第11話 均衡の責任者
広場の臨界点は越えなかった。
だが、傷は残った。
王制支持と不要論は拮抗し、国境の緊張は続き、通貨は安定と不安の間を揺れている。
均衡は、保たれている。だが、常に傾いている。
*
王城執務室。
「支持率は回復傾向です」
アルヴェルトが報告する。
「広場での宣言が効いたかと」
「だが完全ではない」
フィオナが補足する。
「若年層は依然として王制不要論に傾いています」
当然だ。
彼らは戦争を知らない。
だが理想を知っている。
理想は強い。
*
私は王冠を見つめる。
王は象徴だ。
象徴は、理想と衝突する。
だが王は、理念ではなく機能でなければならない。
「陛下」
レオンハルトが入室する。
「広場は落ち着いた」
「ええ」
「だが一時的だ」
「わかっています」
彼は私を見つめる。
「お前は何を守っている」
「均衡です」
「王制ではなく?」
私は首を振る。
「王制は手段です」
沈黙。
「ならば迷うな」
彼は静かに言う。
「王制が不要なら変えろ」
「必要なら守れ」
「だが」
彼は一歩近づく。
「王が不要かどうかではない」
「均衡が不要かどうかだ」
その言葉が、芯を突く。
*
商会会館。
リリアは書類をまとめていた。
流通保証の効果は出ている。
だが反発もある。
「王に近づきすぎだ」
「商会の独立が損なわれる」
批判は避けられない。
彼女は窓の外を見る。
広場は静かだ。
だが火種は消えていない。
「王は変わろうとしている」
彼女は小さく呟く。
「なら、民も変わらなきゃ」
壊すのではなく、設計に関わる。
それが次の段階だ。
*
セレスタ公国。
「王は任期制に続き、選出制まで言及した」
ミレイアが報告する。
カイエルは頷く。
「追い詰められたからではない」
「進化している」
「だが」
彼は目を細める。
「進化が早すぎる」
「早すぎる?」
「民が追いつかない」
制度が進化し、民が理解しなければ、空白が生まれる。
そこに思想は入り込む。
「王は強い」
カイエルは言う。
「だが強い王ほど、依存を生む」
*
王城。
私は草案を読み返す。
第二次再編案。
・王任期制(十年)
・再任は評議承認制
・王弾劾制度
・王位完全選出制への段階移行
王族特権の削減。
王は血ではなく、制度の上に立つ。
だが。
王位を完全選出制にすれば、争いは起きないか。
選挙は分断を生まないか。
理想は単純だ。
現実は複雑だ。
*
夜。
医務室を訪れる。
セラフィナは眠っている。
若い。
まだ理想に満ちている年齢だ。
彼女が守ったのは、国境か。
それとも制度か。
私は彼女の横に立ち、静かに言う。
「王は、守られる存在ではない」
守る側だ。
期限付きでも。
永遠でなくても。
均衡の責任者として。
*
翌朝。
私は再び広場に立った。
今回は演説ではない。
対話だ。
「王がいなくても回る制度を作る」
「本当にできるのか?」
若者が問う。
「できます」
「なぜ言い切れる」
「私が退くからです」
ざわめき。
「退くと決めた王は、制度を私物化しません」
静寂。
「王は権力の頂点ではありません」
「責任の頂点です」
その言葉が、広場に落ちる。
誰も拍手はしない。
だが、怒号もない。
均衡は、わずかに戻った。
*
王城へ戻る途中、レティシアが言う。
「綱渡りだな」
「ええ」
「落ちるなよ」
私は微笑む。
「落ちるときは、制度ごと落ちます」
「縁起でもない」
彼女は肩をすくめる。
だが目は真剣だ。
*
その夜。
報告が入る。
「セレスタ軍、補給線を拡張」
私は地図を見る。
静かな戦争は終わらない。
思想は刃となり、
刃は数字となり、
数字は兵となる。
それでも。
王は立つ。
期限付きの王として。
均衡の責任者として。
そして私は、知っている。
次の一手を打たねばならない。
制度を、さらに進化させるために。




