断章3
「――――もらったッ!!」
勝った。この攻撃を避けるのはまず無理だろう。仮にもし避けられたとしても、次撃で確実に殺せる。
巨剣は、ごうッ、と唸りを上げて少年の命を刈り取ろうとする。
その攻撃は必殺であった。
大男の全身全霊をこめた一撃は、華奢な少年の体などバターのように切り裂き、叩き潰すだろう。
巨剣の重さ、大男の技、膂力それらをあわせた一撃を耐えられるわけがない。
それ故に、その一撃は必殺といえる。
空気を切り裂き、うなりながら迫る一撃に少年は微動だにしない。
あきらめたのか、と大男は思う。
確かに、この状況を打破することなどまずできはしないだろう。
だが大男の頭の中で、警鐘がなる。そんな単純に考えていい相手ではない、と。
しかし、全身全霊全力を持って放たれた一撃は、もうとめることはできない。
だから大男は祈る、これで終わってくれと力を一層込める。
しかし大男の思いむなしく、その希望は打ち砕かれた。
「……なッ!?」
必殺の一撃は、少年を切り裂くことも石畳を砕くこともなかった。
少年は巨剣を受け止めていた。
白刃取りならわかる。
とても受け止められる一撃ではないはずだが理解はできる。
しかし少年がやって見せたのは片手でのそれだった。
ありえない、ありえるはずがない。
武器の重さ、技、そして力を合わせた大男の繰り出せる最高の一撃だった。
それを難なく、何の苦もなく受け止められた。
殺し合いで、呆然と動きを止めるなど自殺以外の何者でもない。
しかし、それがわかっていても動きを止めてしまうほどの驚愕だった。
少年を見ると、今まで微動だにしなかった表情が変わっていた。
その表情は、口角を限界まで引き上げた、壮絶な笑みの形をとっていた。
まるでその笑みは死神の笑みだった。
その死神の笑みを見て大男は、なおさら動けなくなる。
それ故にそれは仕方がないことだったかもしれない。
普通ならば、気づいただろう少年の狙いに。
普通ならば、辛くも受け流すことができただろう。
だが、今は普通ではなかった。
それ故にそれは仕方がないことだった。
「……ふッ!!」
鋭い呼気とともに繰り出される掌底。
その掌底はまるで吸い込まれるように、巨剣の腹を打つ。
巨剣はその見た目から違うことなく、その耐久度も非常に高い。
まして子供の掌底ごときではひびすら入れることはできないはずだった。
しかし、その細腕から繰り出された掌底は、難なく巨剣を打ち砕く。
三度大男は驚愕する。
大男の目に映るそれは、ひどく現実味を欠いていた。
大男を構成するすべてが、目の前の惨状を受け入れることができなかった。
大男の思考は完全に停止していた。
しかし、少年の動きはまだとまってはいなかった。
茫然自失となった大男の懐に入り、がら空きの左胸に拳を突き立てる。
――――――――心臓破り。
徒手格闘の奥義であるそれを打ち込まれた大男は、文字通り心臓を破壊され血反吐を吐きながら倒れ死に至った。
大男は死ぬ間際に一つだけ理解した。
こいつは死神だ、と。
少年は大男の死体を無感情に見つめ、自室に戻る。
少年に城の主たる男は戦いぶりを賞賛したりせず、黙って見送る。
その男にとっては勝って当たり前、負ければ所詮それまでだったというだけなのだ。
故にその男が、少年に言葉をかけることはなかった。
そして男は大男の死体を見やり、掌を向ける。
数瞬後大男の死体は武器とともに燃え上がり、消え失せた。
明日もここで殺し合いが開かれる。
そこにゴミがあっては邪魔なのだ。
少年は自室に戻り、何をするでもなく闇を見つめる。
今日の殺し合いのことを考える。
なかなかに楽しめたと思う。
自分の敵ではなかったが相手はそれなりに強かった。
さっきのことを考えると少し気分が高揚する。
明日も楽しめるといいなと少年は思う。
ここでの娯楽は殺し合いのみ。
だから少年はそこに楽しみを求める。
今までも、そしてこれからも。
「………ふふっ」
次の殺し合いを想い、少年は笑みを漏らす。
その笑みは、大男を凍りつかせた死神のそれだった。