第21話 金の流出
それは、静かに始まった。
中央銀行の金庫室。
帳簿の数字が、夜のうちにわずかに動く。
「国外送金が急増しています」
フィオナの声は抑えられているが、緊張は隠せない。
「どこへ」
「複数経由ですが、最終的にはセレスタ市場へ」
私は数字を見る。
じわじわと、確実に削られている。
金準備。
国家の信用の最後の砦。
「一気ではない」
「ええ」
「だが止まらない」
これが本命だ。
軍事は影。
思想は刃。
経済は心臓。
*
王城評議室。
「非常宣言を出すべきだ!」
強硬派が声を上げる。
「金が尽きれば終わりだ!」
「尽きていない」
フィオナが冷静に返す。
「だがこのままでは」
「止めます」
私は言う。
視線が集まる。
「防衛策を段階的に強化」
「流動性を確保」
「貿易保証を拡張」
アルヴェルトが低く言う。
「財政は削られる」
「覚悟しています」
今は、崩さないことが優先。
*
商会。
「金が流出している?」
ざわめきが広がる。
「本当か!」
「王城が隠しているのでは!」
リリアは机を叩く。
「隠していない」
「数字は公開されている」
「でも減っている!」
「減っているが、尽きていない」
彼女は続ける。
「今パニックになれば、流出は加速する」
「だから我慢しろと?」
「我慢ではない」
「選択よ」
沈黙。
彼女の声は疲れている。
だが揺れない。
*
セレスタ公国。
「効果が出ています」
ミレイアが言う。
「王国は準備金を削っています」
「軍は動かず」
カイエルは窓の外を見る。
「王は退かない」
「ええ」
「ならば」
彼は静かに言う。
「退いた後を疑わせる」
市場に流れる噂。
――王退位後、混乱必至。
――次代王争奪。
――制度未整備。
噂は刃より鋭い。
*
王城。
「退位後の不安が拡大しています」
フィオナが報告する。
「王位選出制が具体化していないことが原因」
「当然だ」
私は頷く。
設計が曖昧なまま、期限だけが示された。
空白は恐怖を生む。
「ならば具体化する」
私は決める。
「王位選出評議会の設置を提案」
「候補資格の明文化」
「移行期間の明示」
アルヴェルトが目を細める。
「今、そこまで踏み込むか」
「今しかありません」
*
夜。
中央銀行前の列は再び伸びていた。
「金は安全か!」
「紙幣は価値があるのか!」
フィオナ自らが現場に立つ。
「金準備は公開されています」
「不足していません」
「噂に流されないでください」
数字を示す。
透明性。
信頼の最後の盾。
*
王城、深夜。
私は一人、金庫室に立つ。
冷たい空気。
並ぶ金塊。
これが国家の信用。
だが本当の信用は、金ではない。
制度だ。
信頼だ。
王が退いても揺れない構造。
それを作れなければ、この金は意味を持たない。
扉が開く。
アーネストだ。
「陛下」
「どうしました」
「市場は不安を抱えています」
「知っています」
「任期制が原因です」
「一因でしょう」
「ならば凍結を」
私は首を振る。
「金は流出している」
「だが王の言葉まで流出させるわけにはいかない」
沈黙。
「退位後の設計を急ぎます」
「それが不安を抑える」
アーネストは目を伏せる。
「間に合いますか」
「間に合わせます」
即答。
それが王の役目だ。
*
夜が明ける。
市場はまだ揺れている。
国境は緊張したまま。
港は完全には戻らない。
だが国家は立っている。
金は流出している。
だが尽きてはいない。
静かな戦争は、核心へと近づく。
王は立つ。
期限付きの王として。
制度を完成させるために。
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