第7話 揺らぐ市場、揺らぐ心
任期制の宣言から三日。
市場は一度落ち着きを取り戻したかに見えた。
だが、安定は脆い。
「小麦の価格が上がっています」
フィオナが報告書を差し出す。
「輸入商が一時的に様子見に入った影響です」
「不足ではなく、不安か」
「はい。不安は在庫を滞らせます」
数字は回復しきっていない。
通貨は持ち直したが、商人の心理は戻らない。
私は窓の外を見る。
王都の市場は、いつもより静かだった。
*
港町。
波止場には、停泊したままの船が並ぶ。
「出港は?」
「見合わせだ。価格が安定するまでな」
荷を積んだまま動かない船。
それだけで流通は滞る。
リリアは商会の会議室に立っていた。
「このままでは価格はさらに上がる」
「だが今出せば赤字だ」
「赤字で済めばいいが、暴動になれば商売どころではない」
議論は平行線。
若手商人が苛立つ。
「王が任期制を導入したんだろう? なら落ち着くはずだ」
「制度が変われば、すぐ現実が変わるわけじゃない」
リリアは静かに言う。
「信用は積み重ねだ」
彼女は窓から港を見下ろす。
王が進化した。
だが民は、今のパンの値段で生きている。
*
王都のパン屋。
「また値上げか」
「仕入れが上がってるんだ」
列に並ぶ民衆の表情は険しい。
「王制が揺れているからだ」
「いや、隣国が圧力をかけてるんだ」
議論は尽きない。
だが腹は減る。
*
王城。
「任期制発表で支持は回復傾向ですが」
アルヴェルトが淡々と告げる。
「生活不安が続けば、再び揺れます」
「当然だ」
私は頷く。
「理念だけでは、空腹は満たせない」
フィオナが続ける。
「商会に協力を要請しますか」
「いいえ」
私は首を振る。
「要請ではなく、対話を」
*
その日の夕刻。
王城に商会代表が招かれた。
リリアもその中にいる。
王と民間代表の直接対話は珍しい。
「小麦流通の停滞について」
私は率直に切り出す。
「価格が上がれば、王制への不満と結びつく」
商会側がざわつく。
「それは脅しか」
年配商人が言う。
「いいえ」
私は静かに返す。
「事実です」
沈黙。
「王制が揺らいでいるから価格が上がるのではありません」
「価格が上がるから、王制が揺らぐのです」
その言葉に、リリアが目を細める。
王は責任を外に押し付けない。
それが、強さか。
あるいは覚悟か。
「商会は利益を守る」
リリアが言う。
「ですが国家が崩れれば、利益は消えます」
視線が集まる。
「一時的に赤字を受け入れる枠を設ける」
彼女は提案する。
「王城が信用を保証するなら、流通を再開します」
ざわめき。
アルヴェルトが低く問う。
「保証とは」
「一定期間の損失補填」
大胆だ。
私は即答しない。
王が商会の損失を補填すれば、前例になる。
だが。
「条件付きで承認します」
私は答えた。
「期間限定。透明化を前提に」
リリアはわずかに息を吐く。
「了解しました」
*
翌朝。
港町から船が出る。
市場に小麦が戻る。
パン屋の列は、少し短くなる。
価格はすぐには戻らない。
だが流れは動いた。
フィオナが報告する。
「市場心理、安定傾向」
「完全ではないな」
「ええ」
私は頷く。
揺らぎは消えていない。
ただ、広がらなかっただけだ。
*
その夜。
王城の庭で、私は一人立っていた。
任期制。
流通保証。
軍事抑止。
全てが応急処置だ。
制度は、まだ進化しきっていない。
扉が開く。
レティシアだ。
「国境で緊張が高まっている」
「演習は続いている?」
「ああ。だが兵の動きが変わった」
「どう変わった」
「前線が近い」
私は目を閉じる。
思想は刃。
経済は圧力。
そして軍は、最終手段。
揺らぐ市場。
揺らぐ心。
だが揺らぎの中で、見えるものもある。
王は、永遠ではない。
だが期限のある王が、期限のない危機にどう向き合うか。
試されるのは、ここからだ。




