断章
月の光差す、無骨な城。
城に光はなく、光源は月光のみ。
周囲は森や山が連なり、崖や谷で囲まれた陸の孤島。
さらに幻惑の魔術で、そこに辿りつけるものは皆無だった。
いや、そもそもそこに行こうとするものがいない。
本来そこには何もないはずなのだから。
カツン、カツン、と急ぐでもなく、怠惰に歩くわけでもない足音は、石でできた床や壁に響き渡る。
闇に支配された空間をまるでその場所の主のように、違和感なく、悠然と歩いていく。
彼は、城の奥深くにある部屋へと歩いていく。
迷うことなく、まっすぐに。
そして彼は、その部屋の前に着き、扉を静かに開ける。
気づいたら、この空間にいた。
城の外に出たことがない少年は光をほとんど浴びたことがない。
光を浴びず、暗闇の中で育った少年の気配はおぼろげで輪郭はぼやけているようにすら感じる。
まるで少年は闇のようだった。
肌は病人のように白く、目は赤く、髪は美しい白銀。
顔は中性的で整っている。
しかしここではそのことに、何の価値もなかった。
ここで求められることは、一つ。
生き残ること。
それだけ。
そして生き残りたければ、殺す。
使えないものに価値はない。
ここでは常に力を示さねばならない。
一日に一度殺し合いにてそれを証明する。
武器は多種多様。
剣、斧、槍、銃、弓、ナイフ、時には素手。
初めて使うからといって相手は手加減をしてくれない。
殺し合いの中で、その武器を使いこなさねばならない。
そして今日もその時が来た。
今日の相手は身の丈2メートルを超えそうな大男だ。
鋼のように鍛え上げられ、隆起した筋肉。
頭は禿げ上がり、その顔には凶悪な笑みが張り付いている。
岩を削り出したような無骨な手には、その男の身の丈ほどの幅広の巨大な剣が握られている。
浅黒く焼けた肌には、申し訳程度の皮胸当てがついている。
「おいおい、こんなガキを殺るのか? ガキをいたぶる趣味はねぇんだがなぁ、ひひひ。」
大男は下卑た笑い声をあげながらこちらを見る。
「……前置きはいい、始めろ」
この城の主の男は短くそういった。
大男は、下卑た笑みのままこちらを向いて、
「だとよ。恨むなら俺じゃなくてこのおっさんを恨んでくれよっ、なっ!」
といって、持っている大剣を振り下ろした。
何気なく振り下ろされた巨剣は、空気を切り裂きながら必殺の一撃となって少年に迫る。
ドゴォッ!!
部屋に轟音が響き渡る。
剣の重量と怪力、そして体重を乗せた一撃は石畳を粉砕し、巨剣を瓦礫埋もれさせた。
しかしそこには少年の死体はおろか、血一滴としてなかった。
「……なっ!?」
さっきまで下卑た笑みを浮かべていた大男は、言葉を詰まらせた。
少年は目の前にいた。
巨剣の横、紙一重の位置に。
大男が目測を誤ったのではなく、少年が剣筋見切り必要最低限の動きで避けたのだ。
大男は驚きで体が固まってしまった。
その時間は一秒にも満たない。
だが大男が動き出すよりも早く、少年は動く。
少年と大男の距離は2メートルもない。
少年は大男に迫り拳を突き出した。