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Middle note

4.

魔王と勇者の伝承は、こう伝えている。

人知の及ばぬところで、魔王は発生する。

魔王は、悪魔や魔獣、死霊など、人外の異形の軍団で、人類を侵略する。

何故かは分からない。

人々は「そう言うものだ」と諦めている。

そして、魔王が発生する時には、勇者が現れる。

勇者の素性を知る者はいない。

ただ、そこに現れるのである。

そして、勇者は仲間を増やし、パーティーをつくり、魔王の軍勢に挑む。

魔王は勇者に滅ぼされる。

そして勇者もまた、人々の前からいなくなる。

誰も、その後の勇者を知る者はいない。

まるで、始めから勇者なんていなかったかのように、いっさいの消息を残さず、いなくなってしまうのだ。

最後の勇者が魔王を倒したのが、八十年前になる。

エルフや吸血鬼のような長寿の種族なら、思い出の中にあるだろう。実際に勇者の名声を、その耳で聴いた事があるだろう。

しかし、人間の時間では、勇者も魔王も、遙か昔の話だ。

あの頃を知っている人間は、ほとんど残っていない。

平和になった時代に、勇者と言う存在を、あらためて思い出す人も少ない。

たとえ、自分達の数代前の世代が、魔王の軍勢に虐殺され、幾つもの街が瓦礫と化した事実があったとしても、それを現実として感じている人は、ほとんどいない。

そして、その最後の勇者もまた、魔王を倒した後に、消息不明になった事も。



5.

「あなたが訪ねた探偵が、勇者の研究をしている、と言うのは、偶然にしては出来すぎです、そもそも、あなたは何処で私を知ったのですか?」

英雄は口の端を上げた。

「それなら」

テーブルに広げられた分厚い本を、英雄は両手で丁寧に閉じた。

表紙の文字を指でなぞる。

「魔王の伝承、勇者の伝説、著者…、ほら、あなたの名前がはっきり記されているじゃないか」

「たしかに!」

所長は破顔した。

「それにしたって、この探偵事務所まで辿り着くなんて、そう簡単な事じゃないと思いますが」

「それはな、私だって、伊達に長生きしていないし、英雄と呼ばれていたわけではないからな」

「なるほど」

テーブルにはカップが置かれ、英雄と所長の前で湯気を上げている。

「それで、英雄、手紙には、最後の勇者について相談がある、としか書いてありませんでしたが、どのようなお話でしょう」

英雄は所長を見る。

「所長は、私達の勇者を見た事はありますか?」

「はい、遠くから、一瞬でしたが、あの勇者を見ました」

「あなたから見た勇者は、どんな存在ですか?」

所長は目を閉じた。

「私が感じた勇者は、恐ろしく控えめに言って、世界を凌駕する、化け物です」

目を開く。

英雄は頷く。

「ずっと近くにいた私…、私達十九英雄から見ても、勇者の力は計り知れぬ程、強力でした」

「魔王よりも?」

「もちろん」

英雄は微笑む。

カチ、カチカチ、

何か音がしている。

所長は両手で口を押さえた。

「す、すす、すみません」

所長は目を閉じ、数秒黙る。

「大丈夫ですか?」

「すみません、昔の事を思い出して、少し動揺してしまいました、もう大丈夫です、ええと、勇者の力の話ですね」

英雄は、暫く所長の顔を見つめ、続きを話し出す。

「私達は勇者と共に魔王の城に潜入し、魔王の玉座の間の扉までたどり着いた、その時確かに感じた、魔王の強大さを、私達十九英雄がまとめてかかっても、一蹴されるだろう、その力を」

英雄は、チラッと所長の後方を見て、ウインクした。

「だが、魔王の力は、強大である事が量れた、私達の何百倍の力だと解った、しかし、勇者は違う…」

「ええ、では何故、その勇者が、魔王と相打ちになってしまったのか?」

「それは」

英雄の声が低くなった。

「どういう意味かな?」

所長は両手を広げて、わざとらしく笑う。

「魔王の消滅と共に、勇者は行方不明、何処に行ったのか誰も知らない、英雄達も、誰も語らない、それは、勇者伝説を守る為、魔王を倒した後、勇者は何処かへ行ってしまったと、そう言う事にしたのでは?」

「私達が?」

「はい」

数瞬、無言で見つめ合う。

「アハハハハハ、そうか!、世間はそんな風に思ってしまうのか!」

英雄は声を上げて笑う。

所長は、少し驚いた顔をしたが、英雄につられるように、笑みを浮かべる。

英雄は涙を浮かべている。

「ハハハ、ああ、確かに、もしそうなら、私達は勇者を守る為、そんな口裏も合わせたのかもしれないな」

フウ、

英雄は大きく息を吐いた。

「それは違う、あなたも本気では言ってないだろう?」

「はい、僕はただ、可能性を言ったまでです」

所長は微笑む。

「確かに勇者は、魔王を打ち倒した」

「そして?」

「勇者は、何処かへ行ってしまったんだ」

「それが何処かは解らないと?」

「そうだ」

「魔王が発生し、勇者は現れる…、そして、魔王が消滅して、勇者もまた、消えてしまったのですね?」

英雄は、所長を見つめる。

「そして、その瞬間を、あなたは見ていたのではないですか、英雄?」



6.

私達は、勇者パーティーの十九英雄と呼ばれていた、確かに私達は、人類最強のパーティーだっただろう。

しかし、私達だけでは、魔王軍には勝てなかった。

私達はいつも傷だらけで、満身創痍だった。

それに比べ、いや、比べ物にならない程、勇者は強かった。

別次元の強さだった。

勇者と私達十九人は魔王の城に入り、魔王の玉座の間の目前まで辿り着いた。

そこには、魔王軍の三将がいた。

私達十九人は三将へと仕掛けた。

勇者を先に行かせる為だ。

魔王の間へと、勇者は入って行った──

三将は、あまりにも強かった、私達十九人がかりで、何とか、ギリギリで勝てた。

ギリギリで生きていた。

私は、両足を怪我して、歩けなかった。

歩けなかったから、両手で床を掴んで這いずった。

爪が何枚か剥がれていた。

それでも、私は、前に進んだ。

私達の勇者の元へ。

そこに勇者はいた。

勇者はそこに立っていた。

足元には、魔王だった残骸が散らばっていた。

勇者の名前を呼ぼうとした。しかし、口から出たのは大量の血だった。

薄れゆく意識の中、霞む目で、勇者を見る。

勇者は両手を広げ、上を見上げていた。

魔王の間の天井ではない、もっと高く、遠くを見上げているように見えた。

「そんな話は聞いてない!」

勇者が叫んだ。

怒りの声だった。

そんな勇者は初めてだった。

そして、勇者が消えた。

忽然と、何の前ぶれも無く、勇者が消えた。

私の意識も無くなり、次に目覚めた時は、数日が過ぎていた。

しかし、あの時、勇者が消えた光景は、瞼の裏に焼き付けていた。

私は、それを誰にも言わなかった。



7.

「確かに、勇者は、消えてしまったのですね?何処かへ去ったのではなく、その場で消えてしまったと?」

所長は静かに訊ねた。

「ああ、確かに、消えたんだ、ただ、何の前触れも無く、跡形もなく、まるで初めからいなかったように」

英雄は答える。

「それで、あなたは、消えた勇者を探したいと?」

「いや、違う…、違わない?いや、どうなんだろう」

英雄は目を閉じて少し考える。

「勇者が何処に行ったのか、なぜ消えたのか、うん、それもある、だけど、もっと他の…、そもそも、勇者とは何だったのか?」

英雄は真っ直ぐに所長を見る。

「そうだ、その手紙にも書いたのだったな、私は、勇者の事が知りたいのだ、だから、所長、あなたの考えを聞かせてほしい、私の知らない勇者の事を教えてほしい」

所長はテーブルの上に分厚い本を置く。

改めて、表紙を開く。

最初のページには、短い文章だけが書かれている。

「魔王は発生する、勇者は現れる」

所長は声に出して、その一文を読んだ。

「私も長年、勇者の事を考えています、あなたとは反対の理由かもしれませんが…、僕はたかだか百年程度しか生きてない若僧ですが、勇者の事に関しては、たぶん、あなたに負けないくらい考えています」

所長は本を数ページめくり、講義を始めた。



8.

「しっかりと伝承が残されいる最初の勇者は、およそ二千五百年前です、それ以前は、世界の創造やら、神と悪魔の大戦争やら国作りやら、神話と混ざっているので、少し現実味がありません、故に、この勇者を最初の勇者と定義しています、

この最初の勇者は、ほとんど伝承が残っていません、

女性であったとは言われています、

この本でも、その姿をシルエットでしか描いていません、

二番目の勇者は、二千年前、少年だと伝えられていますが、その容姿も、ほとんど伝わっていません、

三番目は千九百年前、男性で老人で、奇妙な体術を使っていたと言われています、

四番目は千二百年前、金髪の勇者、ここから定番の通り名がつきますね、

五番目は七百年前、筋肉の勇者、

六番目は三百年前、碧眼の勇者、

そして、僕達が知る、七番目の勇者が、八十年前、黒髪の勇者…」



9.

所長は、自著を捲り、勇者の挿し絵を指差しながら、勇者のおさらいをした。

英雄は黙って聴いている。

「黒髪の勇者は、私も見た事がありますからね、よく描けてるでしょう?」

「ああ、そうだな、だが、少し、表情が硬い気がするな、勇者はとても、優しい人だった」

「そうですか…、ああ、あなたにはそう見えてたんですね…」

所長が眉間に皺を寄せる。

「そして、その前の、碧眼の勇者、こちらも、三百年前とはいえ、この世界には長命種の方がたくさんいらっしゃいますからね、実際に見た人からも話が聞けましたし、その逸話や、姿を表した絵もたくさん残っています」

「そうだな、私も親から、碧眼の勇者の事は聴いた事があるし、私が想像していた碧眼の勇者は、まさにこの挿し絵のままだ」

「でしょ?、これ以前の勇者だと、直接見た人には出会えてないんですが、それでも、それなりに、この筋肉の勇者も、金髪の勇者も、その特徴は伝わっていて、この絵は、それをしっかり盛り込んでいます」

所長は、ページを捲り、筋肉の勇者と金髪の勇者の挿し絵を順に開き、最後に碧眼の勇者のページを開いた。

「では、この碧眼の勇者の絵ですが、碧眼以外にどんな特徴がありますか?」

「この絵で…、大きくて屈強そうな肉体に、金色の髪の毛…」

「ですよね?、数百年の間があるから、誰も言及していませんが、この本の数十ページの中なら、気づきますよね?」

英雄が顔を上げ、所長を見る。

二人の目があった。

「碧眼の勇者は、その前の、筋肉の勇者と金髪の勇者の特徴を持っています、この三人は、よく似ている、似すぎているんです」

「それは…、どう言う…」

「私は、碧眼の勇者と、筋肉の勇者と金髪の勇者が、同一人物ではないかと思っています、それが私の推理です」

「それは、ありえないだろう…、ええと、九百年あまりの開きがあるんだし」

「そうですね、ところで、英雄、あなたは、勇者が何処から来たのか、知っていますか?」

「……、知らない…」

「勇者に訊ねなかったのですか?」

「いや、何度か、訊いたけれど、はぐらかされた記憶がある」

「勇者は…」

「……」

「僕達の、人知の、この世界の理を、遥かに超えた存在だとは、思いませんか?」

「それは、その通りだが…」

「勇者の力は、あなたがその目で見て知っているばすです、この世のモノでは無い、と」

「この世のモノでは無い…、まさに、私達十九英雄は、それを身を持って知っている、しかし…」

「あなた達、十九英雄の力は強力です、もし十九英雄が人類種の敵にまわったら、人類種の国をいくつも征服出来たでしょう、もしかしたら、人類種を半分くらい殺す事も出来るかもしれません、ですが、魔王の軍勢は人類種の比では無い、十九英雄は十万の魔王軍に勝てますか?」

「十万か、そうだな、勝てるかもしれない、ただし、我々も、ほとんど殺されているだろう…」

「十万の魔王軍が勇者に向かったら?」

フッ

英雄が少し笑った。

「勇者なら、相手が十万だろうが、五十万だろうが、殺して殺して、全滅させるさ、しかも無傷で」

「あなた達が苦戦した、魔王直属の三将なら、勇者に傷の一つでもつけられますか?」

「絶対に無理だ、勇者が背中を向けていたって無理だ」

「魔王城で感じた魔王の気配と言うのは、十九英雄と比べて、どれくらいの強さでしたか?」

「そうだな…、魔王の瞬き一つで、我ら全員、半死半生といったところかな」

英雄が苦笑する。

「その魔王を、勇者はどれくらいで倒せると思いますか?」

「一瞬の内に、千回は殺せるかもしれない」

「そんな存在が、いったい、この世界の何処にいて、どうやって我々の前に現れたと思いますか?」

「解らない、ああ、解らないから、私は、ずっと勇者の事を考えて、問い続けて、此処に辿り着いたのだ、きっと…」

「では、私なりの答をば…、この世のモノとは思えない勇者が何処から来たのか?、文字通り、この世界とは別の世界から来た、と私は考えているのですよ」

「どうやって、そんな事が…」

「それもまた、我々には届かない、遙か上位の存在のお導きなのかもしれません」

「上位の存在?、そんなモノが…」

「勇者をその身で知っているあなたなら、分かるはずです、あんなモノは、この世のモノでは無いし、あんなモノを生み出す事は、この世界の何者にも不可能なのですよ」

「そんな上位存在がいるとして、碧眼の勇者達が同じ人物と言うのは、どういう事なんた?」

「金髪の勇者は魔王を倒し、その後、そのまま、その上位存在によって、何処かに保存されていた、そして、再び魔王が発生し、筋肉の勇者として現れた」

「……」

「筋肉の勇者は魔王を倒し、そのまま保存され、碧眼の勇者として現れた」

「いや、それなら、何故、あの時代に黒髪の勇者が現れたのだ?、黒髪の勇者と碧眼の勇者は、どう見ても同一人物ではないだろ?」

「そうです、黒髪の勇者は、新しく選ばれたのです」

「何故…?」

「碧眼の勇者が、死んだからです」

「!!」

「碧眼の勇者は、死んだのです、魔王と共に」

「待て!、そんな事は、何処の伝承にも無い!、あなたの本にも、そんな事は書いてない!」

「そうです、書いていません、この世界に広められた伝承の通り、魔王を倒した後、勇者は何処かに去った、と書きました」

「なら、何故…」

「あなたと同じです」

「?」

「あなたと同じように、碧眼の勇者のパーティーとして魔王城に入り、勇者の最後を見た者がいたからです」

「私と同じように?」

「その時、碧眼の勇者は、その屈強な手に魔王の顔面を掴んでいました、ですが、勇者もまた、魔王の手に胸を貫かれていました」

「なんだと!?」

「勇者は一言、“イナッフ”と呟いて、魔王の顔面を握りつぶし、倒れ、両者は死にました」

「……」

「その後、勇者の死を目撃したパーティーメンバーは、口裏を合わせ、これまでの伝承の通り、魔王を倒した勇者は、何処かへ去った、と言う事にしたのです」

「本当に、そんな事が…」

「これは、碧眼の勇者パーティー、七英傑の一名が実際に見た事です、そして、それが、この世界の僕の先生であり、私を吸血鬼にしてくれた、始祖なのです」



10.

カチカチャ

ティーカップとティーソーサーが揺れて小さな音を立てた。

「お茶を淹れ直して来ました」

助手がティーソーサーを持ち、英雄の隣に立つ。

カチャ、カチ

「失礼します」

揺れているのは助手の手だった。

声すら少し震えていた。

カップの中で、お茶が波紋を描いた。

「ありがとう」

英雄が片手でティーソーサーを受け取り、自然な仕草でテーブルに置いた。

何の音もしない。

お茶の表面の波紋も消えていた。

湯気すら真っ直ぐに上がっている。

「助手君、英雄が偉大なのは解るけど、少し恐縮しすぎだよ」

所長が助手に声をかける。

「申し訳ありません」

助手は空になった英雄のティーカップをトレーに乗せ、次に、所長の新しいティーカップをテーブルに置いた。

英雄は少し微笑みながら、ティーカップに口につけた。



11.

「碧眼の勇者の七英傑の事は、あまり知らないのだが、その、あなたの先生と言う始祖は、どんな方なのだろう?」

「そうですねえ、元々は、勇者のパーティーに選ばれるくらいの化け物だったんでしょうけど、私が出会った頃は、だいぶ抜け殻みたいになってましたねえ」

「吸血鬼は、不老に近い存在だと聞いているが?」

「まあ、たぶん、そうなんですけどね、自らの意志を持って、老いる事も消える事も出来るのでしょうねえ」

「それでは、あなたの先生は、もう?」

「いえいえ、死んではいないと思います、十年程前、この本を進呈する為に会いに行ったんですけど、その頃は、ほとんど会話は出来ませんでしたが、たぶん、まだこの世界に留まってはいるんじゃないかなあ」

「そうだ、その始祖が聞いたという、碧眼の勇者の最期の言葉だが、今までそんな言葉を私は聞いた事がないのだが」

「はい、“イナッフ”ですね、これは、始祖いわく、碧眼の勇者がたまに呟いていたそうです、気になって始祖が訊くと、“もうたくさんだ”という意味だと、碧眼の勇者は答えたそうです」

「もうたくさん…」

「何度も勇者として戦わされて、もうたくさんだ、そんな気分だったのでは、と、今の私は考えています」

英雄は指を組み、その組んだ指を見つめている。

「金髪の勇者、筋肉の勇者、碧眼の勇者、この三人は同一人物で、碧眼の勇者は死んだから、新たに黒髪の勇者が現れた、そして、黒髪の勇者が死んでいないなら、再び、黒髪の勇者は現れる可能性がある、あなたの言う推理とは、そういう事でいいのだな?」

「端的に言うと、そうです」

「もし、黒髪の勇者が再び現れるとするなら」

「魔王の発生でしょうね」

「そうなるだろうな…」

所長が窓の方を見た。

つられるように、英雄もそちらに顔を向ける。

すっかり日は傾き、窓の外が赤みを帯びている。

部屋に入る風も、少し温度を下げていた。

「随分、時間がたっていたんだな、私はそろそろお(いとま)しよう」

英雄が立ち上がる。

「そうですか」

所長も立ち上がる。

「そうだ、所長に訊きたい事がある」

「なんでしょう?」

「あなたが自称するタンテイとは、何なのだ?」

「はい、探偵とは、依頼されて、謎を解き、その推理を依頼者に伝える者です」

「それは、職業なのかな?」

「まあ、探偵事務所をかまえているので、職業と言う事になりますね」

「あ、そうだった、その依頼の代金を払わねばならなかった!」

「その件でしたら、私の知らない勇者の事をたくさんお聞き出来ましたので、それを取材料として、相殺という事にしましょう」

「そうか、あなたが良いのなら」

「はい」

少しの間、英雄と所長は見つめ合った。

「とても有意義な時間だったよ」

「私も、まだまだ知らないこの世界の事を知れて、とても楽しかったです」

英雄が所長の顔を見て、少し頷く。

「何ですか?」

「いや、勇者も、“この世界”と、わざわざ“この”と付けていたんだ」

「それは奇遇です」

「それと」

「はい」

「所長は金髪のように見えるが、それは染めているのだろう?、頭の上の髪の根本が黒くなっている」

「ええ、この世界に馴染むために、髪を染めています、そろそろ、染め直さないといけませんね」

所長は笑顔で答えた。

英雄も笑顔を返した。

「マントです」

いつの間にか側にいた助手が、マントを持って声をかける。

「ありがとう」

英雄はマントをまとい、扉のノブを握る。

「また、お話し出来るだろうか?」

「はい、いつでも」

「では再び…」

パタ

小さく音を立てて、扉が閉じられた。

部屋に、花の香りを残して。

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