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Top note

都筑道夫『怪奇小説という題名の怪奇小説』みたいな題名を考えていたら、こーゆーコトになりました。

花の香りが漂う、ステキなお話です。


prologue


カチャ、キキ

美しいエルフの女戦士は、ガラス瓶のガラスの蓋を、慎重に回す。

半透明の碧いガラス瓶。

蓋を取ると、花の香りが、フワッと広がった。

香水である。

蓋の底には、ガラスの棒が付いている。

エルフはガラス棒の先を、自分のうなじや、手首に付ける。

初めての香水だった。

花の香りの香水。

ひたすら魔王軍を殺す戦場で、香水なんて不釣り合いだ。

分かっている。

それでも、我慢が出来なかった。

花の香りは、爽やかで、清涼感があった。

エルフは、ゆっくりと息を吐き、歩き出した。

戦場に向かって。




1.

その人は、花の香りを漂わせていた。

マントで全身を包み、フードを目深に被っている。

その人が歩を進めるごとに、花の香りが微かに広がる。

曲がり角でその人のマントがフワリとはためくと、その香りが少し強くなる。

ブワ!

ふいに強い風が吹いた。

その人のフードがはだけ、マントが大きくはためいた。

花の香りが、強く広がった。

その香りを嗅いだ者は、思わずその人を振り返った。

振り返って、香りと共に、その人の容姿に惹きつけられた。

その人は、エルフの女性だった。

輝くような銀髪をなびかせた、花の香りを漂わせる、美しいエルフの女性だった。

その人は、フードを深く被り直し、マントで体を包み、歩く速度を上げた。



2.

その部屋は、一目で普通では無かった。

壁の数が多い。

十面の壁──

それは、十角形の部屋だった。

部屋の壁には、一辺おきに本棚がある。

それが五辺。

本棚の間に大きな窓が四つ。

残り一辺が扉である。

その部屋は天井が高かった。

普通なら二階分の高さがある。

その高い天井まで、本棚が据え付けられていて、ほぼ全ての本棚に、ぎっしりと本が詰まっている。

扉の反対側には、大きな机と椅子があった。

部屋の中央には、低いテーブルと、それを挟むようにソファーが置いてある。

その十角の部屋には、二人の人物がいた。

一人は長椅子に腰を下ろし、本を開いている。

金髪で子供っぽさを残した顔。

錆びたようなムラのある長い金髪を、両の耳の上でお下げにして、左手側だけ胸の方に垂らしていた。

ぶかぶかの灰色の服に身を包んでいる。

テーブルに分厚い本を広げ、猫背になり、細かい文字を目で追っていた。

瞳の色が赤い。

その赤が、左右で少し違っている。

右目は濃い紅。

左目は、少し明るい、マゼンタ。

その目で、分厚い本を読んでいる。

本のすぐそばには、封筒があった。

封が切られ、畳まれた手紙が半分ほどのぞいている。

もう一人は窓際に立っていた。

栗色の髪を短く刈り上げた、すらりと背の高い少女。

幼さを残した顔だちだが、赤い目の人物よりは幾つか年上に見える。

白いスッキリとした服を着て、姿勢良く立ち、窓の外を見ている。

「所長、お客様が到着したようです」

「そうか、英雄のお出ましだな」

所長と呼ばれた人物が、テーブルに広げられた本にチラッと視線を向けた。

しばらくして、

コン、コン、ココン、

扉が叩かれた。

「どうぞ、お入りください」

幼い見た目によく似合う、ハスキーな声で所長が応えた。

「失礼する」

扉が開かれた。

最初に部屋に入って来たのは、花の香りだった。

僅かな香りだが、主張のはっきりとした、存在感のある香りだった。

そして、同時に部屋に飛び込んで来たのは、殺気だった。

細く微かな、それでいて、殺意を隠さない、鋭利な刃物の様な殺気だ。

その瞬間!

「違うんです!英雄!違うんです!」

所長が開いた扉の前で、滑り込むように、膝と手の平と額を同時に床に着いた。

そして叫んだ。

「確かに私は吸血鬼です!でも違うんです!たかだか百歳ちょっとの若造です!無力なお子ちゃまです!雑魚中の雑魚です!吹けば飛ぶような塵芥です!どうか!英雄!お見逃し下さい!」

一息で叫び、ガタガタと震えている。

「すまない!違う、違うんだ!」

扉を開いて現れた人物が、慌てて叫んだ。

目深に被ったフードを脱ぎ、片膝を着く。

フードの下は、銀髪で耳が長い──、エルフの女性だ。

「本当にすまない!頼む、顔を上げて下さい!私にあなたを攻撃する意志は無い!」

所長が、ゆっくりと顔を上げた。

「本当に?」

「当然だ、私は手紙を送り、あなたに会いにきたのだから、それに、ほら」

エルフは自分の左手を上げ、マントを大きく開いた。

「私の腰には、何もありません」

腰には皮のベルトが巻かれているだけだった。

「私はあなたを攻撃しない、昔の癖で、不覚にも、思わずあなたの、吸血鬼の気配に反応してしまったのだ、申し訳ない!もう、そんな時代ではないのに…」

エルフは、少し哀しい笑みを浮かべて、所長の肩に右手をそえた。

「さあ、立ち上がって、落ち着いたら、私の話を聞いて下さい」



3.

「マントをお預かりします」

部屋にもう一人いた人物が、いつの間にかエルフの傍らに立っていた。

エルフと一緒に立ち上がった所長が、その栗色の髪の少女に顔を向けた。

「あ、うちの助手君です、助手とお呼び下さい」

「どうぞ、マントを」

助手は、表情の無い顔で、エルフに両手を差し出した。

「あ、ああ、お願いする」

エルフがマントを脱いだ。

その瞬間、ブワッと、花の香りが強く広がった。

一瞬にして部屋中に花の香りが充満した。

爽やかな花の香の奥に、人の心の何かを刺激するような香りだった。

エルフは、脱いだマントを助手に手渡す。

受け取った助手は、扉の近くにあるハンガーに、マントを素早くかけた。

「英雄、それでは、おかけください、お話をお伺いします」

所長はソファーへと促した。

エルフと所長がテーブルを挟んで腰を下ろすと、すぐに助手が所長に近づき、耳打ちをした。

「うん、ああ、そうだね」

「英雄、一つお願いがあるのですが」

「ああ、何だろうか?」

「英雄ならすでにお気づきでしょうが、実は、助手君は、人狼(ワーウルフ)でして、ええ、それでですね、助手君は嗅覚が人の何百倍もございまして、その、英雄の花の香りの香水がですね、少々、助手君的に、とても強く香ってしまってですね、その、窓を開けてもよろしいですか?」

エルフは慌てるように、背筋を伸ばし、膝をしっかりつけた。

「すまない!すぐに開けてください!気遣いが出来なくて申し訳ない!ひ、久しぶりに街に出て人と会うので、加減が分からなくなっていたらしい…」

「いえいえ、大丈夫です、とても素敵な香りです、ただ、うちの助手君の体質の問題ですので」

「いや、長年の事で、感覚がおかしくなっているようだ、ほんとうに申し訳ない…」

エルフは閉じた膝の上で、ギュッと拳を握り、頬を赤らめている。

助手が四つの窓を開いた。

ゆるやかな風が、十角の部屋を通り過ぎて行く。

外の雑多な街の臭いが、部屋に充満した香水の花の香りを流し、薄めていった。

助手は相変わらず表情の無い顔で、部屋の隅に立っていた。

「本当に助手さんは大丈夫だろうか?なんなら、日や場所をあらためても」

「いやいや、大丈夫ですよ英雄、なあ、助手君」

「はい、これで大丈夫です、お心遣い、有り難うございます」

助手が頭を下げた。

「それなら、よいのだが、ところで所長」

「はい?」

「あなたは、私が部屋に入った時から、私を英雄と呼んでいるが?」

「え?、だって、勇者の十九英雄のお一人じゃないですか?」

所長はテーブルから封筒を取って、裏側の差出人をエルフに向けた。

「ほら、ちゃんと、お名前が書いてある」

「それは確かにそうだが、しかし、それは何十年も前の話で、もう、今の時代では、勇者の事だって伝説の一つだ、まして、そのパーティーメンバーの名前など、忘れられて…」

所長は封筒をテーブルに置き、次に、分厚い本を手に取り、ページをめくった。

すぐに本を開き、エルフの方に向けて置く。

「だって、あなたは、私が勇者の研究しているのを知って、手紙をくれたんでしょう?」

開かれたページには、一人の人物が描かれていた。

エルフだ。

銀髪のエルフの戦士。

その下に、花の()の英雄とあり、封筒の差出人と同じ名前が大きく書いてある。

「この私が、勇者の十九英雄の名前を忘れるわけがないのですよ」

本に描かれたエルフは、所長の目の前のエルフと、よく似た顔をしていた。

「もう、昔の話だ…、今の時代の人達は、たとえ勇者の名前を覚えていたとしてと、私達の名前も顔も覚えてはいない…」

エルフは淋しく微笑んだ。

「それは、そうかもしれません、エルフである英雄や、吸血鬼である私とは、時間の感覚が人間とは違います、人間にとっては、遙か昔の勇者の伝承でしょう」

所長は悪戯っぽく微笑んだ。

「でも、その勇者の事を知りたくて、あなたの知らない勇者の事を知りたくて、僕の探偵事務所に来たんでしょ、英雄?」

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