プロローグ
僕の祖父も祖母も八十をすぎても元気な人で、葬式というものにはこれまで一度も縁がなかった。
だから僕が生まれて初めて参列した葬儀は、好きな女の子――冬月千紗のそれだった。
何が起こっているのか、僕はきっといまだに理解できていないのだ。
いつも穏やかに笑っているところしか見たことのない千紗の母親が、声をあげてむせび泣いている。
千紗は「私には友だちがほとんどいない」なんて言っていたが、参列者は次から次へと訪れ、ずっと途切れなかった。
葬儀場にあるモニターに、棺が開く様が映し出される。僕はたまらず駆け出し、中をのぞきこんだ。
誰かに手の込んだ悪戯だと言ってほしかった。
千紗の姿を見るまでは、信じられない。
けれど、千紗の姿は確かに棺の中にあった。
たくさんの花に囲まれた棺の、その中心に千紗が横たわっていた。
真っ白な顔で、死化粧をされ、白い死装束を着ている。
安らかな表情だった。
本当に、眠っているだけのようだ。
気が付いたら、涙が静かに頬をつたっていた。
千紗のことは、幼稚園児だった頃から知っている。
僕たちは幼なじみで、高校生になるまで、ずっと隣の家に住んでいた。僕たちは、ずっと三人一緒だった。
だから、どうしても信じられない。
――千紗が死んだなんて、嘘だ。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。
「千紗……! 嘘だって言ってくれよ!」
まるで世界のすべてが暗闇に閉ざされたような絶望だった。
やがて千紗の棺は、火葬場に送られた。
千紗が炎に包まれて燃やされている光景を想像して、吐き気がした。
本当なら、棺にすがりついて彼女の身体が燃えるのを阻止したかった。たとえその行為に、何の意味もないとしても。
僕は耐えきれなくなって、途中でその場から逃げ出した。
その後、僕は市内の総合病院に向かった。
どうしても今日、ここに来なければいけないと思ったのだ。
病院の白いベッドには、千紗と瓜二つの少女が眠っていた。
細い腕にはたくさんの点滴がつながれ、機械音が規則的に鳴っている。
周囲の友人は「二人が並んでいると見分けがつかない」なんて言っていたが、こうやって見ると、そっくりなようにも、それほど似てないようにも見える。
病院のベッドで眠っているのは、アリサだ。アリサは、千紗の双子の姉だ。
アリサは真っ白な顔で、静かにベッドに横たわっている。
アリサの姿と棺の中にいた千紗の姿が重なって、思わず唇が戦慄く。
だがアリサは、小さく呼吸していた。
彼女が生きていることを確認して、ほっと息を吐く。
アリサはいつも明るく、周囲の人に笑顔を振りまいていた。アリサのまわりには、いつもたくさんの友人がいた。
それなのに、今のアリサは眠ったままで、ちっとも動かない。
返事がかえってこないことは分かっていたけれど、話しかけずにはいられなかった。
「……アリサ、千紗の葬儀が終わったよ」
病室の中には、規則的な機械音しか響いていない。
「千紗が、いなくなっちゃった」
そう呟くと堪えきれなくなって、僕はその場にうずくまって泣いた。
あの事故の日から、すべてが変わってしまった。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。
神様がいるなら、どうかあの事故の前に二人を戻して欲しい。
僕の大切な幼なじみたちを、千紗とアリサを、どうか、どうか帰してほしい。
二人が帰ってくるなら、僕は何だってするから。




