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テセウスの船はもう見えない  作者: 御守いちる


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20/23

6-3



ハッキリ告白されたことはなかったけれど、確かに僕はアリサの気持ちに、本当は気付いていたのかもしれない。

アリサが入谷先輩に告白されたのを、断った時だって。


アリサは僕に、何か言って欲しそうな顔をしていた。

アリサの欲しい言葉は、何となく分かっていた。ちっとも気付かなかったなんて言うと、嘘になる。

「僕は臆病だから、アリサに何も言わなかった。誰かを好きだとか、付き合えないとか。そんなことを言って、僕が千紗に告白した時みたいに、三人の関係が壊れてしまうのが怖くて。……僕が好きだったのは、ずっと千紗だったから」


花火はクライマックスなのか、先ほどよりも数を増し、夜空を埋め尽くすように打ち上がる。遠くから、人々の歓声が届いた。

「千紗の気持ちは?」


千紗は自分の口を両手で塞ぎ、俯いた。

「……こんなこと、言っちゃいけない」

「どうして?」

「……私は消えるから」


僕は千紗の肩に手を乗せ、彼女の身体を引き寄せた。

「消えるかどうかなんて、分からないだろ!? いや、消えさせたりしない! 僕は千紗の気持ちが聞きたい。今聞けなかったら、一生後悔する」


千紗の瞳に、じわじわと涙が浮かぶ。

「絶対に、言わないつもりだった。一生言わないつもりだった」

それからまるで罪を告白するように、溜め息と同時に消え入りそうな声をもらす。


「……だけど、景が好き」


ぽたりと、千紗の瞳から透明な雫がこぼれる。

一度流れた涙は止まらず、ポロポロといくつも流れる。

その涙が綺麗で、思わず見とれてしまった。

だから、彼女の言葉が脳まで伝わるのに時間がかかった。


――千紗が、僕を好きだと言った?

頭がくらくらして、現実だと受け止められなかった。


確実にまたふられると思っていたから、反動で倒れてしまいそうになる。

「私も、アリサと同じだった。あの時。シャルを拾った時、このまま家に帰れなかったら、景が『千紗とアリサと結婚する』って言って。そうか、そうなったらいいのにと、思った。景とアリサと、三人で、ずっとずっと、一緒にいられたら、どんなに幸せだろうって。成長するにつれて、そんなことは無理だと分かってから、私は別の願いを持った」


まるで何かに祈るように、千紗は自分の両手の指をぎゅっと組む。


「アリサと景が結ばれて幸せになれば、それでよかった。アリサは、お姫様だから」


「……学芸会か」


僕たちは、長い長い時間を一緒に過ごした。

だからいくつかの単語を言えば、すぐにそれに結びついた記憶がすぐに蘇る。

小学五年生の時、同じ学年の生徒が全員参加する学芸会が行われた。

アリサはみんなの推薦で、シンデレラの一人になった。

おばさんは、張り切って衣装を作った。


そのおかげで、純白のドレスを着たアリサは、本当にどこかの国で大切に育てられた、お姫様みたいだった。

他にも何人かシンデレラはいたが、幼なじみの欲目がなくても、アリサのシンデレラが一番可愛かった。


「シンデレラの時のアリサは、確かに綺麗だったね」

「真っ白なドレスを着て、ティアラをつけて。顔が同じでも、やっぱり全然違うって思った。アリサは可愛くて明るくて、みんなに愛されていた」

シンデレラ役のアリサは大好評で、しばらく学校を歩いているだけで、アリサは様々な人に声をかけられていた。


アリサの人気はそれまでに増して上昇し、宿泊学習では何人もの男子に告白されていた。アリサはそんな彼らのことを、困ったような笑顔ですべて断っていた。

「私は魔法使いで、アリサと景が幸せになるのを影から見守れれば、幸せだった。ひっそりとした森の奥で、誰にも気付かれないように暮らすのが似合っていると思った」

千紗はなるべく劇に出たくない、セリフが一言もない役がいいと断固主張していたが、結局じゃんけんに負け、魔法使いの役をしていた。

暗い色のローブを被り、木で出来たステッキを持って、魔法をかける。

あれはあれで、ちょっとミステリアスな雰囲気が千紗にハマっていたけれど。


僕は苦笑しながら言う。

「僕とアリサが幸せにって言っても、僕はあの学芸会、王子様じゃなくてねずみ役だったけどね」

ねずみ役もやはりたくさんいて、そのうちの一人だった。完璧な脇役だった。

僕は元々、お姫様になんて全然釣り合わない種類の人間なのだ。

「だからあの時、僕の告白を断ったの?」

「……ごめんなさい」



僕は中学二年の時、千紗に告白して、振られている。

あの日のことは、いつ思い出しても苦い。

千紗が東京の高校に進学してしまうかもしれないと早とちりし、それならせめて告白しようと思い立ったのだ。


僕は放課後千紗を呼び出して、彼女に好きだと告げた。

告白された千紗は、こっちが申し訳なくなるくらい、困惑した表情だった。

いつもの考え事をする時の癖で、長い髪を耳にかけ、ずいぶん悩んでいた。

僕はそんなに迷惑なことを言ってしまったのだろうかと、逃げ出したくなった。


『……景のことは好きだけど、幼なじみとしか見られない』


その答えは、すとんと僕の胸に落ちた。

告白する前から、そう言われるような気さえしていた。

それは、非常に千紗らしい答えだと思った。

そうだよな、と納得はしたけれど、ショックで砕け散ってしまいそうだった。


僕は動揺しながらも何とか「分かった」と言って、「気まずくなるのは嫌だから、今まで通りにしてほしい」と告げた。

千紗は落ち着いた表情で、それを受け入れた。


僕の生まれて初めての告白は、それでお終い。呆気なく失恋して、終わったはずだった。

「本当はあの時から、両想いだったってこと?」

いや、その話が本当なら、もっとずっと前から、もしかしたら――シャルを拾った頃から、僕たちは両想いだったのかもしれない。

「なんか、ずいぶん遠回りしてしちゃったんだね」


千紗は小さく頷く。

「ずっと景が好きだった。だけど、それ以上に、アリサとあなたがうまくいくことを望んでいた」

「どうして……」

「私は一生誰とも結婚しないで、少し離れた場所からアリサと景が幸せに暮らしているの見守ることができたら、それで幸せだって、本当にそう思っていたの。いつかアリサと景が結婚して、そのうち子供が生まれて。私は一人でお婆ちゃんになって、本を読みながら、シャルと暮らすのが似合ってると思っていた」

「妄想力たくましすぎるよ。僕もアリサも、千紗を一人になんてしないよ」


不安そうな千紗の手を、そっと握る。

彼女の指先は、震えていた。

「不器用で意地っ張りで、分かりづらくて。だけど誰より優しい千紗が、大好きだ」

彼女を見ていたら、理由もなく視界が滲んできた。

「千紗、好きだよ。ずっとずっと、千紗が好きだった」

僕は千紗の細い背中を、ぎゅっと抱きしめる。


『私はもうすぐ消える』

千紗の言葉を思い出すと、胸が締め付けられた。

「消えてしまうなんて、嘘だ……!」


千紗の鼓動が伝わってくる。

……いや、この鼓動はアリサの物か?

分からない。だけど、確かに千紗は今、僕の目の前にいるのに。


「伝えるはずだったんだ」

千紗の瞳が、涙を溜めてキラキラと揺れる。

「生きている間に、千紗に僕からちゃんと、伝えるはずだったんだ! 何度だって、言えばよかった。会えなくなる前に、何度だって……! 断られたって、嫌われたって、何度でも好きって言えばよかった!」


全部幻なんて、嘘だ。

目を閉じると、遠くで花火があがる音と、人々の歓声が聞こえた。


彼女の唇に、自分のそれを重ねる。

まるではじめからそうすることが決まっていたように、自然にそうした。

千紗の目蓋から零れた涙が、僕の頬を濡らす。

視線が合うと、ずっと苦しそうな顔をしていた千紗が、嬉しそうに頬を緩めた。


「私も好きだよ、景」


今までの人生の中で、一番幸せな瞬間だった。



――このまま、永遠に時間が止まったらいいのに。





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