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翌朝、高校への道を歩きながら、心が沈んでいくのを感じた。耳にはあいかわらず、無音のイヤホンがついている。
この癖をいつも注意していたアリサは、隣にいない。
よく三人で通っていた道を一人で歩かなくてはいけないことで、嫌でも日常が壊れてしまったのだと思い知らされる。
登校したら登校したで、周囲の人が僕を気づかうような雰囲気なのが、また辛かった。
みんな、僕たちが幼なじみであることを知っているのだ。
双子の姉妹というだけで、二人は有名だった。可愛らしい顔立ちをしていたから、二人で並ぶとよく目立った。
それに加えて千紗は天才だし、アリサは人気者で、双子ということを抜きにしても、彼女たちは常に注目されていた。
千紗が死んでしまったという事件は、僕の想像以上に多くの人に伝わっているらしかった。
校内を歩いているだけで、気の毒そうな視線が刺さるのも辛い。
だが前よりクラスの人に話しかけられるようになり、世間話ができる友人ができたことは嬉しかった。
クラスメイトと担任に恵まれたことは、幸福だったと言えるだろう。
それに瀬川とも、僕が登校するようになってから、前より頻繁に言葉を交わすようになった。
気が付けば、休み時間はよく一緒にいるし、昼食も一緒に食べるようになって、瀬川は校内で一番仲のいい友人になっていた。
初めて会った時は、あんなに苦手だと思っていたのに不思議だ。
瀬川は運動が得意で、堂々としていて、僕とは何もかもが正反対だったが、それでも一緒にいると落ち着いた。
♢
日々は穏やかに過ぎていったが、僕が日常に戻れば戻るほど、千紗とアリサの不在が露わになって、苦しかった。
千紗とアリサと三人で通った道、二人が座っていた席、一緒に昼を食べた食堂、いつのまにか千紗専用の席ができていた図書室。
どこに行っても千紗とアリサの影を探してしまって、僕は時折立ちすくみ、胸を掻きむしりたくなる衝動に苛まれる。
事故から一ヶ月ほどが経った、六月の終わりのある放課後。
僕はアリサの病室で、おばさんと顔を合わせた。
病室でおばさんと会うことは、珍しくなかった。
事故が起こったばかりの頃はげっそりとし、悲しみにくれていたおばさんも、少しずつ日常を取り戻しているように見えた。
『アリサのお見舞いがあるから、ずっとふさぎ込んでいるわけにいかないものね。ずっと家に閉じこもっていたら、頭がどうかしてしまいそうだもの』
泣き腫らした顔でそう話していたのが印象的だった。もちろん、だからと言って娘を失ったおじさんとおばさんの心の傷が癒えることはないのだろう。
「あら、景君。今日も来てくれたのね。いつもありがとう」
お見舞いのあと、冬月家まで着いて来てしまった。
おばさんは僕に気を使って笑みを絶やさなかったけど、以前より明らかに痩せている。
いつも明るい元気な人だという印象だったから、落ち込んでいるおばさんの姿を見るのは辛かった。
冬月家には幼い頃、何度も訪れた。
うちの両親と違い、千紗とアリサのおばさんは明るく元気で、おじさんは頼りがいのある優しい人で、理想の夫婦といった感じだった。
自宅にいるよりここにいる方がよっぽど居心地がよく、僕はよく冬月家に入り浸った。
だが千紗とアリサのいないこの家は、驚くほど静かだった。
二人がいる時は、あんなに賑やかだったのに。
「千紗の部屋に行ってもいいですか?」
「えぇ、もちろん」
僕は千紗の部屋の扉を開けてみる。
ここに来るのも、ずいぶん久しぶりだ。
アリサは意外とゲームが好きで、手先が器用なせいか、どんなゲームもうまかった。一方千紗は頭はいいのになぜかゲーム、特にアクションゲームの部類はめっぽう苦手で、「理論は分かるのに」と言いながら、悔しそうにマリオを谷底に落としまくっていた。
小学生だった頃はこの家に泊まって、三人で布団を並べ、夜遅くまでゲームをしたこともある。
千紗とアリサと過ごした時間が、全部思い出に変わってしまうのが怖かった。
僕がうつむいていると、「にゃう」という鳴き声とともに、灰色の毛玉が僕の足にまとわりついてきた。
「久しぶりだな、シャル」
シャルは僕の手に頭をすり寄せ、嬉しそうにごろごろと喉を鳴らした。猫のくせに、人懐っこいやつだ。
おそらく雑種だとは思うが、灰色の毛並みと金色の瞳は、ロシアンブルーにそっくりだった。
シャルは、僕たち三人が幼稚園児の時に拾った猫だ。
駐車場で倒れて弱っていたシャルを見つけ、千紗とアリサが「飼いたい」と両親を説得した。ちなみにうちは母がアレルギー持ちだし、父には怖くてとても話せないので、最初から選択肢に入っていなかった。
しかし千紗とアリサは、飼うのを反対された。
怒った僕たちは、「猫を飼えないなら家出する」と言って、シャルと一緒に本当に三人で家出した。「家出なら遠くに行かなくては」という謎の理論でバスに乗り、結局三人とも居眠りしてバスを乗り過ごし、まったく知らない遠い場所に着いてしまい、帰れなくなって大泣きした挙げ句、迎えに来た親たちにこっぴどく叱られた。
その無謀な大冒険があってか、結局シャルを冬月家で飼うことが認められたのだけは功績だったかもしれない。
ちなみに名前は、千紗がつけた。
確かその時、千紗が好きだった童話、『長靴をはいた猫』の作者がシャルル・ペローだったからだと思う。
僕はシャルの背中を撫でながら、呟いた。
「千紗もアリサもいなくなっちゃって、悲しいな」
シャルは分かっているのかいないのか、にゃーんと鳴いた。
この家の家族は、結局全員シャルの虜になってしまったが、中でもアリサが一番シャルを可愛がっていた。
「私、今度生まれ変わったら猫になりたいなぁ」なんて言いながら、よくシャルを毛繕いしていた。




