉が開く。

「失礼します。グレッセン卿、休憩に致しませんか……? おや、お嬢様、お帰りになられていたのですか」

 金髪碧眼の繊細な容貌をした青年――クリスを見て、流衣は緊張した。クリスは室内の面々を見回し、流衣に目をとめるとじろっと睨んできた。

(やっぱり嫌われてる……)

 嫌われるのも仕方が無いとはいえ、怖いので睨まないで欲しい。

 もちろん気付いているグレッセンは、やんわりとたしなめる。

「クリス、きちんと話し合っただろう? 態度を改めるように」

 声は穏やかだが、グレッセンからは有無を言わせない威圧が出ていて、流衣まで怖くなった。流石、長だけあって締めるところでは締めるらしい。

「申し訳ありませんでした。以後、改めます」

 そう言っているが、やはり睨んでくるクリス。流衣は身を縮め、オルクスは牽制とばかりに睨み返す。

 グレッセンはやれやれと肩をすくめる。

「しようのない子だね。ごめんね、ルイ君。頑固者で困るよ」

「卿!」

「ほら、怒らないでお茶を淹れておくれ。休憩にするんだろう?」

 のほほんと受け流すグレッセンに敗北を悟ったクリスは、溜息を吐きながら、手にした盆を運び、グレッセンの執務机に茶器を置く。

「流石は神殿長様、クリスの扱い方を心得ていらっしゃいますね」

 二十代後半程に見えるクリスよりサーシャの方が年上のようで、サーシャの茶化すような言葉に、クリスは軽く睨むだけで何も言わなかった。サーシャの方が立場が上なんだろうか、もしかして。

「そうですわ、クリスのことなんかどうでもいいのです、お父様。実は先程、オルクス様からお知恵を頂いて……!」

 アルモニカが身を乗り出して言うのに、クリスは渋い顔をする。

「お嬢様、もしや私への当て付けですか?」

「当たり前でしょう」

 けっとばかりに返してから、アルモニカは先程の話を父親に披露した。

(クリスさん、可哀想……)

 孤立無援、もしくは四面楚歌? 女系家族で家族に一致団結されたお父さんみたいになってる……。

 不憫だが、流衣が何か言ったらますます嫌われそうだからやめておこう。



 ※補足


 〈精霊の子〉は魔力を注がなくても魔法が使えるので、魔力を注ぐなんて意識がない。

 更に言うと、〈精霊の子〉でありながら魔法使いである人間は意外に少ない。(魔法を覚えなくても術を使えるので、覚えるのを面倒がる)

 結果、こういう事態ってとこです。

 魔力を注ぎながら野菜を育てた方が実は効率が良かったというオチ。

 流衣だけが特別なわけではないけれど、そもそも植物生長促進の術で木を育てようとか、野菜を終わりまで育てようなんて意識を持つ人がいなかったとも言える。皆、発芽させる術だと信じてるので、そこまでしか育たない。

 っていう裏事情があったりします。

 ただし、植物の生長率には魔力量が匹敵するので、やっぱり流衣みたいに木を生やすのは難しく、神技といえる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ