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竜と小さな魔術師  作者: 桜野猫
小さな決意
18/26

赤く燃える心

 一目散に家まで走る。

 あたりは、赤、赤、赤。空まで赤に染まっている。

 いつもの道を倒れた家屋がふさいでいる。

 頬が熱い。赤がすぐ近くまで迫っている。

 それから逃げるかのようにその場か急いで離れる。

 見慣れている風景のはずなのに、通り慣れた道のはずなのにそこはまるで――――。

 

 何度も遠回りをしてやっと家までついた。

 いや”家だった場所”までついた。

 ついさっき母親に、いってきますと言って出た家はもう赤に染まり瓦礫になっている。

 きっと母親も”家”の中にいるのだろう。

 いかなきゃと、いかなきゃと思うが体は動かない。

 地面に膝を突いたまま体は一向に動かない。

 水が頬を伝い、手にぽたっと落ちる。

 雨だろうか? この赤を洗い流してくれる雨だろうか。

 だが違った。これは雨ではなく自分の涙だった。

 それにすら気づかないほどに絶望し、心が折れている。

 

 ふと、広場のほうから声が聞こえてきたような気がした。

 まだ生きている人がいるのかもしれない。

 そう思い、いや願い、尽きかけた気力を奮い立たせ、広場のほうに向かう。


 しかし結論から言って、そこにいたのは家族どころか村人ですらなかった。

 まず着ているものが違う。ここらの村人は麻などで作った服を着ている。しかしそいつは明らかに高級な布で作った見たこともないような服だった。

 

 そいつがこちらに気づき、こちらを向く。そいつの顔に浮かんでいたのは笑み。楽しくて楽しくて仕方がないというような笑みだった。

 そしてこちらを見てさらに笑みを深め、無造作に何かを投げた。

 それが何か知る前に少年は死んだ。





 2回戦。そういった後も男は攻撃を仕掛けてくる気配がない。

 罠かもしれない、いや舐められているのか。

 だが相手にどのような思惑があったとしても、クーリアには剣を振るう選択肢しかない。

 今はいい。だが男がクーリアに興味を失ったら一瞬のうちに命を奪われるだろう。それほどまでに実力差がある。男はまだ力の片鱗すら見せていない。それでも身のこなしから格上の相手であることがわかる。だからこそ男が油断しているうちにやらねばならないのだ。

 しかし意気込みとは裏腹に先ほどと変わらず、クーリアの攻撃はかすりすらしない。

 まるで踊っているかのように男はクーリアの剣戟を避けていく。

 男の顔には浮かぶのは、汗ではなく笑み。

 その笑みが、実力の差を物語っている。

 実力差は明白、火を見るより明らかだ。ならば戦う道理はない。

 で、あれば選択肢は二つに一つ。死ぬか、逃げるか。逃げなければ死ぬ。

 それはクーリアにもわかっていた。


 だけど逃げない。

 頭ではわかっている。理性はずっと逃げろといっている。

 だけど逃げない。

 後ろで赤々と燃えている『村』。

 それが逃げない理由。

 せめて一太刀。みんなの敵に。


 しかし実力は隔絶している。その実力差に凡夫であればもうどうすることもできず、心が折れ膝を突いているだろう。

 

 しかしクーリアは凡夫ではなかった。動き、機先、魔術そのどれをとっても年相応とはいえない。凡夫が努力でたどり着けるだろう高みにいるのだ凡夫のわけがない。

 なればこれはただの絶望的な喜劇めいた舞台ではなく、クーリアにとって命を懸けた最上の訓練。

 動きに無駄がなくなり、最小の動きで剣を振るう、魔術を放つ。届けと、我が剣が届かぬはずがないと信じ、一心不乱に振るう。


 もう何度剣を振るっただろうか、もう何度魔術を使っただろうか。体から滝のように汗が流れ落ちる。息も切れ切れで、限界などもはや超えている。魔力も残りわずかだろう。

 それでも、それでもなおクーリアの太刀筋は衰えず、むしろ鋭くなっている。


 「いいわぁ、そう、その調子よ。私をもっと楽しませて、退屈させないで。私が憎いんでしょ? あなたのお友達を灰にしちゃった私が憎いんでしょ? なら私を殺して敵を討たなきゃねぇ! 」


 男はまるで馬鹿にするように挑発する。

 だがクーリアは男の挑発に反応しない。

 聞き流しているわけではない、単純に聞こえていないのだ。


 何も聞こえない、何も見えない。まるで自分以外のすべてがなくなってしまったかのようだ。

 感覚だけが研ぎ澄まされていく。本当はもう腕は上がらない、足も動かない。剣を振るう? ありえない。なのにまだ僕は戦っている。

 ありえないはずなのに剣を振るう。動かないはずなのに踏み出す。

 汗が目に入り痛みを伝える。だがそれすら動きを止める理由には足りない。

 頭の奥底で危険だと警鐘がなる。だが意に介さない。

 魔力はもう尽きている。

 酸素が足りないせいか頭がぼんやりとする。

 それでもまだ動きは止まらない。きっと今止まったらもう立てないだろう。

 まるで機械のように動き続ける。


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