第4話 演習という名の圧力
国境地帯に展開したセレスタ軍は、「演習」と称して陣を敷いた。
だが演習にしては、兵数が多い。
「三千」
報告書を読み上げるレティシアの声は低い。
「補給隊も含めれば四千に近い」
「侵攻の兆候は」
「今のところはない」
“今のところ”。
その言葉が重い。
王城評議室には、地方代表と商会代表も呼ばれていた。
地方代表ユリウスが口を開く。
「王制不要論で揺れているところに軍を見せるとは……」
「露骨だな」
アルヴェルトが頷く。
「思想と軍事を同時に使う。古典的だが効果的だ」
フィオナが続ける。
「市場は再び警戒を強めています」
数字は正直だ。
恐怖を、即座に反映する。
私は地図を見つめる。
国境はまだ遠い。
だが圧力は、ここまで届いている。
*
王都では、声が二つに割れ始めていた。
「王制を守れ!」
「いや、王がいるから狙われるんだ!」
若者の集会は規模を増し、商会の中でも意見は対立する。
リリアは会館の窓から広場を見下ろしていた。
「軍が出たって?」
後輩商人が駆け込んでくる。
「はい。国境で演習を」
彼女は唇を結ぶ。
「王がいるから挑発されるのか」
自問のような言葉。
だが、すぐに首を振る。
「違う」
隣国は常に力を見せる。
王がいても、いなくても。
「問題は、こちらが揺れていること」
揺れている国は、狙われる。
王制そのものではない。
揺らぎが標的だ。
*
王城。
レオンハルトが地図の前に立つ。
「出陣は早計だ」
「わかっています」
私は答える。
「演習に対して軍を動かせば、相手の思う壺です」
「だが無反応も弱さと見られる」
均衡は、常に綱渡りだ。
レティシアが言う。
「国境防衛線を一段上げる。見せるだけだ」
「戦わずに示す」
「それが剣の役目だ」
私は頷く。
「許可します」
レティシアは静かに一礼し、部屋を出た。
戦場ではなく、抑止のための移動。
それでも兵は緊張する。
*
その夜、再び通貨が揺れた。
「軍事不安が原因です」
フィオナが告げる。
「売りが増えています」
「準備金は」
「まだ余裕はあります」
私は深く息を吐く。
「演説を行います」
「軍事について?」
「いいえ」
私は窓の外を見る。
「王についてです」
*
翌日。
王都広場は再び人で埋まった。
王が続けて姿を見せることに、賛否はある。
だが今は、隠れるべきではない。
「隣国が軍を展開しました」
私は率直に告げる。
ざわめき。
「それは王制のせいだ、と言う声もあります」
さらにざわめきが広がる。
「ですが、王がいなくなれば軍は消えるでしょうか」
沈黙。
「王がいなくなれば、国は一つになるでしょうか」
私は群衆を見渡す。
「王制を疑うことは自由です」
「廃すべきだと主張することも自由です」
「ですが」
声を強める。
「揺らいだままでは、どの制度でも狙われます」
風が吹き、旗が揺れる。
「今、問われているのは王制ではありません」
私は胸に手を当てる。
「この国が、揺らがずにいられるかです」
沈黙の後、誰かが拍手をした。
少数だ。
だが確かに響いた。
*
夜。
報告が入る。
「通貨、下落幅縮小」
フィオナが静かに言う。
「軍事的緊張は維持されていますが、パニックは回避」
私は頷く。
完全勝利ではない。
だが崩れていない。
*
同時刻、セレスタ公国。
「王は逃げませんね」
ミレイアが言う。
「逃げない王は、強い」
カイエルは腕を組む。
「だが強い王は、いずれ限界を迎える」
「限界?」
「個人は、永遠ではない」
彼の目が細められる。
「そこを突く」
*
王城の執務室。
私は一人、灯りの下で考えていた。
王は、永遠ではない。
カイエルの言葉。
討論の一節。
それが頭を離れない。
もし王が永遠でないなら。
制度は、王の終わりを前提に設計されるべきではないか。
任期。
選出。
退位。
まだ構想にすぎない。
だが、揺らぎは確実に教えている。
王制は守るだけでは足りない。
進化しなければ、いずれ崩れる。
窓の外、遠くで雷鳴が鳴った。
演習は続く。
思想は広がる。
数字は揺れる。
静かな戦争は、確実に深まっていた。




