第3話 昴
輪廻と別れた昴はその数分後、自宅に到着する。玄関のドアを開ければ、待ち伏せしていたのか、少女が飛び付いてきた。
「お帰り!お兄ちゃん!!」
少女は少し歳の離れた昴の妹、星羅だった。10歳だが容姿はとても幼く見える。
「ただいま!ってダメだろ?大人しくしなくちゃ。」
星羅を抱き上げ、頭を撫でる。星羅は目をキラキラさせて「今日は元気なんだもん。」と元気良く返事をした。昴は抱き抱えたまま、リビングに移動した。夕飯の支度をしている母親に挨拶を済ますと、星羅をソファーに降ろし部屋に戻る。パソコンの電源を入れて、鞄を置く。制服のブレザーを脱いだ頃、調度パソコンは立ち上がる。マウスを操作して、あるサイトにINする。
『神のいない世界』
最近、昴は帰ってきてこのサイトを覗くのが日課になっている。見つけたのはつい最近。ネトゲ仲間の間でちょっとした話題になって覗きに来たのがきっかけだった。
この国で神を批判するものは少ない。ましてやサイトまで使って大々的に否定するのは前例がない。あったのかもしれないが、数々の嫌がらせによって炎上し閉鎖に追い込まれているのだろう。
「今日のカキコミ量もハンパねぇな。」
掲示板を見ていると、管理人からのカキコミが入る。
刹那『なんで神様は姿が見えないんでしょうね?』
それに対しての意見が一斉に書き込まれる。
「確かにな……。見えたらみんな信じるのに。輪廻だって無神論者になんかにならなかったのに。俺だって見えたら……。」
次々に書き込まれる掲示板。管理人が信者を煽っている。盲目的に信じている信仰者達は、管理人を叩きたい様だが、逆に痛い所を突かれ黙り込む。
「分かってるんだよ……。信じてたって救われない事ぐらい。でも、それでも万が一って事があるんじゃないかって思うじゃねぇか……。毎日欠かさず祈ってれば、信じてれば……。」
そう呟きながら、キーボードを叩いている昴がいた。
スピカ『神様に縋らなきゃやってられない時もあるんです。見えなくても、何もしてくれなくても……。』
無意識だった。愚痴にも思えるその発言に反応する者はなく少し経って、管理人からのカキコミが入る。
それは神だけでなくこの国の人間を否定する様な、でもよく考えれば合理的でもっともな言葉。わかっていても認めたくない。それだけで昴は、管理人に食ってかかる。それでも半信半疑の昴は言葉が詰まる。
神様が何でも叶えてくれるなら、人は病気にはならない。死なない。医者も病院も葬儀社も墓もいらない。でも、この国には医者も病院もあって、葬儀社も墓もある。それに気付いていた昴は葛藤を繰り返していた。
「分かってる……分かってた……。でも俺には何も出来ないから……。祈るしかないから……願うしかないから……。星羅を助けたいんだよ……。」
昴は拳を握り、悔しそうに言葉を紡ぐ。
星羅は心臓病だった。特発性拡張型心筋症という、5年生きるのも約50%と低い確率の難病だ。発症は2年前。それからは学校にも行けず、病院で生活している。移植が根本的な治療になるが、莫大なお金がかかる。何より、ドナーが少なく順番待ちというのが現実だ。今日は月一回の外泊の日だった。昴は、星羅の病気が発覚してから、学校でも家でも変わらず明るく振る舞ってきた。回りに、星羅に心配かけないように。それが自分に出来る唯一の事だと思った。
俯いていた昴が、ふと顔を上げると管理人のカキコミに目が留まる。「待っている」と。揺らいだ昴の心を更に揺さぶる。そして、感情をぶちまけた事によって自分の心がスッキリとしている事に気付く。
「俺は……どうしたらいい……。」
そう言いながらマウスでメインメニューに戻り、メールの文字をクリックしていた。誘われるように、導かれるように。気が付けば、アドレスを記入して送信ボタンを押している。
家族しか知らない、星羅の病気。隠している訳ではないが、言い触らす事ではない。焦りと不安、それを聞いてくれるという甘い言葉に昴は毒されていた。