第22話 越境の足音
夜半、国境前哨地。
霧の向こうで、鉄の音が重なった。
「……動いている」
見張りの兵が低く呟く。
灯りが増え、旗が揺れ、陣形が変わる。
演習のはずの陣が、半歩だけ前へ出る。
越境ではない。
だが、越境の“形”だ。
*
「セレスタ軍、前線を押し上げました」
王城に報が入る。
レティシアの目が鋭くなる。
「規模は」
「三個中隊」
「侵攻命令は」
「確認できず」
私は地図を見る。
赤い印が、国境線に触れかけている。
「迎撃準備は」
「整っている」
「撃つな」
私は言う。
評議室が静まる。
「越境していない限り、撃つな」
「だが」
「撃てば、戦争です」
短い沈黙。
レティシアはうなずく。
「耐える」
*
前哨地。
セラフィナは馬上にいる。
包帯は外れた。
視線は霧の向こう。
「焦るな」
隣の上官が言う。
「わかっています」
だが若い兵たちはざわついている。
「踏み込んでくるぞ」
「撃てばいい」
「命令は?」
揺れるのは兵の心。
セラフィナは言う。
「守るのは国境」
「怒りじゃない」
その声は静かだが、通る。
*
王都。
噂が走る。
「侵攻が近い!」
「王はどうする!」
「任期制どころじゃない!」
市場は再び不安を帯びる。
リリアは港から王都へ戻る馬車の中で報を受けた。
「越境はしていない」
「でも時間の問題かも」
彼女は拳を握る。
「戦争になれば、全てが崩れる」
思想も、制度も。
*
セレスタ公国。
「前線を押し上げた」
ミレイアが報告する。
「越境は?」
「していない」
「それでいい」
カイエルは静かに言う。
「越えれば戦争」
「越えなければ圧力」
「王は撃てない」
「撃てば理念が崩れる」
彼は目を閉じる。
「理念と現実の間で、王は削られる」
*
王城、評議室。
「軍事的威嚇に対し、声明を出すべきです」
アルヴェルトが言う。
「出します」
私は答える。
「だが挑発はしない」
「言葉で釘を刺す」
フィオナが補足する。
「市場安定のためにも、冷静さを示す必要があります」
王の一言が、数字を動かす。
言葉は武器だ。
だが使い方を誤れば刃になる。
*
夜。
国境。
霧が晴れ、両軍が互いを視認する。
距離は、あと数十歩。
セラフィナは息を整える。
越えれば撃つ。
越えなければ耐える。
その境界線。
静かな足音が近づく。
セレスタ兵が一歩前へ出る。
ざわめき。
だが、そこで止まる。
挑発だ。
完全な越境ではない。
レティシアの命令が飛ぶ。
「動くな」
兵たちは耐える。
数分。
数時間に感じる。
やがてセレスタ兵は半歩退く。
全面衝突は起きない。
だが緊張は極限に達した。
*
王城。
報が届く。
「越境なし」
私は深く息を吐く。
今日も戦争は起きなかった。
だが勝ったわけではない。
削られている。
信用を。
神経を。
制度の余裕を。
*
夜更け。
私は塔に立つ。
王都の灯りが揺れる。
王は期限付き。
軍は耐え。
市場は揺れ。
民は迷う。
越境の足音は止まった。
だが消えてはいない。
次に揺れれば、限界を超える。
だからこそ。
決断は近い。
王位選出制の具体化。
移行の明文化。
曖昧さを断つ。
静かな戦争は、最終局面へ近づいている。
越境はなかった。
だが境界線は、心の中で揺れている。
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