第3話 数字は嘘をつかない
討論から三日。
王都は平穏を装っていた。
だが、装いにすぎない。
「南方市場、王国銀貨の売りが急増しています」
フィオナの声は冷静だった。
執務室の机に広げられた帳面には、赤い印が増えている。
「意図的ですか」
「ほぼ確実に」
彼女は次の紙を差し出す。
「売りの大半は、セレスタ経由の商人です」
討論と同時に、数字が動いた。
偶然ではない。
「通貨攻撃、というわけか」
レティシアが不機嫌そうに言う。
「剣よりも性質が悪いな」
「ええ」
私は帳面を閉じる。
思想は波だ。
だが経済は、波が形になったものだ。
*
商会会館。
リリアは重い扉を押し開けた。
中では緊迫した声が飛び交っている。
「銀貨が落ちている!」
「金貨へ換えろ!」
「いや、様子を見るべきだ!」
恐怖は伝染する。
彼女は机を叩いた。
「静かに」
ざわめきが止まる。
「落ちているのは価値ではありません」
「じゃあ何だ」
「信用です」
視線が集まる。
「討論で王制が揺らいだ。そう“見えた”。だから売られている」
「なら王が悪いのか?」
その問いに、リリアは即答しなかった。
「王が悪いのではありません」
静かに言う。
「王が永遠であるように見えることが、不安を生むのです」
自分の言葉に、わずかに違和を覚える。
永遠である必要はない。
あの討論の一言が、頭から離れない。
*
王城。
「準備金は」
「十分あります」
フィオナが答える。
「ですが使えば、市場は“防衛”と見ます」
「弱さと受け取られる」
「はい」
アルヴェルトが低く言う。
「王制不要論と通貨下落が結びつけば、厄介だ」
王がいるから不安定だ。
その物語が完成すれば、売りは止まらない。
私は立ち上がる。
「市場に出ます」
「陛下」
「数字は嘘をつきません」
だが、数字の意味は人が決める。
*
翌朝。
王自ら、財務報告を公開する。
王城ではなく、王都広場で。
群衆が集まる。
私は簡素な壇上に立った。
「王国の準備金は十分です」
ざわめきが走る。
「通貨は、制度に支えられています」
帳簿を掲げる。
「この制度は、王一人で動いているわけではありません」
地方評議、商会監査、外交合意。
全ての数字を示す。
「王制が揺らげば通貨が揺らぐのではありません」
私ははっきり言う。
「信頼が揺らげば、通貨が揺らぐのです」
沈黙。
「王を不要と言うのは自由です」
広場が静まる。
「ですが制度を疑うなら、数字を見てください」
その場にいた商人が息を飲む。
私は続ける。
「均衡は、理念ではありません。積み重ねです」
拍手はまばらだった。
だが、その夜。
フィオナが報告する。
「下落が止まりました」
「反転は?」
「まだです」
止まっただけでも十分だ。
*
セレスタ公国。
「王自ら財務を公開した?」
カイエルが目を細める。
「はい。市場は落ち着きつつあります」
ミレイアが報告する。
カイエルは苦笑した。
「賢いな」
「想定内では?」
「いや」
彼は首を振る。
「王が動くと、制度が強くなる」
王が象徴ではなく、責任者である限り。
だが、と彼は続ける。
「揺れは消えていない」
窓の外で、若者たちが共和制の旗を掲げている。
「思想は数字より遅い。だが深い」
*
夜。
私は一人、王冠を手に取る。
重さは変わらない。
だが意味が変わり始めている。
王がいるから安定しているのか。
制度があるから安定しているのか。
もし制度があるからなら。
王は、いずれ――
そのとき、扉が叩かれた。
「陛下」
フィオナの声。
「国境でセレスタ軍の演習が始まりました」
私は王冠を机に置く。
思想。数字。
そして軍。
静かな戦争は、静かではなくなりつつあった。
均衡は、試されている。
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