断章2
「ぐ、ぁああああああああっ・・・‼」
大男の叫び声が部屋に響き渡る。
顔を押さえた岩を切り出したような手からは、血がぽたぽたと流れ落ちる。
そしていつの間にか大男との距離を取っていた少年の手には丸い玉のような何かが乗っていた。
「くそ…ガキがぁ!! てめぇ、よくも、よくも俺様の目を…つぶしやがったなぁぁぁあああ!!」
大男は血に濡れた手で、巨剣を持ち構えた。
その顔にはさっきまであった、油断や余裕が消え、片目を奪われた憤怒と憎悪で満ちていた。
大男は巨剣を振り下ろす。
さっきと変わらない安直な攻撃だ。
しかし、速さと気迫がさっきとは段違いだった。
ごうっ、とうなりながら振り下ろされた斬撃は、少年にはあたらず石畳を破壊する。
しかしそこで大男の攻撃は終わりではなかった。
切り上げ、薙ぎ払い、体当たり、蹴り、突く。
その攻撃は死の風となって少年に迫る。
当たれば即死、もしくは次撃を回避できなくなってしまう一つ一つが重い一撃だ。
それを少年は、紙一重で避けていく。
避けきれないものは、ステップで威力を殺しガードする。
その動きには無駄がなく、まるで演舞でも見ているようだった。
しかしそれゆえに腹立たしい。
そこまでのスキルがありながら、反撃は一切してこないのだ。
少年の攻撃は、大男の目をつぶした一度だけ。
それ以来一度も攻撃を仕掛けてこない。
あまりの猛攻に、回避で手一杯で反撃に手が回らないとも考えられる。
いや、むしろそう考えるのが普通だろう。
だがその考えに頭の中で警鐘がなる。
そんなに単純に考えていい相手ではない、と。
大男の体力が尽きたとき攻撃に転じるのかもしれない、罠かもしれない、やはり反撃に手が回らないのかもしれない。
可能性はいくらでもある。
どれもが正解のような気がする。
そしてどれもが違う気がする。
少年を見てもその表情からは何も読み取ることはできない。
その整った顔には何の感情も浮かんでいない。
余裕、愉悦、怒り、疲労、苦痛、憎しみ何一つとして。
汗一つ掻かず、息一つ乱さず、表情一つ変えない。
この猛攻の中をだ。
一瞬でも気を抜けば死ぬ、死の嵐の中での精神的疲労は計り知れないはずだ。
なのに!! なのに、散歩をしているかのような気軽さで避けている。
いままでいろんなやつと戦った、猛者と呼ばれるような強敵と戦ったこともある。
その男が思うのだ、こいつは異質だと。
格が違う。
攻撃しているのは自分なのに、喉元に死神の鎌でも突きつけられている錯覚さえ覚える。
そんなことはありえない。
それは自分の弱気が見せる幻覚だ。
「この…化け物めぇっ!!」
大男は自分を鼓舞するためか、恐怖のためか咆哮する。
それにすら何の関心も見せずただ少年は避け続ける。
さらに苛烈さを増す大男の攻撃。
速さ重さ正確さ、どれをとっても非の打ち所のない熟練の攻撃だ。
しかしそれでも少年には届かない。
進展の見せなかった殺し合いは、次の瞬間に大きく動く。
とんっ、と少年の背は壁につく。
それはもう後ろに下がれないことを意味する。
最小限の動きで回避していたとはいえ、動ける方向が限定されれば攻撃を回避しづらくなるのは道理だ。
大男はこれを必勝の機と、必殺の一撃を振り下ろす。