第17話 市場の悲鳴
朝の鐘が鳴る頃、王都中央銀行の前にはすでに長い列ができていた。
「引き出しに来ただけだ!」
「念のためだ!」
「王制が揺れていると聞いた!」
声は荒く、だがまだ暴力ではない。
不安は形を持たない。
だからこそ広がる。
*
王城。
「通貨が急落しています」
フィオナの報告は短く、重い。
「金準備の流出が加速」
「どの程度だ」
「三日で一割」
空気が凍る。
アルヴェルトが低く言う。
「偶発ではない」
「ええ」
私は頷く。
「仕掛けられている」
セレスタの経済攻勢。
思想と軍事の影に隠れていた本命。
信用の崩壊。
*
商会会館。
「価格を上げろ!」
「在庫を抱えろ!」
「いや、今は出すべきだ!」
議論は怒号に変わる。
リリアは中央に立つ。
「上げれば火に油よ!」
「でも赤字だ!」
「赤字で済むなら安いわ!」
机を叩く。
「暴動になれば、港も市場も止まる!」
沈黙。
商人たちは利益を追う。
だが混乱は利益を飲み込む。
*
王城、財務室。
地図の代わりに、数字が並ぶ。
「防衛策は」
「準備金をさらに投入できます」
「副作用は」
「財政赤字拡大」
短期の安定と、長期の不安。
均衡は、常に犠牲を伴う。
「やります」
私は決断する。
「今は崩さない」
フィオナが頷く。
*
午後。
王都でパンの価格が再び上がった。
「またか!」
「いつまで続く!」
広場で怒号が上がる。
王制不要派が叫ぶ。
「王が弱いからだ!」
王権強化派が叫ぶ。
「改革が早すぎる!」
思想は、経済に寄生する。
リリアは群衆の前に立つ。
「価格は戻る!」
「保証は?」
「商会が出す!」
ざわめき。
「王城と協力する!」
一部が反発する。
「また王か!」
「国家が崩れれば、商会も終わる!」
彼女の声は揺れない。
*
国境。
セレスタ軍はさらに増強された。
だが侵攻はしない。
睨み合い。
圧力。
戦わずに削る。
*
セレスタ公国。
「効果が出ています」
ミレイアが報告する。
「王国通貨は不安定」
「軍は動かない」
カイエルは静かに言う。
「動かないから効く」
「王はどう出ますか」
「耐えるだろう」
彼は目を閉じる。
「だが耐える王は、疲弊する」
*
王城、夜。
私は一人、机に向かう。
数字が並ぶ。
赤字。
流出。
防衛。
任期制を宣言した。
王位選出制を示唆した。
だが市場は問う。
持続可能か。
王は、期限付きでこの危機を乗り切れるのか。
扉が開く。
「陛下」
セラフィナだった。
腕にはまだ包帯が残る。
「復帰を願います」
「まだ早い」
「国境が揺れています」
若い目は真っ直ぐだ。
「守りたいのは王ですか」
彼女は問う。
「国です」
即答する。
彼女は一瞬微笑む。
「同じです」
その純粋さが、胸を締める。
*
深夜。
中央銀行前の列はさらに伸びた。
取り付け騒ぎ。
まだ暴動ではない。
だが限界は近い。
フィオナが低く言う。
「明日が山です」
「ええ」
私は頷く。
「越えられるか」
「越えます」
王は強がる存在ではない。
責任を引き受ける存在だ。
市場の悲鳴は、まだ叫びになっていない。
だが静かな戦争は、確実に深まっている。
思想は刃。
刃は数字。
数字は不安。
それでも。
均衡は、まだ崩れていない。




