第5話 王の期限
雷鳴の翌朝、王都は重たい雲に覆われていた。
演習は続いている。
通貨は持ち直しつつあるが、不安は消えていない。
そして何より――
王制不要論は、静かに根を張っている。
*
評議室では、いつになく緊張が漂っていた。
「王権のさらなる制限を提案します」
地方代表ユリウスが言う。
「非常時においても、王単独の決定権を持たないよう明文化を」
ざわめきが広がる。
アルヴェルトが慎重に口を開く。
「現行制度でも王単独決定は極めて限定的だ」
「“極めて”では足りない」
ユリウスは食い下がる。
「制度は、疑念を残さない形であるべきです」
正論だ。
だが正論は、時に削る。
レティシアが低く言う。
「戦場で即断できなくなる」
「戦場を作らなければいい」
ユリウスの返答は冷静だった。
思想は、現実に触れ始めている。
*
その日の午後。
私はレオンハルトを呼んだ。
「率直に聞きます」
「なんだ」
「王に期限は必要でしょうか」
彼は一瞬、驚いたように目を細めた。
「任期制か」
「はい」
言葉にすると、現実味が増す。
「王が永遠であるように見えることが、不安を生むのなら」
「期限を設ける」
「ええ」
沈黙が落ちる。
レオンハルトはゆっくりと歩き、窓辺に立った。
「王は永遠ではない」
「だが制度が永遠であるためには、王の終わりが見えていた方がいい」
私は彼を見る。
「反対ですか」
「いや」
彼は首を振る。
「だが覚悟がいる」
「覚悟」
「自ら退く覚悟だ」
その言葉は、重かった。
*
同時刻、商会会館。
「王に期限を設ける?」
リリアは目を見開いた。
情報は早い。
評議での議論はすぐに伝わる。
「噂ですが」
若手商人が言う。
「王が任期制を検討していると」
会館がざわめく。
「それなら共和制に近いじゃないか」
「王が期限付きなら、危険は減る」
リリアは黙って聞いていた。
王が自ら期限を設ける。
それは弱さか、強さか。
「……王は、退けるのか」
無意識に呟いていた。
*
セレスタ公国。
「王が任期制を?」
ミレイアが報告する。
カイエルは目を細めた。
「動いたか」
「我々の影響ですか」
「半分はな」
彼は椅子に深く座る。
「王が進化すれば、共和思想は吸収される」
「それでは我々の目的は」
「目的は王制の崩壊ではない」
彼は静かに言う。
「民が主体になることだ」
王が自ら退くなら、それもまた一つの形。
だが。
「問題は」
カイエルは窓の外を見る。
「王が退いた後、何が残るかだ」
*
王城。
私は一人、古い記録を読み返していた。
王家の歴史。
血統の継承。
争い。
簒奪。
暗殺。
王位は、常に“終わらないもの”として扱われてきた。
だからこそ、争われた。
もし王に期限があれば。
王位は奪うものではなく、受け渡すものになる。
それは、均衡に近い。
だが。
机の上の王冠を見る。
それは私のものではない。
制度のものだ。
私は手を伸ばしかけ、止める。
王が自ら退く。
それは制度を強くする。
だが同時に、私自身を弱くする。
王としての権威。
威圧。
永続性。
それらを手放す。
雷が再び鳴る。
国境の演習はまだ終わらない。
通貨は不安定なままだ。
思想は広がっている。
王に期限を設けることは、弱さと見られるかもしれない。
だが。
私は静かに呟く。
「永遠である必要はない」
王が終わる前提で設計された制度。
それこそが、均衡ではないか。
私は立ち上がる。
次の評議で提案する。
王任期制。
王の期限。
王は、永遠ではないと明言する。
静かな戦争は、次の段階へ進む。
守るだけでは足りない。
進化するしかない。




