第13話 割れた評議
王城評議室の空気は、これまでで最も重かった。
円卓を囲む者たちの視線は交わらず、机の上の書簡だけが静かに存在感を放っている。
「王任期制は拙速です」
最初に口を開いたのは、若い貴族だった。
整った顔立ちに、自信に満ちた眼差し。
アーネスト・グラン=カリオ。
王家分家の出身。ここ数年で急速に頭角を現した人物だ。
「王が期限を示すことは、王権の弱体化に他なりません」
ざわめきが広がる。
私は静かに彼を見る。
「続けてください」
「王は揺らがぬ存在であるからこそ、民は安心する」
彼の声は若いが、よく通る。
「期限付きの王は、暫定の王です」
「暫定の王に、国家の命運を託せますか?」
鋭い。
理屈は通っている。
ユリウスが反論する。
「永遠であると装うことが不安を生むのだ」
「それは弱い王の理屈です」
空気が張り詰める。
レティシアがわずかに身を乗り出したが、私は手で制した。
「アーネスト卿」
「はい」
「あなたは、王はどうあるべきだと?」
「威厳を保つべきです」
即答だった。
「外圧に揺れず、思想に流されず」
「王は、国家の柱です」
柱。
私はその言葉を反芻する。
「柱が折れれば、国家は倒れる」
「ならば折れぬ柱を保つべきです」
沈黙。
彼の言葉は、王族復帰派の心を代弁している。
王は制度の一部ではなく、中心であるべきだ、と。
*
「だが」
私は静かに口を開く。
「柱が硬すぎれば、地震で砕けます」
視線が集まる。
「揺れに耐えるのは、柔軟さです」
アーネストは眉をわずかに動かした。
「王が期限を示すことは、弱さではありません」
「責任です」
「退くと決める王は、私欲で権力を握りません」
円卓の空気が変わる。
「任期制は、王を弱くするのではなく」
「王を制度の一部に戻します」
その言葉に、一部が頷き、一部が険しくなる。
評議は割れた。
賛成と反対は拮抗。
結論は持ち越された。
*
評議後、廊下。
「お見事でした」
アーネストが近づいてくる。
礼儀正しい笑み。
「若さゆえの発言だと思われましたか?」
「いいえ」
私は首を振る。
「あなたは本気だ」
「当然です」
彼の目は真っ直ぐだ。
「王権が弱まれば、隣国はつけ込む」
「それは事実です」
「ではなぜ削るのです」
問い。
私は少し考えてから答える。
「削られる前に、自ら整えるためです」
アーネストは沈黙した。
理解している。
だが納得はしていない。
「王が制度の一部になるなら」
彼は静かに言う。
「制度が崩れたとき、誰が責任を取るのですか」
「王です」
即答。
彼はわずかに目を細めた。
「その覚悟は、おありですか」
「あります」
廊下に、短い沈黙が落ちる。
*
その夜。
王都の一角。
アーネストは密やかに一通の書簡を受け取った。
差出人は明記されていない。
だが紋章は見覚えがある。
セレスタ公国。
彼は封を切らず、火にかざす。
炎が揺れる。
「王は進化する」
彼は呟く。
「だが進化が正しいとは限らない」
炎が書簡を飲み込む。
密約は、まだ形にならない。
だが種は蒔かれた。
*
王城。
私は一人、机に向かう。
評議は割れた。
王制支持と不要論だけでなく、
王制内部も揺れ始めた。
これは外圧ではない。
内部からの問いだ。
王は柱か。
制度の一部か。
揺れに耐えるため、柔らかくなるか。
それとも固くなるか。
遠くで雷鳴が鳴る。
嵐はまだ来ていない。
だが雲は厚い。
静かな戦争は、外だけではない。
王城の中でも、始まっていた。




