Last note (③勇者と花の香の英雄)
14.
勇者は強かった。
誰よりも、何よりも。
世界に比べるモノがないくらい、強かった。
そして、優しかった。
いつも私達の事を気づかってくれた。
誰も死なせないように、殺されないように、常に気を配り、動き、守った。
魔王が発生し、魔王の軍が人類種の領域に侵攻して来た。
当時、世界最強レベルの私達、十九人が先頭に立ち、魔王軍に立ち向かった。
私達は十九英雄と呼ばれた。
人類種の最強レベルの私達だったが、それ以上に、魔王軍の侵攻は、激しかった。
常に全員が傷だらけだった。
満身創痍だった。
ギリギリで持ちこたえていた。
そんな中、王国の戦士や魔導士と共に、その人は現れた。
勇者だ。
一目で、その人が、私達とは違うと分かった。
十九英雄の中には、勇者の力を疑う声もあったが、そんなものは、すぐに消え去った。
勇者の初戦──
およそ一万の魔王軍を、一人で倒してしまったからだ。
半日ほどかけて、殺して殺して殺して殺しまくった。
圧倒的な暴力。
それは、恐怖を遥かに超え、感動的で美しかった。
私は涙を流しながら、血みどろの勇者を見ていた。
勇者は、ただ強いだけではなかった。
優しかった。
とても優しい人だった。
その強さと同じだけの優しさがあった。
だから、勇者と触れ合った人は、誰もが勇者を好きになった。
尊敬した。
勇者の役に立ちたいと思った。
しかし、勇者は常に最前線で、最大の戦果をおさめた。
桁違いという言葉さえ軽く感じるほど、私達と勇者に差が有りすぎたのだ。
それなのに、勇者は気さくだった。
どんな立場の者にも、威圧感の欠片も無く、同じ目線で話しかけた。
誰が見ても、まさしく、勇者は世界を救う勇者そのものだった。
いつでも明るく、強く、優しく、太陽のような人だった。
でも、私はうっすらと感じていた。
勇者には、彼には、常に影のようなものがある。
満たされない何かを、その胸の奥に抱えている。
いつからか私は、勇者を、世界を救う救世主というより、一人の男として見てしまっていた。
彼の言葉が、仕草が、眼差しが、その存在の全てが愛おしかった。
掛け替えの無い存在だった。
勇者は、定期的に、仲間達から離れて、独りになる時間があった。
遠くから覗いてみた事がある。
壁に背を預け、目を閉じ、少し淋しい顔をしていた。
もう我慢出来なかった。
彼の満たされないモノを、少しでも埋めてあげたかった。
彼の為に、何でもしてあげたかった。
深夜、私は彼の部屋へ忍び込んだ。
彼はベッドの上で、無感情の顔で私を見ている。
もし私に悪意があったとしても、私の存在など、彼にとっては虫か隙間風程度だ。
私は無言で勇者を見つめる。
服を脱ぎ、彼に覆い被さる。
彼は抵抗しなかった。
彼の何かを埋めたかった。
そう思っていた。
しかし、欠けていたのは、私だったのだ。
彼を、私だけのモノにしたかった。
私は強欲だ。
私は、彼のモノになりたかった。
不安だった。
私だけを見てほしかった。
この先もずっと、彼だけのモノになる、そう決心した。
彼の前で服を脱ぐ。
腰と股間を覆う異物。
貞操帯を装着した私を見せる。
ドワーフの職人に作らせた、芸術的な逸品だ。
一つしかない鍵を、彼に渡す。
自分が彼だけのモノである事を示し、少しだけ、少しだけ、私は安心できた。
その貞操帯は、私に合わせて作った特注品だ。
装着したまま排泄も出来る。
ただ、排泄後に、付着したモノを拭う場合もある。
常に衛生的に保つのは、難しい。
今は魔王軍討伐の遠征の途中である。
数百の人間が移動している。
毎日水浴びが出来るわけでも、着替えが出来るわけでもない。
誰もが汗や返り血や、排泄物の臭いにまみれている。
自分だけではない、それは分かっている。
しかし、私は、どうしても自分の匂いが気になった。
自分だけが臭い。
周りのみんなは、あえてそれを口にしない。
そんな疑念が湧き上がる。
我慢が出来なかった。
私は香水を使う事にした。
花の香りの香水。
しばらくして、私は、花の香の英雄と呼ばれるようになった。
epilog
日は暮れていた。
道沿いの家の窓からは、灯りが洩れていた。
それでも街は薄暗い。
足元は真っ暗だ。
しかし、花の香の英雄は、夜目が効くのだろう。
昼間と同じように、迷いなく真っ直ぐに歩を進める。
英雄の口元には、僅かな笑みが浮かんでいる。
今まで聞いた事の無い話が聞けた。
勇者の研究をしているとは伝え聞いていたが、あの勇者の時代を生き、直接見た事さえあるとは、思ってもいなかった。
あの吸血鬼、所長は、何となく勇者と似た感じがある。
近い内に、また話をする事があるだろう。
そんな事を考えながら、英雄は歩いている。
「魔王の発生か」
小さく呟く。
マントの下で、服の上から、自分の腰を指でなぞる。
革と金属でできた、彼の為の貞操帯。
「彼は、まだ鍵を」
強い風が吹いた。
ブワ、バサッ
マントが大きくひるがえる。
甘い花の香りが、どことなく湿度をもった妖しい花の香りが、夜に広がった。
『剣と魔法を使わない剣と魔法の物語』
終わり
読点と改行だらけの拙文を、最後までお読みいただき、ありがとうごさいました。
ちなみに、
大昔、都筑道夫『怪奇小説という題名の怪奇小説』を読んだ記憶はありますが、中身をいっさい思い出せない。。
太陽のような人とか、日が暮れたとか、あの世界には、太陽があるのですね、月や星は無いくせに。。
夜空にかかる光の帯、二本の平行の線と、それに斜めにかかる一本。月の満ち欠けのように、その二本と一本の角度がだんだん変わる、って設定だったなあ。。




