第9話 血と思想
国境で流れた血は、王都の空気を変えた。
翌朝の新聞は大きく見出しを打つ。
――限定衝突、若手騎士負傷。
その下には、さらに小さな文字でこうある。
――王任期制導入直後の緊張。
思想と血が、同じ紙面に並んだ。
*
王城評議室は荒れていた。
「報復を求める声が地方から上がっています」
アルヴェルトが報告する。
「特に北部は強硬です」
ユリウスが苦い顔で言う。
「民は怒っている。理屈では抑えられない」
レティシアは腕を組む。
「怒りに乗れば、相手の思う壺だ」
「だが抑えれば弱腰と取られる」
均衡は、刃の上だ。
私は静かに言う。
「軍の増強は」
「防衛線を一段引き上げました。挑発はしていません」
「良い」
挑発には乗らない。
だが備えは見せる。
*
王都広場。
王制不要派の旗が増えていた。
「王がいるから血が流れる!」
「共和制なら戦争はない!」
その言葉は単純で、強い。
対抗する声も上がる。
「隣国の侵略だ!」
「王が退けば止まる保証はあるのか!」
怒号が交錯する。
セラフィナの負傷は、象徴になった。
守ったのか、守らされたのか。
物語は、人が作る。
*
商会会館。
「戦争になるなら資産を外へ」
「今のうちに逃げるべきだ」
恐怖が支配する。
リリアは机を叩いた。
「逃げれば、誰が残るの?」
沈黙。
「王制が揺らいでいる? そうかもしれない」
「でも」
彼女は一人一人を見る。
「揺らいでいるのは、私たちよ」
目が合う。
「国境で血が流れた。だからこそ冷静でいるべきでしょう?」
「怒りに任せて制度を壊す?」
誰も答えない。
「壊すのは簡単」
低く言う。
「でも作るのは、時間がかかる」
その言葉は、静かに広がった。
*
王城。
私はセラフィナの容態を再確認する。
「安定しています」
医官が言う。
命に別状はない。
だが負傷は事実だ。
私は窓辺に立つ。
王がいるから血が流れる。
その言葉は、完全に否定できない。
王という存在は、象徴だ。
象徴は狙われる。
だが象徴がなければ、矢はどこへ向く?
民へか。
評議へか。
市場へか。
レオンハルトが背後に立つ。
「迷っているな」
「ええ」
「退けば止まると思うか」
「わかりません」
「なら退くな」
短い言葉。
「退くのは、制度が整った後だ」
私は振り返る。
「制度は整っていない?」
「まだだ」
彼は淡々と言う。
「王がいなくても回る形になっていない」
それが答えだった。
王の期限は宣言した。
だが王の“後”は設計されていない。
*
セレスタ公国。
「限定衝突は想定内です」
ミレイアが報告する。
カイエルは目を伏せる。
「若者が傷ついた」
「戦争ではありません」
「だが血は血だ」
彼は静かに言う。
「王制は象徴を必要とする。象徴がいる限り、矢はそこへ向かう」
「それが我々の正当性?」
「違う」
彼は首を振る。
「我々は、民が自ら矢を持つ社会を望んでいる」
理想は美しい。
だが現実は濁る。
カイエルは窓の外を見た。
「王が進化するなら、我々も進化せねばならない」
*
夜。
王城前で小規模な衝突が起きた。
石が投げられ、盾が構えられる。
だが致命的には至らない。
ぎりぎりで止まる。
止めているのは誰か。
王か。
民か。
制度か。
私は一人、王冠を見つめる。
王は永遠ではない。
だが王が退く前に、整えるべきものがある。
王がいなくても揺れない制度。
思想が刃にならない構造。
血が価格に変わらない市場。
私は静かに決意する。
任期制は第一歩。
だが足りない。
王位そのものを、選ばれる形に変える。
血ではなく、評議ではなく。
民意と制度の交点に。
血と思想が交錯する夜。
静かな戦争は、確実に深まっていた。
だが。
崩れてはいない。
まだ。
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