第14話 王権の威厳
王都中央広場に、再び人が集まった。
だが今回は王の演説ではない。
壇上に立ったのは、アーネスト・グラン=カリオ。
若き王家分家の旗印。
「王は、揺らいではならない」
よく通る声が広場に響く。
聴衆は静まり返る。
「任期制は責任の明確化だと陛下は仰る」
「だが」
彼は一歩前に出る。
「期限付きの王は、期限を意識する王だ」
ざわめき。
「期限を意識する王は、人気を意識する」
「人気を意識する王は、民意に迎合する」
空気が緊張する。
「それは王か?」
問い。
「それは政治家ではないか?」
支持者の一部から拍手が起こる。
「王は、風向きで動く存在ではない」
「国家の軸だ」
彼の言葉は、単純で力強い。
王制不要論に対抗する形で、今度は“王権強化論”が生まれた。
*
王城。
報告を受けながら、私は黙っていた。
「広場は落ち着いていますが、支持は二分されています」
アルヴェルトが言う。
「アーネスト卿の演説は効果的です」
フィオナが補足する。
「若年貴族層の支持が増加」
レティシアが短く言う。
「敵は外だけじゃないな」
「敵ではありません」
私は静かに答える。
「問いです」
問いは敵より厄介だ。
*
その夜、アーネストは王城に招かれた。
非公開の対話。
広い執務室に、二人きり。
「見事な演説でした」
私は言う。
「ありがとうございます」
礼儀正しいが、揺るがない視線。
「あなたは王を強くしたいのですね」
「当然です」
「どのように?」
「揺らがぬ象徴として」
「民意に左右されない存在として」
私は椅子に腰掛ける。
「民意に左右されない王は、民から遠ざかります」
「遠ざかってもいい」
即答。
「王は距離を保つべきだ」
その言葉は、王族の思想だ。
血統の思想。
「では」
私は問い返す。
「その王が誤れば?」
沈黙。
「誤らぬよう育てる」
「誰が?」
「王家が」
答えは明確だ。
制度より血を信じる。
*
「アーネスト卿」
私は静かに言う。
「あなたは王を守りたい」
「はい」
「私は国家を守りたい」
一瞬、彼の眉が動く。
「王と国家は同一ではありません」
「同一であるべきです」
「同一にすると、崩れたときに全て崩れます」
言葉が重なる。
彼は若い。
だが理想は真剣だ。
「あなたは王を制度に組み込もうとしている」
「はい」
「それは王の矮小化だ」
「それは王の人間化です」
沈黙。
夜の灯りが二人の影を伸ばす。
「陛下は、退く覚悟があると仰った」
「あります」
「では」
彼は一歩近づく。
「退いた後、混乱が起きたら?」
鋭い問い。
「責任は?」
「制度の不備です」
私は答える。
「私の不備でもあります」
アーネストは初めて、わずかに息を呑んだ。
*
「王が責任を取ると言うなら」
彼は言う。
「王は、退くべきではない」
「最後まで立つべきだ」
その言葉は、忠誠か、挑戦か。
「最後まで立つために」
私は静かに言う。
「退く準備をするのです」
沈黙。
二人の思想は交わらない。
だが理解はある。
「あなたは、強い王を望む」
「私は、強い制度を望む」
どちらも国家を思っている。
それが厄介だ。
*
王城を出た後、アーネストは夜空を見上げた。
「制度が王を縛る」
彼は呟く。
「それが正しいのか」
彼の背後に影が差す。
「迷われていますか?」
低い女性の声。
振り返る。
黒い外套の女。
「あなたは」
「名は不要です」
彼女は微笑む。
「ただ、選択肢を示す者」
セレスタの密使。
「王が弱くなれば、国家は揺れる」
「その揺れは、止められない」
アーネストは沈黙する。
「あなたの理想を守る道もあります」
「王権を強化する道です」
彼の拳がわずかに握られる。
思想は、孤独な夜に揺らぐ。
*
王城。
私は窓辺に立つ。
王権の威厳。
制度の柔軟性。
どちらが正しいのか。
おそらく、どちらも必要だ。
だが両立は難しい。
嵐は外だけではない。
王城の中でも、思想はぶつかり始めた。
静かな戦争は、さらに深まっていく。




