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テセウスの船はもう見えない  作者: 御守いちる


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4-1



その週の土曜日、僕と千紗は県内にある図書館へ出かけた。

最初に千紗を見つけた時、僕は驚愕して叫んだ。


「変なTシャツじゃない!」

千紗は珍しく、普通の女の子っぽい……と言ってはなんだが、オシャレな服装だった。白いカットソーに、淡い花柄のスカート姿だ。


「千紗、いつも変なTシャツばっかり着てたのに……」

「これはアリサの服。アリサが私の服を着たら、両親におかしいと思われる」

「よかった、効率厨は卒業したんだね」

そう言うと、千紗は唇を尖らせる。

「ファッションショーに出るんじゃないんだから、服なんて何でもいい」


朝の九時すぎだったからか、館内にはまだまばらにしか人がいなかった。

僕たちは、二人の魂をどうにか助ける方法がないかと、調べにやってきたのだ。

正直図書館にある本にそんなことが書いてあるかと言うと、絶望的に思えるけど……。何もやらないで家でぼけっとしているよりはましだろう。

それから僕は、関係のありそうな本について手当たり次第に調べた。

魂と肉体のことについて書いてある本を読んでみたけれど、そのほとんどはスピリチュアルな占いの本だったり、手から波動が出るなんていう宗教色の強いものだったり、哲学書だったりした。役に立ちそうな項目は、まるでない。


そもそも魂とは、どこにあるのだろうか? そんなの、平凡な高校生に分かりっこない。だって、見たことがないのだから。

僕のイメージだと、ふわふわした光る丸い球体で、色は薄い黄色か白という感じだけれど、どうしてそういうイメージを持っているかというと、アニメやドラマで魂が現れる時、そういう形だからとしかいいようがない。

魂に似たような物なら心があるけれど、心と魂は同義なのだろうか。

心は目に見えないけれど、確かに存在する。

怒りや悲しみ、喜びや愛情。誰かを大切に思う気持ち。憎む気持ち。羨む気持ち。不安や信頼。

心がどこにあるか問えば、心臓や脳と答える人も多いかも知れない。

しかし心臓を移植したからと言って、その人の心が他の人間に宿るわけではない。

今の時代なら人工心臓だってあるようだが、心臓を人工物に変えたから心がなくなるなんてありえない。

思考を司るのは脳だけれど、やはり脳を移植したからと言って、心が別の人に宿るわけではない。Aさんの脳をBさんに移植したからと言って、Bさんの心はBさんのままだ。



そんなことを考えた時、僕は以前アリサが話していた「テセウスの船」の話を思い出した。

ある船を修理するため、少しずつ部品を入れ替えていく。

一つだけ部品を入れ替えただけなら、その船は当然元の船のままだろう。だが、全部の部品が別の部品と置き換えられた時、その船は最初の船と同じものと言えるだろうか?

また、置き換えられた部品でもう一隻船を作った場合、どちらが本物なのか? そういう話だ。

人間を人間たらしめるものは、心だ。


もしアリサの腕がなくなり、別の人間の腕を移植したって、アリサはアリサだ。アリサの目が視力を失い、別の人間の目を移植しても、やっぱりアリサのままだろう。

だが、アリサの身体がある。そこに千紗の魂が入っている。

それはアリサと千紗、果たしてどちらなのだろうか?


考えているうちに、だんだん嫌気がさしてきた。それに、少し罪悪感のようなものを抱く。こんな考えを持っていること自体が、二人への裏切りのような気がした。

千紗は千紗、アリサはアリサだ。似ているからと言って二人は別人だし、どちらかがどちらかの代わりになるなんてこともありえない。


僕は本を抱え、確保した席で真剣に何かを読んでいる千紗の元へと歩いた。

「千紗、成果はあった?」

千紗は表紙にクマの絵が大きく描かれた、薄い本に見入りながら話す。

「懐かしい。この童話、大好きで小さい頃よく読んでいた」

あろうことか、千紗が読んでいるのは童話だった。僕はむっとして、険のある声でたずねた。

「千紗、真面目にやってる?」

「真面目にやってる」


彼女の心は外部からの出来事に何の影響も受けないとでも言うように、凪いでいるように見える。

僕はずっと千紗のことを真剣に考えて色々調べていたのに、千紗はまったく関係のなさそうな童話を読んでいるなんて。


だんだん腹がたってきて、持っていた本を乱暴に机に叩きつける。

「そうは思えない。千紗から、必死さが感じられない」

「そんなことない。それに、本は大切に扱って」

僕は千紗の正論に、さらにイライラした。

確かに図書館の本を大切に扱うべきだが、今はそれ以上に考えることがあるはずだ。

千紗は澄んだ瞳をこちらに向ける。


「景は、成果があった?」

僕はその質問に、口をつぐむ。

成果なんてない。最初から、あるわけがないのだ。

当たり前だ。図書館の本に、魂を別の人の所へうつす方法なんか、書かれているわけがないのだ。最初からここに来たのが無駄だと言われたみたいで、僕は唇をかみ締める。


「……もういい」

僕はそのまま、図書館を出て行く。

「待って、景」

千紗が僕を呼び止めるのが聞こえたけれど、僕はそれを無視してすたすたと歩いた。

僕は千紗がすぐに追ってくるかと思って振り返ったけれど、千紗が図書館から出てくる気配は一向になかった。それにまた腹が立った。


自分から出て行ったのに、追いかけてくれないのが気にくわないなんて、あまりにも子供っぽいと思う。母親の前で駄々をこねて、母親がかまってくれるのを待っている子供にそっくりだ。そんな自分に嫌気が差した。


数分後、やっと図書館から出て来た千紗は、いつも通り無表情だった。

焦ったり、少しでも申し訳なさそうな顔でもしてくれれば、僕も謝れるのに。

そして千紗の第一声がトドメを刺した。

「……景、空腹だから怒っているのではない?」

「そんなわけないだろっ!」

僕はむすっとしたまま彼女に問いかけた。

「どうしてすぐに僕を追ってこなかったの?」

「本を、元々あった場所に戻していた」

「……千紗の行動は、いつも正しいよ」


千紗はいつも正しい。

その正しさが、時々誰かを苛立たせる。それは彼女も承知しているはずだ。

千紗は冷静な顔つきで、じっとこちらを見つめる。

僕は嫌味のつもりで彼女に言った。


「だけど正しいからと言って、それが正解じゃない場合だってある」

「……私は現状を受け入れている」

「現状って?」

「何らかの奇跡で、私の魂がこの場所に存在すること。そして私はアリサがきちんとこの身体に戻るのなら、それ以上は求めない」

その言葉に、思わず声を荒げる。

「僕はそれが嫌だから! 二人とも、助けたいから必死なのに! 千紗は最初から、どうせ僕には何もできないと思ってるんだろ!」

「そんなこと、ない」

たくさんのひどい言葉が浮かんだ。これ以上一緒にいると、千紗を傷つけてしまいそうだった。

「もういい」

僕は今度こそ千紗を待つのをやめて、走って彼女を置き去りにした。



結局、ケンカ別れみたいになってしまった。

僕は自分の部屋で、自己嫌悪でいっぱいになっていた。

「せっかく千紗に会えたのに、何でケンカしてるんだろ」

というか、僕が一方的に怒っていただけだけれど。千紗の魂がいつまでとどまっていられるか分からないのに、無駄な時間を使ってしまった。


――千紗に謝らないと。



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