表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
テセウスの船はもう見えない  作者: 御守いちる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/23

6-1



月曜日、無事停学が開けて、僕は再び高校に登校できるようになった。

校内を歩いていると、やはり噂になっているのか、知らない生徒が僕の姿を見て、ひそひそと声を立てる。


「あの人だって、入谷先輩を殴って停学になったの」

「うそー、大人しそうな顔してるのに」

「ケンカしまくってるって本当?」


してません。

あらぬ誤解も生まれているみたいだけど、どうせ知らない人だし、まぁいいか。

「おはよう、景」


靴箱で、僕を待っていた千紗に声をかけられた。

今日は委員会の仕事があったので、先に登校していたのだ。

「おはよう」

いつもと同じように挨拶できることに安堵する。

千紗が目覚めた頃は、梅雨だった。


あとどれくらいの季節を、一緒に過ごせるだろう。

――きっと、そんなに長くはいられない。残りの時間のことを考えると、ぎゅっと胸が痛んだ。


「もうすぐ夏休みだね」

「そうね。色々あった」

千紗は数秒何かを考えるように押し黙ったが、やがて口を開いた。

「夏祭りに、一緒に行ってほしいの」

僕は驚いて、思わず息を飲んだ。

近所の神社の夏祭りは、この辺りではなかなか有名だ。学生ならたいてい友達や恋人と行きたがるし、僕と千紗とアリサも、幼い頃はよく一緒に行っていた。


だから今年は千紗を誘おうと心に決めていたのだ。それが、まさか千紗の方から誘ってくれるとは。

「うん、一緒に行こう。っていうか、僕から誘うつもりだったんだ」

そう答えると、千紗はほっとしたように目を細めた。

もし千紗が夏祭りに一緒に行ってくれるのなら、もう一つ決めていたことがある。



夏祭りで、千紗に告白しよう。



ずっとそう、決めていた。

たとえ、結果は中学の時と同じでも。伝えないまま、彼女が消えてしまうのは嫌だった。



 ♢



夏祭りの当日、僕は千紗を家の前まで迎えに行った。

しかし千紗にしては珍しく、待ち合わせの時間になっても、外に出ていなかった。

千紗は時間を正確に守るし、待ち合わせをすれば大抵五分前には到着しているので、不思議に思った。


「ごめんなさい、景。待たせた?」


そう言って、玄関先から現れた千紗は、浴衣姿だった。

僕はいつもと違う装いの千紗に、思わず目を奪われる。


「浴衣だ……」


白地に、ピンクの花模様。そして淡い黄色の帯が、なんともアリサっぽいセレクトだった。聞くまでもなく、アリサの持ち物なのだろう。

僕を見つけると、後ろにいたおばさんが嬉しそうに千紗の背中を押した。

「景君、いつもありがとう! この子、すごく楽しみにしてたのよ」

「お母さん、余計なこと言わないでいい! 景、早く行こう!」

千紗は複雑そうな表情で、急かすようにカランと下駄を鳴らす。

「行ってらっしゃい」

「はい、九時前には送りますから!」


僕はおばさんにお辞儀をして、千紗の隣を歩き出した。

千紗は照れくさそうに口を尖らせながら、言い訳のように話す。

「景とお祭りに行くって言ったら、お母さんが勝手に盛り上がってしまって」

「アリサだったらお祭りで浴衣なんて、絶対すっごくオシャレするもんね」

「そう、だから、服なんて適当でいいって言ったら、怪しまれると思って」


髪の毛も千紗のおばさんが結んだのか、綺麗にまとめられ、花のかんざしがついている。

「でもすごく似合ってる」

素直に褒めると、千紗はふわりと微笑んだ。

「隣を歩く僕が、普通のTシャツなのが申し訳ないくらい」

「服なんて、着られれば何でもいいと思う」


「「その方が効率的」」


 二人の声が重なり、顔を見合わせてくすくす笑った。

確かにそうだろう。だから千紗は、いつもどこで買ったのか訊ねたくなるような、変な言葉が書かれた服を着ていたのだ。


けれど最近の千紗は、アリサの服を着ているからオシャレだ。

正直変なTシャツを着ている千紗を見られないのがちょっと寂しい、なんて言ったら呆れるだろうか。

「でもね、アリサの服を着るようになって、アリサのようにオシャレをするようになって、初めて、こういうことが楽しいという気持ちも、分かった」

「そっか」

「アリサは、メイクは魔法だって言ってた。新しい化粧品を使うと、ワクワクして、今までと違った自分になれるんだ、って。それで、大切な人に会いに行きたくなるって。その時は、全然理解できなかったけれど……今はそうなのかもって、思うようになった」


そんなことを話しながら、僕たちは祭りが行われる神社へと向かった。目的地に近づくにつれ、どんどん人が増えていく。


「人、すごいね。昔はもっとのんびりしたお祭りだったのになぁ」

などと話している間にも、次から次へと来る人たちに、ぐいぐいと押し流されてしまう。ぼんやりしているうちに、千紗を見失ってしまいそうだ。

僕は一瞬躊躇したけれど決心し、千紗に向かって左手を差し出した。

「千紗、手を繋がないと、はぐれちゃうよ!」

千紗は少しキョトンとしていたけれど、迷っている間に人に押されてハッとしたのか、僕の手を強く握った。僕は千紗の細い腕をそっと引き寄せ、もう片方の手で彼女の肩を支えて歩く。

人に押し潰されているのもあって、まるで抱きしめているような形になった。顔を少し下げれば、ぶつかりそうな位置に千紗の顔がある。

意識しないようにと考えれば考えるほど、勝手に頬が熱くなった。


幼い頃は、どこに行く時も千紗とアリサと手を繋いで、三人並んで歩いていたのに。

子供の頃は、それが普通だった。

いつの間にか、知り合いにからかわれるのが恥ずかしくなって、自然に手を繋ぐことができなくなっていた。

僕はドキドキしているのを気取られないように、千紗に声をかける。


「食べたいものとかある?」

「……りんご飴」

「好きだよね、千紗。お腹減ってる?」

「……焼きそばとか」

「千紗、焼きそばも好きだよね」

「だって、お祭りって主食になるものは焼きそばくらいでしょう」

「とりあえず、屋台をぐるっと回ってみようか」


千紗はこくりと頷いた。

僕たちは、並んでいる出店をぐるりと冷やかした。

一通り楽しんだ千紗と僕は、花火を見る場所を探すことにした。

「花火、どこからだと見えるかな。やっぱりあらかじめ場所取りしとかないと、人気の場所は既にいっぱいだね」

「別に私は花火、見えなくてもいいけど」

「いや、せっかく来たんだし見ようよ」


――千紗と花火を見られるのは、これが最後になるかもしれないんだし。

そんな言葉が浮かんだけれど、もちろん言えるわけがなかった。


僕たちはしばらく周囲をうろうろした後、神社の裏手にある、石段に腰掛けた。

周囲にはあまり人気がなく、緑に囲まれて、ひんやりした空気が流れていた。

石段の下には、立派な赤い鳥居が建っているのが見える。

「ここはあんまり人がいなくていいね」

「えぇ、ずっと大勢の人間がいる場所を歩いていると、疲れる」

小さく息をついた千紗の視線が、自分の足に向かっているのが気になった。

そういえば、さっきもチラリと足元を見ていた気がする。


僕が千紗の足先を見つめると――下駄で靴擦れをおこしたらしく、足の甲をそっと擦っていた。

「ごめん、全然気付かなかった! 早く歩きすぎたね」

僕は、ふがいなさでいっぱいになった。

元々女の子の方が歩くのが遅いんだ。そうでなくても下駄をはいて歩きにくいんだから、もっと気をつけてあげるべきだった。いつから痛みを我慢していたのだろう。

「このくらい、全然平気。……と言いたいところだけど、アリサの身体だから。傷一つつけないように、大切にしないと」


千紗は持っていた巾着から絆創膏を取り出し、貼り付けた。

儚く微笑んだ千紗の笑顔が綺麗で、僕は唇をぎゅっと結ぶ。

アリサに身体を返す前提で、千紗はずっと今を過ごしている。その事実が、僕はどうしようもなく悲しかった。


気持ちを切り替えるように夜空を見上げながら、千紗がゆっくり言葉を紡ぐ。

「何年ぶりだろう。こうやって、景とお祭りに来るのは」

「昔は、いつも三人でお祭りに来てたのに。いつからか、来られなくなったよね」

去年も、一緒に夏祭りには来られなかった。

幼い頃は、千紗とアリサと三人で祭りに来ていた。

でも小学四年生の頃くらいから、クラスメイトに冷やかされるのが恥ずかしくて、千紗とアリサを誘わなくなった。クラスの男友達と祭りに行くようになった。

「三人で一緒に来た場所に来るとさ、色々思い出すよな」

千紗も昔のことを思い出したのか、クスクスと笑った。

「アリサはねだるのがうまいから、色んな出店でおまけしてもらって、いつも景品を多くもらっていた」

「そうそう。アリサはそういうの得意だから。金魚を袋いっぱいに貰った時は、さすがに困ったよね。あの金魚、結局どうしたんだっけ?」

「悩んだ挙げ句、一匹だけ貰って、後は店に返しに行った。水槽に入れて育てていたけれど、すぐに死んでしまった」


死んだという言葉が想像以上に重い響きで、僕たちはしばらく沈黙した。

やがて、千紗が打ち明けるように話し出す。


「ずっと……景に隠していたことがあって」

「何?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ