第10話 広場の臨界点
王都広場は、昼前から人で埋まっていた。
旗が揺れ、声が重なり、怒号が波のように押し寄せる。
「王制を廃せ!」
「いや、守れ!」
衝突はまだ起きていない。
だが、空気は限界に近い。
臨界点。
*
王城評議室。
「警備を増やしました」
レティシアが報告する。
「だが武装は目立たせない」
「刺激するな」
アルヴェルトが短く言う。
フィオナが続ける。
「市場は様子見。だが広場が荒れれば一気に動きます」
思想は数字に変わる。
怒号は価格になる。
私は立ち上がる。
「広場へ行きます」
「陛下」
「今、王が隠れれば終わる」
止める声はなかった。
*
広場。
群衆は二つに割れている。
中央には、わずかな空間。
そこへ、リリアが立っていた。
「聞いて!」
彼女の声は、怒号に飲まれかける。
「壊すのは簡単よ!」
石が投げられそうになる。
「でも壊れた後、誰が作るの!」
沈黙が一瞬生まれる。
「王がいらない? いいわ」
ざわめき。
「でも代わりに何を置くの?」
問い。
具体的な答えは、まだない。
「怒りだけでは、制度は作れない」
そのとき、ざわめきが広がる。
王の姿が見えた。
*
私は壇上に立つ。
警護は最小限。
群衆の目が、こちらへ向く。
「血が流れました」
静かに言う。
ざわめきが止まる。
「国境で若者が傷つきました」
「王がいるからだ!」
誰かが叫ぶ。
私は頷く。
「そうかもしれません」
予想外の返答に、広場が揺れる。
「王は象徴です」
「象徴は狙われます」
沈黙。
「ですが」
声を強める。
「王がいなくなれば、狙いは消えますか」
問いが空気を裂く。
「矢は、どこへ向かうでしょう」
民へか。
評議へか。
市場へか。
答えは、誰も持っていない。
「王は永遠ではありません」
任期制を告げたあの日と同じ言葉。
「期限があります」
「十年です」
ざわめき。
「十年後、私は退きます」
広場が凍る。
「その前に」
私は続ける。
「王がいなくても回る制度を整えます」
視線が揺れる。
「王位は血で継がれません」
「選ばれる形へ変えます」
衝撃。
王族から王を奪う宣言。
広場の空気が変わる。
「王制を廃すかどうかは、その後でも遅くない」
「ですが」
私は群衆を見渡す。
「今、壊せば、隣国は笑うでしょう」
静寂。
怒号は止まっていた。
リリアが隣に立つ。
偶然ではない。
民と王が並ぶ。
「選ぶのはあなたたちです」
私は最後に言う。
「壊すか、進化させるか」
長い沈黙の後、誰かが拳を下ろした。
石は投げられない。
暴動は起きない。
臨界点は、越えなかった。
*
夜。
フィオナが報告する。
「市場は安定傾向」
アルヴェルトが続ける。
「支持率、回復」
レティシアは短く言う。
「だが軍は引かない」
その通りだ。
広場は守れた。
だが戦争は終わっていない。
*
セレスタ公国。
「王は、王族特権を削ると言ったか」
カイエルが呟く。
「完全選出制への布石でしょう」
ミレイアが答える。
カイエルは静かに笑う。
「進化している」
「我々の理想に近づいているのでは?」
「近づいている」
彼は頷く。
「だが違う」
「違う?」
「王が自ら進化する限り、王制は強い」
思想は刃だ。
だが刃は、鍛え直されることもある。
*
王城。
私は一人、机に向かう。
広場は守れた。
だがそれは一時の安定。
任期制。
完全選出制。
弾劾制度。
設計はまだ途中だ。
王は永遠ではない。
だが王制が永遠でないなら、進化し続けなければならない。
広場の臨界点は越えなかった。
だが。
国境では、まだ兵が向き合っている。
数字は、まだ不安定だ。
静かな戦争は、続いている。
私は筆を取る。
第二次再編の草案を書き始める。
壊すか。
進化させるか。
選ぶのは、まだこれからだ。




