第2話 公開書簡
王都に貼り出された書簡は、驚くほど簡潔だった。
――王制の正当性を論証せよ。
たった一行。
だがその一行が、王都の空気を変えていた。
市場では魚を並べながら議論が起き、酒場では杯を傾けながら言い争いが始まる。
「王がいるから今があるんだ」
「制度が整ったからだろう?」
「だったら王はいらないじゃないか」
誰も怒鳴っていない。
それが余計に不気味だった。
怒りは衝動で終わる。
だが疑問は、広がる。
*
王城評議室。
「討論は受ける」
私が言うと、沈黙が落ちた。
アルヴェルトが静かに問う。
「勝算は?」
「思想に勝敗はありません」
「世論は別です」
フィオナが冷静に続ける。
「市場は不安に敏感です。討論で劣勢と見られれば通貨は揺れます」
レティシアは腕を組む。
「言葉の戦だな」
「ええ」
私は書簡を机に置く。
「王制を守るための討論ではありません」
全員の視線が集まる。
「均衡を守るための討論です」
*
同時刻。
セレスタ公国。
高い天井の議場で、カイエル・ヴァン・セレスタは微笑していた。
「王は応じるそうです」
側近の女性――ミレイアが告げる。
「当然だ。拒めば敗北だ」
彼は窓の外を見る。
「王国は賢い。だからこそ危険だ」
「危険、ですか」
「王制が進化すれば、共和思想の居場所がなくなる」
ミレイアはわずかに目を細める。
「では、討論で王を倒すおつもりで?」
「倒す? 違う」
カイエルは首を振る。
「揺らすだけでいい」
思想は刃ではない。
侵食だ。
*
三日後、王都大講堂。
公開討論は前代未聞の規模となった。
貴族、商会、地方代表、若者、兵士。
誰もが席を埋める。
壇上には二つの席。
私はゆっくりと腰を下ろす。
対面に座るカイエルは、穏やかな笑みを浮かべていた。
「初代再編王」
「セレスタ新指導者」
形式的な挨拶の後、司会が宣言する。
「討論開始」
先に口を開いたのはカイエルだった。
「王制は、民の直接的承認を受けていません」
静かな声。
「選挙もなく、任期もない。民は王を退けることができない」
ざわめき。
「それは、民を未成熟な存在とみなしているのではありませんか?」
視線が私に集まる。
私は立ち上がらない。
座ったまま答える。
「王制は、民を未成熟と見なしていません」
「ではなぜ選挙を?」
「選挙は多数派の意思を反映します」
私は続ける。
「ですが国家は、多数派だけで構成されていません」
会場が静まる。
「王は、多数派にも少数派にも属さない立場で、均衡を保つ存在です」
カイエルが微笑む。
「均衡。便利な言葉です」
「便利ではありません。重い言葉です」
私は彼を見据える。
「多数派が熱狂したとき、誰が止めますか」
「民自身が責任を負う」
「責任を負う頃には、国家は壊れているかもしれません」
空気が張り詰める。
思想は、火花を散らす。
*
討論は二時間続いた。
王制の危険。
共和制の分断。
任期制。
権力集中。
どちらも完全ではない。
最後にカイエルが言う。
「王は必要かもしれません」
会場がざわつく。
「ですが、永遠である必要はありません」
その一言が、胸に刺さる。
私は一瞬、言葉を失った。
永遠である必要はない。
その通りだ。
討論は引き分けと報じられた。
だが夜、フィオナが報告する。
「通貨が下落しています」
「理由は?」
「討論の評価が割れたため。不安定と見られました」
思想は、数字に変わる。
私は窓の外を見る。
広場ではまだ議論が続いている。
王はいらない。
王は必要だ。
声は混じり合い、止まらない。
私は静かに呟く。
「永遠である必要はない……」
もしそうなら。
王は、終わりを前提に設計されるべきではないか。
均衡は守る。
だが、形は変わるかもしれない。
静かな戦争は、もう始まっていた。




