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テセウスの船はもう見えない  作者: 御守いちる


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中三になり、僕もアリサも、他の同学年の生徒も受験勉強でピリピリしていた時も、千紗はそんなのどこ吹く風で、ひたすら趣味の勉強ばかりしていたようだ。

千紗が望めば、それこそ国内だけではなく、海外でだって行きたい高校に行けるので、焦る必要がないから当然なのだけれど。


千紗が遠くの学校に行かずに地元で進学すると聞いて、僕は心から安心した。

その頃にはもう千紗を好きだと自覚していたが、素直にそう告げることなどできなかった。


「週に何回か、教授? に会うために、わざわざ東京の大学に通ってるんだろ? だったら東京の高校に行った方が、よっぽど楽なのに」


その時千紗は、珍しくむっとした表情で僕を睨んだ。何が地雷だったんだろう。

アリサはにこにこ笑って、千紗の頭をよしよしと撫でた。


「千紗は自慢の妹です! だからずっと私と一緒だもんね」

「妹扱いはやめてよ。双子でしょ」

「でも生まれた時間では、私の方がお姉ちゃんだもの」


アリサは明るくて優しい女の子だった。幼い頃から、ずっとそれは変わらない。

僕と千紗とアリサは全員同じ年なのに、どこか達観しているところがあって、確かにお姉さんみたいな存在だった。

いつからか、アリサは自分のことを「お姉ちゃん」と自称するようになった。

千紗にだけお姉さんぶるのならともかく、僕に対してもまるで姉のような態度を取るのは、少し気恥ずかった。だが、何年も続くうちに慣れてしまった。


「哲学って、どんな勉強をするの?」


問いかけると、千紗は淡々と、まるで自動音声のように抑揚のない声で答えた。


「哲学は英語で、フィロソフィアと言う。古代ギリシア語でフィロ=愛する、ソフィア=智、つまり、思考することを愛するのが哲学の語源。たとえば、魂はどこに存在するのだろうかとか。人間はなぜ道徳的であるべきだろうかとか。アキレスは亀に追いつけるのだろうかとか。そういうことを、考える」


要点をかいつまんでくれるのは千紗のいい所だけれど、言葉が圧倒的に足りないのは千紗の悪い所だ。

僕はぼんやりと、友人が「IQが二十以上離れていると会話が通じない」と言っていたことを思い出していた。本当だろうか。


また本を読み出した千紗の代わりに、アリサがすらすらと説明してくれる。


「私は、千紗の言うことって何も分からないけれど、ひとつ印象に残った話があったの。景君は、テセウスの船って知ってる?」

「ゲームで聞いたことあるかも。シュレディンガーの猫とか、なんか格好いい言葉はちらっと調べたことあるけど」


「今千紗が学んでいる分野は、それに似た話でね。何だか深く考えちゃった。あのね、テセウスの船っていうのは……」



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