第2話 輪廻
家に帰った輪廻は、早々に自分の部屋に篭った。両親は共働きで長期出張が多い。家族三人揃う事は滅多になく、昔から一人で過ごしていて一人暮らしに近い状態になっている。一人で部屋にいる事が多い所為かネットサーフィンをするのが趣味と、かなりのインドア派だ。
鞄を無造作に置くと、パソコンを起動させた。制服のネクタイを緩めながら、立ち上がった画面を覗き込み、カチカチとマウスを動かしていく。
「どれどれっと……」
画面には『神のいない世界』と黒い背景に白抜きの字で書かれたサイトが開いていた。
サイトにINすると、掲示板へと進む。
「おー、凄いカキコミの量だね。しかも批判ばっかり。ま、そりゃそうか。この世界じゃ、神を批判するなんて異端者だからなー。しかもみんな同じ様な事しか書き込んでないよ。つまんないなぁ。」
輪廻は椅子に凭れながら、本当につまらなそうに呟く。
『神のいない世界』は無神論者用サイト。まだ新設して数日。の割に閲覧者が多い。殆どがそれを良しとしない者達の批判のカキコミばかりだが。掲示板は2種類用意され、一方は誰でも書き込め、もう一方は掲示板と言うよりチャットである。管理人からパスを渡された人間しか入れないようになっている。
輪廻は慣れた手つきでキーボードを叩く。一般用の掲示板に一言書き込む。
刹那『神様は何で姿が見えないんでしょうね?』
「どうせ、信じていれば見えます。しか返って来ないと思うけど。」
案の定、それと類似した意見が勢いよく書き込まれる。
「ホント、くだらない。でも面白いよね〜。見えなくても見えるって言い張るんだから。」
再び輪廻は掲示板にカキコミを入れる。
刹那『神様は信じれば、誰でも助けてくれるんですか?』
そう書き込めば、また続々と書き込まれる。
「当たり前です!ねぇ〜……。信じる者は救われるってやつ?アハハ!お気楽でいいね。」
このサイトの管理人は輪廻。HNは『刹那』。同志はまだ一人。それでもチャットは盛り上がったりする。チャットに入る前に輪廻は掲示板にて同志を探すのだ。
刹那『だったら、宗教間の問題で戦争になってる国を神様は何で止めてくれないのかな?神様が「私の方が正しいからあっちの神をやっつけなさい」とか言ってるの?戦争なんて誰もしたくないと思いません?』
「とは言いつつ、戦争が終わらないのは儲かる人間が吹っ掛けてるだけなんだけどさ。」
刹那『誰でも救ってくれるなら、神様は戦争をやめさせる事も簡単な訳でしょ?平和を望んだら叶えてくれるって事ですよね?あ!それとも戦争好きな神様なんですかねぇ?神様に平和を願ってる人はたくさんいるはずなのに、なんで平和にならないんだろ〜?不思議ですよねー!』
長文を打ち終えると、反応を待つ。しかしさっきの勢いは何処へ行ったのか、2、3しか意見は来ない。
「あらら、黙りこくっちゃった。返ってくるのも、つまんない意見ばっか。『まだ信仰の心が足りないのです!!』だーって。今日はハズレだな〜。もっと面白い意見が聞きたいのに。」
掲示板を閉じ、チャットルームへと移動する。
刹那さんが入室されました
刹那『あれ?いないみたいですね。また後で来まーす。』
刹那さんが退室されました
「今日は本当につまんないな〜。」
チャットから掲示板に戻る。すると鎮静化した掲示板に新しいカキコミを見つける。
スピカ『神様に縋り付かなきゃ、やってられない時だってあるんです。見えなくても、何もしてくれなくても……。』
輪廻は『スピカ』というHNに覚えがあった。でもその人物とは掛け離れたネガティブなカキコミ。
「あいつか……?別に変わったHNでもないし、違うかな。」
それでも、信じていないのに信じようとしているそのカキコミが引っ掛かって仕方ない。曖昧な立ち位置。上手くやればこちらに引き込める。輪廻はキーボードを叩く。
刹那『何もしてくれないって分かってるのに、信じるって何か意味があるんですか?それでも祈りたいなら祈ればいいと思うけど、祈ってる時間があるなら別の可能性に賭けた方がよっぽど利口なんじゃないかな?って私は思いますけどねー。』
キーボードから手を離し、回答を待つ。そして数分後、カキコミが入る。
スピカ『どうにもならないんだよ……。誰にもどうにも出来ないんだ!だったらもう神様に縋るしかないだろ!』
刹那『事情は知りませんけど、人間がどうにも出来なければ、諦めるしかないと思いますけど?』
スピカ『人の生死なんだよ!諦められっか!』
刹那『だったら尚更じゃないですか?人は死んだら生き返らない。神様が何かしてくれるなら、人は死なない。病気になったら祈ればいいだけだ。病院もいらない。でも人は死ぬし、病気にもなる。結局、祈ったって助からないものは助かりませんよ。』
横槍の入らない掲示板は珍しい。誰もいないのか、はたまた、ただ覗いているのか。
スピカ『何も知らないくせに!』
刹那『ええ、知りません。でも神様がいない事は知ってます。あと、スピカさんか知人の方かは存じませんが、もしもの時があったらきっと絶望するって事も。』
スピカ『俺は絶望なんかしない!』
刹那『本当に?神様に縋って、願いが叶わなかった時、自分の祈りが足りなかった、なんて思えます?こんなに祈ってるのになんで何もしてくれないんだ!ってなりません?その時、再び貴方の信じている神様に祈りを捧げられます?』
続く沈黙。輪廻は大きく背凭れに体重をかけながらまるで見下す様にモニターを見つめていた。とても楽しそうに渇いた笑顔で。そして、最早いるかいないか分からない相手に対して言葉を放る。
刹那『別に信仰するのは自由ですよ。私にスピカさんを止める権利はないですし。このサイトのメールフォームからメアド教えてくれれば、パスをお教えしますよ。フリーメールでも何でもいいです。これも強制ではないのでご自由に。でも私は何時でも何時までも待ってますよ。また遊びに来て下さいね。私は何もしてあげられないけど、話を聞くぐらいは出来ますから。』
そう打ち終ると、立ち上がり両手を広げた。
「アハハハハ!!これは時間の問題かな?脆いよね、人って。だから面白いんだけど。」
誰もいない家に高笑いが響き渡った。